翔ちゃんの家は私の家と真反対だ。
だが、放課後は私の家のすぐ近くの公園に、翔ちゃんは友だちとよく野球をしに来ていた。彼は硬式野球のリトルリーグに入っていて結構上手だという話も聞く。将来は甲子園を目指しているそうだ。
私が友だちと一緒に公園へ遊びに行くと、翔ちゃんたちはすぐ野球をやめて近寄ってくる。
「みんなで何して遊ぶー? おにご?」
翔ちゃんがそう言うとみんな口々にやりたい遊びを言い合う。結局かくれんぼになって、私と翔ちゃんはたまたま公園の端っこの木の陰で一緒に隠れた。
二人で並んで屈んでいるときに、私はふと疑問を口にする。
「そういえばなんで一緒に遊ぶことになってんやろ? 別に約束してないよな?」
翔ちゃんが首をこてんと傾げてから、うーんと考えて、ころっと笑う。
「別にええやん、俺と一緒に遊べば! おもろいやろ!」
ころころ笑う翔ちゃんに釣られて「そうやな」と私も笑ってしまうと、鬼に見つかってしまった。
そうやって放課後によく遊んでいるうちに、また翔ちゃんと同じクラスで五年生になって。
林間学校で事件は起こった。
一晩寝て起きた朝食の食堂で、体操服の翔ちゃんが慌てて友だちの加藤を追いかけている。
「翔ちゃんたち、またなんか騒いでるね」
隣に座った女子、友だちの彩矢は気になるようで首を伸ばして観察していた。
だが、私は懸命にパンをかじっている。
胃袋も小さい私は急いで食べないとみんなのペースに追いつけないのだ。
彼らのいつものじゃれ合いにそこまで興味がなく、パンに集中していた。だが、加藤が食堂のみんなに聞こえるような声で言った。
「昨日の夜なー! 翔ちゃんがなー!」
「ちょっと、やめろってマジで!」
聞き慣れない翔ちゃんの焦った声が聞こえる。
「寝言で『サヤちゃん』って言うてたでー!」
みんなが意味を飲み込むまで一拍の沈黙が食堂を満たし、次の瞬間に黄色い声に染まり、私のところに一気に視線が集まった。彩矢が私に詰め寄る。
「サヤちゃん! 寝言で呼ばれてたって! もうこれはガチやん!」
「何がガチ? 私が夢に出てきただけやろ?」
「もうサヤちゃん何言ってんの?! 翔ちゃんが完全にサヤちゃんのこと大好きってことやん!」
熱っぽく語る彩矢にそう言われても、私は首をかしげつつパンを食べ続けていた。
「友だちなんやから、そりゃあ好きやろ?」
「いや、そういうのとちゃうやん!」
翔ちゃんが私の前にやってきて、慌てて口を開く。
「サヤちゃん、これはな、あの」
珍しく口をまごつかせて耳の先をほんのり桜色に染める翔ちゃんに、私は平然と話しかけた。
「私が夢に出てきたんやろ? どんな夢? 何かおもろいこと言うてた?」
私の周りに集まっていた友だちたち、もちろん翔ちゃんも含めて、全員がぎょっとした顔で私を見た。さすがに視線が集まったことはわかり、私は「どうしたん?」と言いながらパンを食べる。翔ちゃんが気まずそうに答える。
「え、あー夢……覚えてない」
「そうなんや。夢って忘れるよな。あ、はよご飯食べな時間なくなるで?」
「……せ、せやな」
静かに自分の朝食の席に戻って行った翔ちゃんの背中を、私は全く覚えていない。

