ポケットに、恋とお菓子をいっぱい詰めて

 先生が『実力テスト』と太字で書かれた分厚い茶封筒を持って教室に入ってくる。机上にノートを広げなくてよいというだけで、クラスはお祭りみたいな浮ついた空気に支配される。
 きっと僕だけだ。この時間が吐くほど嫌いなのは。
 茶封筒を見ると、背骨とその周りが固くなるような感覚がやってくる。

 「それじゃあ今からテスト返しを始める。今回の最高点は」

 そう言って白のチョークが「99点」と黒板に引っかき傷を残した瞬間、手先と足先から温度がなくなった。心臓は鬱陶しいくらいに拍動して、嫌がらせのように冷たい血液ばかり送り出してくる。先生はそうやって自分の一挙手一投足で生徒たちの反応を意のままに操ることができる全能感に浸っているのか、あえていつもよりゆっくりとした動作で返却準備をしているように見えた。

 「最高点、どうせ今回も永田(ながた)だろ」
 「な。さすがに続きすぎておもしろくないって」

 クラスのお調子者たちが口々にそう言う。その言葉は僕の心を柔く深く抉っていく。

 「いや、でも俺今回いけた気するわ」
 「お前最後の積分、きもい分数になったって言ってたのに? 藤田があれの答えきれいな整数になるって言ってたぞ」

 話を振られた藤田くんが頷いた。自分の答案を思い出して、そういえば割り切れない頭でっかちな分数の解になったよなと怖くなる。
 顎に力が入って奥歯が小さくカタカタと鳴り始めた。

 「はーい。机の上は赤ペンだけにしろー。不正は即0点だからな。じゃあ赤木」

 先生がトランプのババ抜きのようにこちらに答案の背を向けて生徒の名前を呼ぶ。一番前の端の席だから、先生の持っているテストの点がちらっと見えてしまう。赤木さんは69点だった。

 「伊原」

 伊原さんは58点。

 「大町(おおまち)

 大町くんは62点。席に戻った大町くんは席の周りにいる友人に答案用紙を見せながら、「っしゃー赤点回避〜」とガッツポーズをしている。
 自分の番が近づいてくることに耐えられなくて、窓の外を見る。はあ、と吐き出した息と小さく漏れた声は震えていて、余計に自分の弱さを突きつけられただけだった。
 返却された人数が増えれば増えるほど、クラス中のテンションが上がっていく。赤点を回避して喜ぶ人、赤点で見るからに落ち込む人、可もなく不可もない点数でリアクションを取りづらそうにしている人、思っていたよりも点数が良くて飛び上がっている人。

 「次、永田」

 その誰もが、僕の名前が呼ばれた瞬間に口を閉じてこちらを向く。

 「ぁぃ、」

 喉が締まって返事をする声が出なかった。
 先生は僕から答案の背を向けて、意地の悪そうな顔をする。

 「惜しかったな」

 答案が差し出される。
 99点。受け取る手が震えていたのは、先生にバレなかっただろうか。

 「やっぱ永田かよーーー!!」

 教壇に一番近いところに座る橋田くんがそう叫ぶ。あまりの声の大きさに一瞬体が跳ねてしまったけれど、なんてことない風を装って、先生にお礼を言って席に戻った。

 「すごいね。マジで全部クラストップじゃん。やっぱ医者の息子はちがうね」

 後ろの席の船場くんが僕の答案をちらっと覗いて面白くなさそうに呟いた。

 「まぁ、ね」
 「ちょっと頑張っただけでいい成績が取れるんだから、もう親ガチャ成功としか言えないよなぁ」

 マジで羨ましい、と、にかっと笑う船場くんに、たぶん悪意はない。言い方に棘はないし、何より彼は誰からも好かれるムードメーカーだ。船場くんが誰かと揉めているところなんて一度も見たことがない。

 でも。

 「僕、がんばったよ」

 この声は、きっと誰にも届いていない。99点の理由は、最終問題での約分忘れだった。17の約数なんて誰がわかるか。悪趣味。




 毎日6時間目までの授業が終わったあとは、図書室へ向かう。うちの学校の図書室は小さい割に本棚が多い。話題の書籍から図鑑、画集まで多様な蔵書があって魅力的なはずなのに、放課後の図書室にほとんど人はいない。受験に追われた学生にとって、図書室は本を読む場所ではなくて勉強をする場所なのだ。しかもこの図書室は私語が徹底的に禁止されている。その昔、図書室での私語が許されていた時代、勉強の教え合いという名目でそれはそれはやかましい空間となってしまったため、厳しいルールが敷かれるようになったとか。大抵の学生は授業が終わると塾か、ある程度の私語が許されている地域の図書館の自習室へ行く。僕みたいに学校の図書室に直行するやつなんて誰もいない。

