テンプレみたいな恋だった



仕事を終えて、犬沢くんと合流したあとはスーパーに買い出しに行くことになった。

「居酒屋に行くんじゃないの?」
「サヤさん、今日は夜桜が最高ですよ。外飲みしましょ、外」

ワイシャツを肘上までまくった腕で缶ビールを手に取り、犬沢くんが機嫌よく笑う。

「あーそっか、夜桜! いいね、なんか忙しくて見逃しちゃうから。じゃあ私はこれ~」
「桜ビールですか」
「そう、家にもまだ一本あるんだけど」

へへっと笑いながら、桜の季節限定の可愛い桜デザインの缶を、犬沢くんが持つカゴに入れた。

買い出しを終えて、夜桜ライトアップの桜まつりが行われている公園へ向かう。桜が華々しく盛況な祭りの雰囲気の端っこで、二人並んでベンチに座った。

春らしい生温かい風を受けながら、缶ビールを掲げてお疲れ様と乾杯する。

「今日はありがとう、犬沢くん。いつも助かってます」

ぺこりと軽く頭を下げる。

「全然大丈夫ですよ。あのあと仕事終わってからサヤさん待ってる間に、水戸さんとサヤさんの噂話して笑ってました」
「えー上司の悪口は内緒でやってよ」

桜ビールはあとのお楽しみとして、まず定番ビールと来る途中の屋台で買った焼きそばを食べながら私は顔をしかめる。同じように焼きそばをすする犬沢くんがからから笑う。

「サヤさんが上司でやりやすいって話ですよ?」
「ほんと?」
「新人でひよってた時に、俺もサヤさんに『大丈夫だよ~』って笑ってもらって嬉しかったって話で、意気投合しました」

水戸さんと犬沢くん、後輩二人がきゃっきゃしているのを思い浮べると気分が良い。二人とも可愛い子たちだ。

「新人の犬沢くんも初々しかったよね、懐かしい」
「その節はお世話になりました」
「いえいえ、今では立派な右腕だよ」
「サヤさんのおかげですよ」
「お世辞が上手!」

ビールと焼きそばでお腹が満ちて、ひらりひらりと舞うピンクの花びらはやさしくて。犬沢くんは上司のご機嫌取りもうまい。ビールも進み、落ち着いたころに犬沢くんが切り出した。

「サヤさんって『忘れられない恋』があります?」
「いきなりどうしたの?」

犬沢くんと過去の恋愛話は何度かしたことがあるが、そういう具体的な質問は初めてだ。

「水戸さんおもしろくて、自称恋愛マスターだそうで」
「え、意外!」
「相手のこと知るなら、忘れられない恋の話を聞くと良いって教えてくれたんです」
「すぐ上司に実践してみる犬沢くんもおもしろいよ?」

水戸さんの意外な面に笑いつつ、私は散る桜を見上げた。犬沢くんが私を見つめる。

「どうですか?忘れられない恋」
「……あるよ。もうぜんっぜん忘れないやつ」

犬沢くんが前のめる。

「聞きたいです」
「めっちゃ長いし、語ったら私、情けなくて泣くかもよ?」
「いいですね、望むところです」

前のめったままの犬沢くんは引かない。少し逡巡して彼の顔を見つめる。

「誰にでも話したいことじゃないけど……まあ、犬沢くんならいっか」

犬沢くんがあきらかにほっとした顔で微笑んだので、私もふふっと顔が緩む。
膝の上にひらりと舞い落ちた花びらをひとつ手に取って、私は始まりのあの日を語り始めた。