テンプレみたいな恋だった


翔ちゃんはあんまり勉強はできなくて、私は意外と成績が良かった。高校は当然別々で、彼の顔を見ることはなくなった。

彼を思い出すこともなくて、陸上部の男子と一緒に帰るのを楽しみにしたり、他のときめきに触れてみたりして。普通に女子高生を楽しんでいる。

高二の冬、小雪がちらつく日に、いつもと違う時間の電車に乗った。空いている席が目に入って、特に何も考えずに座る。電車が発車して、イヤホンをつけようとすると隣の席から声がかかった。

「サヤちゃん?」

声の方に顔を向けると、まさかの翔ちゃん。

地元が一緒なのだから、使う駅も同じだ。時間さえ合えば会うことも不自然ではない。だが、そんな偶然は一生で一度だったけれど。

「翔ちゃん、久しぶりやん」
「せやな。今日休みやのに、サヤちゃんはなんで制服?」
「部活やねん。水泳部」
「へぇ、ちゃんと部活続けててえらいな。俺は帰宅部」

中学のときよりもさらに輪郭が骨っぽくなった翔ちゃんは、だぼっとしたB系ファッションだ。今の彼はこれが好きなのに、私はその服は似合わないよと言ってやりたくなった。

余計なお世話だとわかっているから言わない。だけど、教室で「好き」と言ってもらったあのとき、私が恋をもう少し理解していたら、彼の服装は違っていたのかも。なんて想像してしまったのが、おこがましくて恥ずかしかった。

雪のために電車は遅延して、いつもなら十分程度で着く駅にたどり着くのに二十分かかる予定だとアナウンスされる。

私たちはその間、懐かしさを目に宿しながら世間話に花を咲かせた。

「サヤちゃん、WBC見た?」
「うん、見たで」
「あの最後のピッチャーのさ」

野球の話をする翔ちゃんの楽しそうな横顔には、小学生の頃の面影がある。

「翔ちゃん、今も野球やってるんやろ?」

私の質問に、翔ちゃんはちょっと苦そうに微笑んだ。

「甲子園目指してたんやけどなぁ……普通に負けて。もう、諦めたわ。完全に見る方になった」

触れて欲しくないだろう所を不用意に突いてしまい、みぞおちがぎゅうと痛んだ。ほんの数分、話をしただけなのにこんな顔をさせてしまった。

私はもう彼の今について全く知らないことが、浮き彫りになる。

「ごめん、無神経なこと言うて」

彼はいつもの笑窪を見せてくれる。

「サヤちゃんは悪ないやん。知らんかったんやから」

勝手なのはよくわかっていた。けれど、私が翔ちゃんの気持ちを受け取れなかったときのことを少しほぐしてもらえたような、そんな気になってしまった。立つ瀬がなくてしゅんと俯く。

「気にせんでええよ、それにしても」

中学のときに一度だけ触れた手、さらに筋が浮いて男らしく大きくなった彼の手が私の頭にぽんと乗る。

「サヤちゃんはさあ~いつまでたっても小さいなぁ」

また触りやすい位置にあるといわれるのだろう予想に、私も顔を上げた。

「これでも伸びたのに。翔ちゃんが大きくなり過ぎてずっと小さいままやわ」
「でもサヤちゃんは小さいから、可愛いんやで?」

予想外の褒め言葉に目をぱちくりさせてしまう。つい声が大きくなった。

「え、チャラい!」

翔ちゃんがぶふっと吹き出した。

「え、チャラかった今の?!」
「軽いこと言う大人になって……!」
「ハハッ、それはそうかも。こんなチャラなったら、ずっと真面目なサヤちゃんとはもう全然釣り合わんな」

二人で笑っていたはずなのに、ふっと空気が止まって、彼の本音が降ってきた気がした。そんなことはない、と反射的に言えなかった。話せば、普通に話せるのに、私たちの間には変わってしまった時間がある。

私が降りる駅に到着してしまった。

もう少し話していたい気持ちを引きずりながら立ち上がると、翔ちゃんが軽く手を上げる。

「バイバイ、サヤちゃん」
「うん、バイバイ。翔ちゃん」

私たちは小学生の頃みたいに、手を振り合って、別れる。電車を降りて、翔ちゃんを乗せた電車が出発するまで私はホームにいた。

どんどん離れて、遠ざかって、手が届かなくなる電車を見送る。

切り裂くように冷たい風が吹くホームで、小雪が私の頬に下りた。私の中にまだあった初恋の残り火がふっと燻って、雪に消される。

私はなぜか泣いていて、部活に遅刻してしまった。