 「こんにちは」

 毎日通っているせいで、司書さんともすっかり顔なじみだ。だからといって馴れ合いのようなことはしない。どれだけ顔を合わせても、図書室を利用するいち生徒として接してくれるから、僕は安心してここに通うことができている。
 図書室に入ってすぐ、右に曲がる。本棚に囲まれてひっそりと、ぽつんと佇んでいる席には、今日も誰もいなかった。もはや僕専用の席のようになっているけれど、一応は公共のものだ。毎日、誰かがいたらどうしようという気持ちはある。
 席についてテキストと返却されたテストを出す。満点を逃したのは有機の問題でミスをしたからだ。テキストの該当ページを開くと、大量のベンゼン環が目に飛び込んでくる。赤で書かれた『98点』の文字と、間違い探しのような図形の羅列にめまいがしそうな感じをぐっとこらえる。ひと呼吸置いて、ペンを取った。



 「もう閉めますよ」

 後ろから声をかけられて、はっと顔をあげる。黒いエプロンをした女性が僕の方を見て、柔く微笑んでいた。

 「あ、すみません。ありがとうございます」
 「いえ、大丈夫ですよ」

 勉強中、机の上に時計は置かない。時間ばかり気になってしまって捗らないからと始めた習慣だけれど、過集中になってしまうことだけが欠点だった。毎日司書さんが声をかけてくれることに甘えてしまっている。

 「っ……」

 いそいそと準備をして立ち上がったとき、目の前が一瞬だけ暗くなるような感覚があった。
 すんでのところで机に掴まって、目の奥の鈍痛をやり過ごす。また始まった。だめだ、はやくここから出ないと、迷惑がかかってしまう。

 「……ありがとうございました。さようなら」
 「はい、さようなら。……大丈夫? 顔色が悪いけど。ちゃんと休んでくださいね」

 軽くお礼だけ言って、必要以上のコミュニケーションは避ける。さっさと家に帰ろう。
 今日は特に集中しすぎてしまった。そりゃ今までずっと座っていたのに、急に立ち上がったら体調も悪くなるに決まってる。空腹も限界を超えて、もう何も感じなくなってるし。今日の夕飯はなんだっけ。あぁ、その前にテストを見せないといけない。今回のテストはひとつも満点がなかった。ケアレスミスはなくならないし、応用問題では基礎固めの甘さが露呈することが多すぎる。
 頑張ってるのに、兄さんたちみたいにはうまくいかない。褒められも怒られもしないけれど、あの視線をまた向けられるのか。

 「やばぁ……っ」

 下駄箱へ向かう脚が急に重くなって、次いで目眩、猛烈な吐き気が襲ってくる。あと少しで下駄箱だというのに、廊下の途中でしゃがみこみ、襲い来る不快感をなんとかやり過ごそうと必死で耐える。

 こんなところ、誰かに見られたら……。
 そして僕は大切なことを忘れていた。
 僕は、基本的に運が悪い。

 「びびったー! ……誰?」

 じゃり、と正面から足音と、妙に聞き覚えのある声が聞こえてくる。眠い目を頑張って開ける。顔を見たくて視線をあげるも、身長が高いせいで、かなり見上げなければならなかった。
 見たことのある顔。というか、クラスメイト。

 「あ、永田じゃん。顔色やばくね?」

 急な視線移動がまた嘔気を誘発する。すぐに顔を伏せてしまった僕の目の前に座り込んだらしい男は、えー、だの、ん〜? だの、意味のない音を発し続けている。

 「具合悪い? 何してんのこんなとこで」

 矢継ぎ早にぶつけられる質問に何一つ答えることができない。無視したいわけじゃない。頭が真っ白で考えがまとまらない。手先が冷たくて仕方なかった。

 「過呼吸ではなさそうだし、低血糖か? 俺医者じゃないからわかんないけど……これでだめだったら先生呼ぶか。ほら。口開けろ」

 男がポケットから取り出したのは、昔なつかし青緑のラムネのボトルだった。ざらざらと直接口の中に放り込まれる、というか、流し込まれるラムネ。舌に触れてひやっと冷たくなったかと思いきや、じわりと溶け出して僕の唾液を甘いものへと変化させる。
 しばらく口の中でもごもごとラムネを転がしていたら、急に視界がクリアになってきた。手先にも温度が宿りだす。ゆっくりと顔をあげても、もう吐き気と強烈なめまいはやってこなかった。目の前の男は、僕が少し復活したことを確認すると、僕にやったラムネの残りを一気に自分の口に放り込んだ。大きな口をもごもごと動かして食べる様は、どう考えてもラムネを食べている顔じゃなかった。

