テンプレみたいな恋だった


「ちょっとお手洗いに行って来るね」

帰る前にお手洗いに行き、鏡の中ですっかり社会人になった自分を見つめた。崩れた化粧を直して、あの日もトイレに逃げ込んだことを思い出してしまう。

高校のとき、電車で一度だけ出会ってから、次に翔ちゃんに会ったのは成人式だ。

地元が一緒というのはおもしろいもので、節目でまた交差する。

呉服屋の息子の翔ちゃんだが、成人式は黒のスーツだった。B系ファッションよりよほど似合っていて、背が高くてスタイルが良い翔ちゃんは相変わらず目立っていた。

そのころ私には、お互いに大阪出身という共通点だけで大学のサークル仲間たちになんとなくくっつけられた彼氏がいた。成人式のあとで会う予定もある。彼氏持ちの私は下心なんて全くなくて、ただ懐かしさで翔ちゃんに声をかけた。

「翔ちゃん」

成人式が行われたホールの外で翔ちゃんは人に囲まれていた。なので、その輪に少し入れてもらいたかっただけだ。彼の周りにいた子もみんな同じ中学の子で、顔は知っている。

けれど、翔ちゃんは周りに何か告げてから輪から抜けて、一人で黒の振袖を着た私のところに来てくれた。それが少し嬉しくて、私は緊張しながら言う。

「……私のこと、覚えてる?」

翔ちゃんはびっくりしたように目を丸くしてから、明るく笑った。

「うん、もちろん覚えてるで。サヤちゃん」
「良かった。一緒に写真撮ってもいい?」
「撮ろう撮ろう」

二人で並んで、近くにいた同級生に写真を撮ってもらった。翔ちゃんの表情はやさしくて、昔からある笑窪を見つけて嬉しくなる。私はつい、私をヒロインにしてくれたときの彼の面影を探してしまう。

普段は翔ちゃんのことなんて全く思い出さないのに、彼に会うと初恋が否応なしに鮮やかに蘇る。

懐かしいあの日々、無邪気にじゃれあって遊んだあの時間、決定的なすれ違いを次々と思い出す。周りは同級生たちでごった返して騒がしいはずなのに、ただお互いに向かい合って見つめ合い、沈黙が流れてしまう。

電車で話したときみたいに傷つけることを聞きたくなかった。だけど彼の今をひとつも知らないから、何の話題も出てこない。でも精一杯、背の高い翔ちゃんのあいかわらず整った顔を見上げる。

彼もじっくりと私を見ていて、視線が深く絡み続ける。

振袖で着飾った私を見て、何か言ってくれないかと淡く期待が生まれた。そんな自分が恥ずかしい。彼との進展なんて一ミリも期待していない。

けれど、彼を前にしてしまうと、少しだけ背伸びして私を良いように見て欲しいという厄介な欲が、どうしても疼く。

「私の着物姿、どう?」

ふふっと笑って目を細めた彼の笑みはとても、大人だ。大人らしくなった彼は社交辞令を知っていた。

「サヤちゃんは初めて会ったときからずっと、小さくて……可愛いな」

耳で聞いた言葉を理解すると同時に、息を飲んだ。その褒め言葉は今ここにいる私ではなく、あの頃の、小さくて無邪気なサヤちゃんへ向いていたから。

私も、翔ちゃんも互いの中にある、あの頃しか見ていない。それを痛感した。

「……そっか、ありがとう」

彼は私の綺麗にまとめた頭にはもう触れなかった。

「サヤちゃん、今日、会えて良かった」

彼がバイバイと手を振って去って行く。彼のすっと背筋が伸びたスーツの後ろ姿が勝手に目に焼きついた。輪に戻った翔ちゃんの腕に派手に着飾った女の子が絡みつく。

私はバイバイと手も振れず、携帯を握り締めてトイレに駆け込んだ。すぐに迎えに来て欲しいと彼氏に連絡した。

もう完全に終わった初恋に呑まれそうになる。終わっているとわかっているのに、こんなに揺さぶられるのが苦しくて。早く今の現実に戻りたい私は、彼氏に縋ったのだ。

「翔ちゃんとの会話は、あれで終わったんだなぁ……」

私は化粧を直した顔を確認してひとつ息をついてから、犬沢くんが待っている席へ戻った。