テンプレみたいな恋だった


地元の中学校に進学して、もちろん地主の息子の翔ちゃんも同じ学校だ。兄の真似をして水泳部に入ったところ、翔ちゃんも同じ部だった。全身運動のトレーニングとして水泳が選ばれたのかもしれない。

中学校には軟式野球部しかなく、甲子園を目指す翔ちゃんは外部で硬式野球を続けていた。だから翔ちゃんは幽霊部員で、水泳部に来るのは本当に稀だ。

中二の冬、その日の水泳部の陸トレはケイドロと、かくれんぼ。

シーズンオフ中ののんびりした部活で、部長がその日のトレーニングメニューを適当に決めるのだ。男女十人くらいで、プール周りと部室、グラウンドに校舎もありという、なかなか広い範囲でのかくれんぼが始まった。

隠れるために広大な範囲があったというのに、私と翔ちゃんはプールの端っこの狭い機械室で鉢合わせた。

「あ、翔ちゃん……」

体操服を着た翔ちゃんとばっちり目が合う。同じ部活の部員なのに、なんとなく会話しないままここまできた。窓が無くて薄暗い機械室で、気まずい沈黙が流れる。

どうせいつものように無言で横を通り過ぎて行くのだろうと思っていた。だが、翔ちゃんが言った。

「サヤちゃん、ここ隠れる?」
「え、あー……うん」

私は驚きながらも頷いて、一緒に機械室の端っこに二人で身を隠した。

陸トレでケイドロをした後だ。まだ汗が滲んでいた私は、翔ちゃんに汗の臭いが届かないか心配でそわそわしていた。二人でせまっ苦しく三角座りしながら静かにしていたが、なかなか誰も探しに来てくれない。

沈黙が痛くてしんどくて、私は立てた膝に顔を埋めてしまう。


目を閉じていると、私のうなじを、するっと何かが撫でた。


触れられたうなじに手を当ててぱっと顔を上げると、翔ちゃんとまた目が合う。

「な、何?」
「汗かいてるなと思って……なんとなく」

その行為にも曖昧な答えにも心底驚いて、声を張り上げてしまう。

「なんとなくでそんなとこ触りなや! 汚いやん!」

私は自分の体操服の袖で、急いで翔ちゃんの手を拭く。彼がふはっとこぼれるように笑った。

「なんかサヤちゃんの大きい声聞くの久しぶりやな」

久々に聞いた私の名を呼ぶ声と、少し大人っぽくなった笑い顔を見て私は初めて、胸がキュっとした。翔ちゃんの笑い声で私たちの間の張りつめたものがほどけて、会話が弾み始める。

面白かったお笑い番組とか、今年の祭りはどうだったかとか、そういう話の果てに翔ちゃんが珍しく部活に出てきた理由を話してくれた。

「ずっと野球やってんねんけど。この前な、試合の大事なところで負けてん。俺のミスで」

翔ちゃんはジャージで足首を擦りながら、苦さを噛み潰すように微笑んだ。小学生のころにはしなかった表情の横顔がなんだか、遠かった。

「俺が滑り込めば勝ちやったんや。でも、足捻って、ホームベースまでたどり着けんかった。そんで負けや」

へらりと情けなさそうに笑った翔ちゃんがよわよわしい。もっと快活に笑ってほしくて、私はきっぱり言った。

「そんなん翔ちゃん悪くないやん!」
「いや、悪いやろ! 俺のせいやん!」

勢いにつられたのか、翔ちゃんも言い返す。

「誰かって足捻ることくらいあるやん」
「そうやけど、大事なときやったし鈍臭いん俺やし」
「それでもや!」

私は意見を曲げない。野球のことはわからないが、彼が野球を大好きなことは知っている。

「好きで足捻ってるわけやないんやから、しゃあないやん。翔ちゃんは悪くない! だから、また今度がんばり!」

呆気に取られたような顔をした翔ちゃんは、すぐにぶふっと噴き出す。

「めちゃはっきり言うやん。サヤちゃんにそう言ってもらったら、なんか元気出たわ」

翔ちゃんの明るい笑顔に満足して、私も心から笑った。

「そういえば、誰も探しに来うへんな」
「俺らがおるの忘れられてんちゃう?」

こっちから探そうかと二人で同時に立ち上がると、翔ちゃんの背がまた伸びていることに気づく。まだ背の小さい私からするともう大人みたいだ。私を見下ろす翔ちゃんの手が、とんと私の頭に乗った。

「話きいてくれてありがとう。サヤちゃんはほんま……ええ子やな」

ぽんぽんと頭を撫でられる。私はどうするのが正しいかわからず、翔ちゃんのやわからい笑みを見上げる。絞り出した声は消えそうだった。

「なんで撫でんねん」

翔ちゃんがにっといたずらっぽく笑う。

「だって、小さいサヤちゃんの頭が、触りやすいええ位置にあるから」
「誰が肘置きやねん」
「さすがサヤちゃん、ええツッコミやわ!」

ふははと楽しそうに笑った翔ちゃんは、そのまま機械室から出て行った。ひとり残された機械室で、自分の頭を両手で覆って、しゃがみこんだ。

「いや別に……もう好きちゃうから」

呟いた独りごとは誰にも聞かれないまま消えてしまった。