 「随分と豪快な食べ方するんだね……」
 「んだお前命の恩人に向かって文句とはいい度胸じゃねぇか」

 べち、とデコピンを喰らう。

 「いたっっ! ごめん……助かった。ありがとう、大町くん」
 「びっくりしたわ。同じクラスのヤローが死にかけてんだもん。俺が通らなかったらどうするつもりだったんだよ」

 ぐうの音も出ない。言い返せなくて視線を下げると、大町くんの足元が目に入る。ローファーでもスニーカーでもなく、健康サンダルを履いている。おそらくズボンは学校制服のスラックス。ひときわ目を引くオレンジ色のパーカーを着て、紺色のエプロンをつけている。

 『だがしや おおまち』と胸元に明朝体で書かれたエプロンは、学校という空間には恐ろしいほど馴染まない。

 「その格好、なに?」
 「忘れもん取りに来ただけだし。すぐ帰るつもりだったからいいんだよ」

 完全下校時間は19時30分。あと10分ほどで校門が閉められてしまうため、お互いゆっくりしているヒマはない。
 じゃあな、と走り去っていこうとする大町くんをみて、咄嗟にこれだけは言っておかなければいけないと思った。

 「あのさ……! このこと、誰にも言わないで」
 「は? 俺とお前が喋ったこと? そんなに俺のこと嫌いか?」
 「じゃなくて、僕が体調悪くなってたこと」
 「……はぁ? まぁ、いいけど」

 心底意味がわからないといった顔をして、大町くんは教室へ上がる階段へと消えていった。上靴に履き替えるのも面倒だったのか、健康サンダルを昇降口に脱ぎ捨てて、裸足のままで。



 父親は内科医で、母親は産婦人科医。
 生まれたときから家には分厚いアトラスや医学書が並んでいて、僕もお父さんとお母さんみたいな、病気を知り尽くしたかっこいい医者になるんだと信じて疑わなかった。

 僕の上には少し年の離れた兄がふたりいる。ふたりとも小さな頃から頭がよくて、テストで満点を取り続けていた。学校でテスト返しがあった日は、玄関でバタバタと靴を脱ぐ音がしたからわかりやすかった。毎回、100点と大きく書かれたテストをお母さんに見せて、えらいねぇと褒められて嬉しそうにしていた兄たち。僕も小学生、中学生と年を重ねるにつれて『100点満点うちの自慢の賢い子』の称号が増えていくのを楽しみにしていた。

 けれど、所詮僕は三男坊だった。

 兄たちの満点のテストを見慣れてしまった母親は、僕の98点のテストを見て、『あら、満点じゃなかったのね』と言った。兄たちが必死になって勉強しなくても取れる満点を、1日中机にかじりついていないと取れない僕を見て、父親は冗談でも言うような軽さで『要領が悪いんじゃないか』と言った。

 何をしても兄と比べられる。満点は当たり前。満点じゃないのは僕の努力が足りないから。
 どれだけ努力をしても、結果が出せないならその努力は意味を成さない。

 高校入試も当日にヘマをしたせいで、兄たちが通った私立の超進学校に行くことはできなくて、地元の公立高校の特進コースに進んだ。
 どれだけ三兄弟の中で落ちこぼれでも、今のところ学年トップは維持できている。でも、毎回毎回、小テストでも凡ミスがないか5回は見直しをするし、定期テストが近くなると誰もいない図書室にこもりっきりになるし、テスト返却の時なんか緊張で身体が動かなくなる。
 全ての教科でクラストップの成績を取っても、それはひとつも僕の自信になんてなってくれなくて、重荷や重圧としてのしかかってくるだけだった。

