テンプレみたいな恋だった


大学のころから東京で暮らし、サービスセンターで働く私はすっかり標準語だ。

だが、実は大阪府の出身だ。

小学4年生の夏休み、父が念願のマイホームを買って引っ越すことになった。大阪府内から府内の引っ越しで、大阪市内からさらに南。泉州という都会と田舎の間のような土地へ移り住んだ。


転校先の小学校で私は
──翔ちゃんに出会ったのだ。


夏休み明けの教室で黒板の前に立たされた私は、日焼けしたクラスメイトたちに向けて自己紹介をする。

「坂上サヤです。よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げたあと、隣に立った中年の先生がにこやかにクラスメイトたちに声をかけた。

「じゃあ、サヤちゃんに質問コーナーにしよっか。質問ある人ー!」

手を上げた人を先生が指名するよりも早く、教室のど真ん中の席で立ち上がった少年が声を張り上げた。


「パンツ何色ですかー?」


すらりと背が高くてスタイルが良く、目を惹くほど整った顔をしている彼からの下品な質問。

一瞬の沈黙のあと、クラス中がどっと沸いた。

失礼な発言さえクラスに受け入れられてしまう彼が、クラスの中心人物であることがすぐわかる。黒板の前に立たされたまま、みんなの視線にさらされて笑われる私はぽかんとするだけだった。

「翔ちゃん! そんなこと言うのはあかんで!」
「すいませーん!」

へらへら笑いながら着席した翔ちゃんを先生が宥めてその場は収まり、私は席についた。席に座ってから、じわじわと耳が熱くなるくらい恥ずかしくなり、斜め前の席の翔ちゃんの背中をぎっと睨んだ。



夜桜の下で、翔ちゃんの第一声を知った犬沢くんが私の隣で苦笑いする。

「い、いやーわかる。翔ちゃんの気持ち……俺も昔はそういうの言っちゃうタイプでした」
「犬沢くんも言うんだ」

今でも軽い調子が基本の犬沢くんの幼い頃はそんな感じだったのかと思うと微笑ましい。

「で、それからそれから? 翔ちゃんと付き合ったりしちゃったんですか?」

私はゆっくり首を横に振る。

「翔ちゃんと付き合うことはなかったの。デートの一回だってしたことない。でも誰より私を……ヒロインにしてくれたんだよ」
「ヒロイン、ですか?」

犬沢くんのふわふわの髪の上に一枚、花びらがゆっくり舞い降りた。



転校してしばらくして、近所の子たちと一緒に帰るようになった。
小学校から下る急な坂道の途中で、翔ちゃんは私にいつもちょっかいをかけてくる。

「名前『坂上』のくせに、ちっちゃいからいつも俺の下にしかおらんなぁ~」

翔ちゃんは友だちを引き連れて私に近づき、背の小さい私をわざわざ見下す。

背の順で並べば、比べるまでもなく一番前である。幼稚園の時から一番前をキープし続けている私は発育が遅く、特別に背が小さかった。背が小さいイジリをされるのは初めてではない。

私が黙っていると翔ちゃんはさらに続ける。

「俺の妹より小さい。ほんまに四年生なん? 名前は坂下にしたら?」
「ああもう、うるさいなぁ」

いい加減に腹が立ってきて言い返すと、翔ちゃんを囲む友だちが私を指さして大笑いした。

「うわ~、チビ転校生に言い返されるなんて終わりや~!」

キッと彼らを睨みつけた私は、小さい体に似合わない大きな声で怒鳴った。

「なんで私に言われたら終わりなんよ!」

きょとんとした翔ちゃんたちは黙り、目をぱちくりさせていた。言い返してやって胸がすっとした私は、彼らを置き去りに勝利の気持ちを噛みしめて坂を下りて帰った。

そうやって怒鳴った日から、翔ちゃんは私の背の小ささをいじることはなくなった。



私はビールを飲んで犬沢くんに言った。

「そのあとからね、翔ちゃんは私を『サヤちゃん』って呼ぶようになったの」

犬沢くんが桜の合間から夜空を見上げてしまう。

「いやいや、すでに甘酸っぱいんですけどー!」
「でしょ。でもね、あの時の私は、翔ちゃんが私を名前で呼んだ意味が全くわからなかったの」

彼の元から丸い目がさらに丸くなる。

「え、翔ちゃんって話聞く限り、今でいう人気者のカースト上位男子ですよね?」
「わかってるね。しかも翔ちゃんの実家は呉服屋さんで、地元では大地主として有名なお家なんだよ」
「さらにハイスペック! そんな翔ちゃんが名前呼びなんて特別感出してきて、え? 好意に気づかないんですか? 翔ちゃんが不憫なんですが」

狼狽する犬沢くんの反応は予想通りだ。今振り返れば、私だってそう思う。

「私はさ、遅かったんだよ」
「何がですか?」
「恋を知るのが。そういうのって女子の方が早いっていうでしょ? でも背が小さかったからかなんなのか。私は恋に目覚めるのが人よりずっと遅かった」

翔ちゃんはみんなの人気者だったので、みんなが翔ちゃんと呼んでいた。しかし、男子と女子は苗字で呼び合うのが基本だったそのクラスの中で、翔ちゃんが私を名前で呼ぶようになったのはちょっとした事件だったようだ。

でも私は照れるどころか、我関せず。

「翔ちゃん不憫だよね……でもね、ここからの私はもっとすごいよ?」

震えあがる真似をする犬沢くんに、私はさらに翔ちゃんとの思い出を教える。