ほろ酔いになってきた犬沢くんが缶ビールを持って立ち上がった。
「翔ちゃぁん!」
「どうして犬沢くんが叫ぶの」
同じくほろ酔いになってきた私はけらけら笑う。犬沢くんが大げさに涙を拭く真似をする。
「だって、翔ちゃん……全く相手にされてないのわかって、これはもう失恋でしょ……」
「残酷だよねぇ、恋の回路が全くない五年生女子。私も本当に情けないよ」
ぐびっと飲んだ桜味のビールは思ったより苦くて、私は眉をしかめる。犬沢くんが隣に座り直し、また新しくビール缶を開けようとするのを止める。私は飲みかけの桜ビール缶を差し出した。
「犬沢くん、これ飲みかけで悪いんだけど、残り飲んでくれない? 私、実は桜味って苦手なんだ」
「え?! この桜味ビール買ったのサヤさんですよね? なんで好きじゃないもの買うんですか」
彼の真っ当な質問に、私はけろりと答える。
「桜の季節限定の缶のデザインが好きだから。つい買っちゃうんだよね、きらきら綺麗で可愛くて」
愛らしくて淡い桜デザインの缶をくるっと回して眺めた。
「でもさ、見た目は可愛いのに、中身はあんまり美味しくないんだよ。でも何回も、買っちゃうの」
「それってなんだか……初恋みたいですね」
私は目をぱちくりした。仕事中もよく思うのだが、彼は人が発するいろんなものを汲み取って言葉にするのがすごく上手だ。
「うわぁ……うまいこと言うね。感心した」
「どうも」
犬沢くんがおそるおそる私の手から缶を受け取った。飲み口をちらりと見てはいけないものをみるように薄目で見つめる。
「嫌だったら飲まなくて良いよ?」
「いや、飲みたいです……下心と桜味への好奇心で」
「なにそれ、それはちょっとわかんなかった」
「もっとはっきり言わないと伝わりませんね」
噛みあわなかった話を流しつつ、定番の缶ビールをプシュっと開ける。犬沢くんは桜味ビールを一口飲んでから一息ついた。
「サヤさんって、実は子どもの頃とあんまり変わってませんよね」
「何が?」
目を細めた彼が無言で何か訴えたのはわかった。だがその訴えの意味はわからなかった。犬沢くんが話しを切り替える。
「それで、その寝言事件で翔ちゃんとの関係は終わっちゃったんですか?」
「いや、全然。それからもずっと普通に一緒に遊んでた」
「翔ちゃん強いですね」