 『永田くんって、あの永田病院の息子らしいよ』
 『そりゃ頭いいに決まってるわ』
 『ガリ勉って感じじゃないのに、すごいよね』

 僕は、常にトップでいなきゃいけない。
 必死になっているような素振りは見せてはいけない。
 
 飄々といい点を取り続けて、僕も両親のようなかっこいい医者にならないといけない。

 だから、大町くんに『あれ』を見られたのはまずかった。




 いつも通り、朝はホームルームの30分ほど前に教室へ着くように登校する。クラスの3分の1くらいしか生徒は来ていない。大半が机の上にテキストを広げていて、予習復習をしている。近くの席の友人に小さく挨拶をして、僕もみんなに倣う。この時間はクラスの和を乱すわけにはいかない。ここで浮くようなことをして、調子に乗ってると言われたくない。

 英単語の復習をし始めて10分ほど経った頃、教室の裏側の扉がガラッと開いて、「はよ〜」と間延びした声がした。

 大町くんはいつも声が大きい。大町くんがクラス中に聞こえる声で堂々と挨拶をすると、今度はみんなが一斉に彼に挨拶をする。挨拶をしたら返すのが当たり前のことだけれど、それを平然とクラス全体に向けてしてみせるのが大町くんだった。

 眠そうにふらふらと頼りなく歩く大町くん。僕よりも頭ひとつ分ほど身長は高いはずだ。制服のブレザーを着ている日は少なくて、たいてい紺色のカーディガンを羽織っている。ネクタイはしているけれど、シャツの一番上、なんならたまにふたつ目のボタンも開いている。短い黒髪はワックスか何かで整えられているのか、少しツンツンしていた。
 キラキラしている。男の容姿になんて興味はないけれど、女の子たちがきゃいきゃいと騒いでいるところを頻繁に見かけるせいで、たまに数秒見てしまう。いつ見ても彼のそばには人がいて、みんなが楽しそうに笑っている。人に愛されるために生まれてきたと言いたげなオーラが滲み出ているような気がしてならない。

 「はよ〜永田」
 「おはよう……なに?」

 油断した。僕と大町くんの席は決して近いわけじゃない。そんな僕に声をかけてくるということは、つまり何か用事があるということ。僕と大町くんの接点なんて、昨日のあのことくらいしかない。頼むからなにも言ってくれるな、ていうか昨日釘刺したよなと思いながら、教室を見回す。僕も決して友だちが少ないわけじゃないけれど、大町くんとはキャラが違いすぎるて、さすがに少しだけ周囲の視線が刺さる。僕たちが話すなんて、クラスメイトからしたら一大ニュースに違いない。

 「なにそんなビビってんの。さっき(はた)センに1限で使うプリント取りに来いって言われてさ。ついでに永田に話あるからもう来てたら連れてこいって言われたんだけど、いけそ?」

 それ、と大町くんは僕の机上にあるノート類を指さす。細長い指がくるくるとその場で回って、催眠術師のようだった。

 「いける、けど、僕に話ってなんだろう」
 「知らね」

 とりま行くべ〜、と大町くんが上靴の踵を直す。職員室で生徒指導に見つかったら面倒が増えるからだろう。そういうところはちゃっかりしている。いつも踏んでいるのか、踵部分はよれて折り癖がついていた。



 「名指しの呼び出しって気味悪いよな、普通に。しかも職員室だぞ? 俺でもビビるわ」
 「僕、ほんとに何かしたかな……」

 別棟の2階にある職員室へ行くまでの廊下は、この時間ほとんど人とすれ違わない。少し古びた廊下に、僕たち、いや、ほとんど大町くんの声がぼわんぼわんと響く。

 「あれじゃね? こないだの作文のやつ」
 「作文?」
 「国語の授業で書かされたやつ。文献引用して書いてこいって、めんどくせぇ宿題出たやつ。いいやつはコンクール出すとか言ってなかったっけ」
 「あ、小論文か。そういえばあったね」

 大町くんは階段を一段飛ばしてのぼる。僕は一段ずつのぼるから、彼のほうが先に進む。踊り場に着くと、大町くんは僕のほうを見て律儀に少しの間待っていてくれた。

 「永田のことだし、怒られるこたぁないだろ」
 「そう、かな……」

 ほとんど話したことなんてないのに、会話が途切れることはなかった。職員室に着くなり、大町くんは扉を開けて大きな声で「畠セ〜〜ン! 取りに来たぞ〜!」と言った。職員室にいた先生たちの視線がザッとこちらに向いて、またあいつか、といった顔に変わる。

