テンプレみたいな恋だった


カフェの外に出ると風が冷たくて、私は首にストールを巻く。カップを交換したあとから静かになってしまった犬沢くんの横顔を見た。うかがうように声をかける。

「なんか怒らせることしちゃった? 二回も桜味を押しつけたから?」
「そんなことで怒らないですよ。緊張してるだけです」

今さら何を緊張しだすのか。よくわからなかったが、怒っていないと聞いて安心した。ライトアップされた桜並木を並んで歩きながら犬沢くんが言う。

「もう、翔ちゃんにはそれから一度も会ってないんですか」

私はふふっと笑った。

「これ言ったら、引かれるかも」
「聞きたいですね、サヤさんが引くくらいエグいことするところ」

犬沢くんがニッと歯を見せていらずらっぽく笑ってくれると、私も肩から力が抜ける。

「毎年、だんじり祭りをね、こっそり見に行ってるの」

彼の丸い目がきょとんとする。

「翔ちゃんがいるんですか? 祭りに」
「そう、大人になるとね、だんじりの青年団の団長になったりするんだ。翔ちゃんが団長になった年から、毎年、こっそりのぞきに行って、法被姿を見てる。引くでしょ?」

犬沢くんが口を半開きにして絶句している。

「引きました」

あははと夜桜の下で笑った。

「でしょ、私も引いてる。しかも地元の友だちとわいわいしながらじゃないの。一人でこっそり」
「ガチじゃないですか」
「毎年、祭りの日だけだよ。話しかけたりも絶対しない。あー、今年もいるな翔ちゃんって思うだけ」

桜並木沿いに設置されたライトのぼんやりした灯かりが、散る桜を照らしている。

「私と翔ちゃんって何も起こらなかったでしょ? だからなんていうか……」
「綺麗なんですよね。ずっと」

私のふわっとしたところを、犬沢くんは的確に言葉にする。

「それだ。どこまでも綺麗だから、そのまま保存しちゃって。たまに取り出して眺めたくなる。そんな感じなんだよね」

桜並木の終点にたどり着き、人気がほぼなくなったところで犬沢くんが立ち止まる。

「だから翔ちゃんはもう、ただの宝物ですよね」

隣を歩いていた彼が止まったので、私の足も自然と止まった。

「さっき俺、自分のこと優しいなんて言いましたけど撤回します」
「やっぱりいじわるなんだ?」

犬沢くんが頷くので私はくすくす笑う。だが、彼は笑わず、私をまっすぐに見て、低い声で言った。まるで、あの日の翔ちゃんみたいだ。

「俺は性格悪いですよ。翔ちゃんには共感したし、心底同情しました。でも、彼のおかげで俺は同じ轍を踏まなくて済むな、と思いましたから。翔ちゃんがサヤさんには正攻法しかないって教えてくれました」

真剣な表情から目が、離せなかった。



「俺、サヤさんが好きです」



桜の花びらがひとひら、私と彼の間を落ちていく。桜まつりのざわめきが遠くに聞こえて、ふと口の中でココアの味が蘇った。