 「大町、呼んだのは俺だけど学年と名前と用件を言ってくれ。他の先生がびっくりするだろ」
 「2年の大町遊我(ゆうが)で〜す。朝っぱらから畠センにパシリで呼ばれたので来ました」
 「……2年の永田(しき)です。畠先生が僕を呼んでると大町くんから聞いて来たんですけど」

 大町くんの後ろからそっと顔を出してそう言うと、畠先生がちょいちょいと僕に向かって手招きをした。大町くんは職員室後方にあるプリント置き場に向かうよう指示される。

 「永田、突然ごめんな。この間の課題の小論文のことなんだが、コンテストに出してもいいか?」

 僕は驚きでかっと目を見開く。自分の小論文がコンテストに出してもらえることにではなく、大町くんの予言が当たったことに。

 「は、はい。大丈夫です。お願いします」
 「本当によく書けていた。賞取れると思うぞ」
 「いや……まだわからないので、あまり持ち上げないでいただけると……」
 「謙遜するなよ。また結果は追って伝える。それだけだ。朝からありがとうな」

 思ったよりもあっさりと解放されて、拍子抜けした。のに、心臓はバクバクと動いている。
 僕の、小論文を、コンテストに出してもらえる。
 よくできていると言ってもらえた。
 授業を聞いていた時は今この時期に小論文対策なんてやっても意味ないだろとか思っていたけど、案外書いてみると性に合っていたのか、楽しかった。

 報われたみたいで、嬉しい。

 ありがとうございます、と職員室を出ると、階段の方に大町くんの姿があった。

 「先に行ってくれててもよかったのに」
 「俺がそんな薄情者に見えるか? これ半分持ってくれよ。意外と重い」

 確かに大町くんが持っているプリントの束はかなりの量で、ひとりで持ち帰るにはさすがの男子でも骨が折れそうだった。

 「永田、なんか嬉しそうだな」
 「うそ、そんなに顔に出てた……? 大町くんの言った通り、僕の小論文をコンテストに出してくれるんだって」

 大町くんのプリントを少しだけ多くもらう。いまの僕は力がみなぎっているから、これくらいは楽に持てそうだった。

 「まじ? おめでと」

 俺すごいな、予言者じゃんね、と大町くんまで少し嬉しそうにしている。素直な称賛にはお礼を言う。

 「てか永田って喜ぶんだな」
 「どういうこと」
 「いつもテストで良い点取ってもすました顔してっから、感情とかないのかと思ってた」

 その言葉に、そっと顔を俯ける。ほとんど100点を取れない自分は、テスト返却で喜ぶことはできない。無駄に期待と緊張をして、失望と不安で顔も体も動かなくなっているだけだ。

 「別に……あれは良い点なんかじゃないから……」
 「うわ、嫌味かよ」
 「ちが……っ!! そんなんじゃなくて!!」

 一瞬大町くんから放たれた棘に、過剰に身体が反応する。嫌味を言いたかったわけじゃない、大町くんは僕のことを知らないから、あの言葉は嫌味に聞こえて当たり前なのに、

 「ぶっ……、そんな慌てんなって。ウソだよ。別に嫌味とか思ってねぇし」

 僕の慌てぶりをよそに、大町くんは吹き出したあと、かかかと笑う。大町くんの眉と目尻はへにゃりと下がっていて、怒っている様子はどこにも見当たらなかった。

 「あーおもろ。いや、からかうつもりはなかったんだよ。ごめんな」
 「べ、別にいいけど……ほんとに怒ってない……?」
 「あんくらいで怒るやつ、心狭すぎんだろ。それかコンプレックスこじらせすぎヤローかどっちかだな」

 俺はそういうのないんでねぇ、と大町くんが口を尖らせて呟く。

 「ん、これお祝い。今度は倒れる前に食えよ」

 プリントの束を片手で器用に持ち直して、大町くんがスラックスのポケットから出したのは、個包装の小さなラムネだった。

 「懐かしいね、コッピーラムネだ」
 「だろ。でかくなってから食うとこれまたくせになるうまさなんだよなぁ」

 僕がプリントから手を離せないのを悟ったのか、大町くんは僕のブレザーのポケットにラムネを突っ込んできた。ありがとうを言う前に、教室に着いてしまう。
 歩くたびポケットの中から、かさ、とラムネの袋がこすれる音がする。

 ふと、昨日見た『だがしや おおまち』の文字を思い出した。