モテる後輩が今日も俺だけにケンカを売ってくる



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ケンカを売るようになったきっかけ?
ああ、きっかけかあ。
思い返してみればとても些細なことだった気がする。

暇つぶし程度に参加した『帰宅部会』。
土坂先輩を初めて視界に入れたその日、先輩は空をぽけっと眺めていた。
雲のように掴みどころがない印象。

この人の頭の中をのぞいてみたいな、とふと思った。
思ったが、行動にうつすほど先輩のことを知りたいかと言われれば、まあ別にそんなに。

「よし、お菓子準備できたな、土坂〜、こっち来い。あ、ダメだきこえてないな」

上野という帰宅部会を取り仕切っている男が呆れ顔でため息混じりに言った。
そして近くにいた俺にその顔が向く。

「水馬、悪いけど土坂呼んで」

「え」

「お前のその存在感なら土坂気づくから」

なんだそれ。と眉間に皺を寄せる。
しかし、と頭を働かせる。

それまで俺は土坂先輩に話しかけたことはなかった。
頭の中をのぞいてみたいな、というふとした欲がちょっと満たされるのではないかと思った。

「よろしく」と上野先輩から肩をたたかれ俺は小さな声で「はい」と返事をして、窓の外を眺めている土坂先輩に声をかけた。

「早くこっち来ないと、お菓子無くなりますよ」

小さな声ではなかったので、ちゃんと土坂先輩の耳には届いた。
届いたのだが。
その顔はこちらに向けられたものの、俺とは目が合っていない。

「分かったよ、上野」

はああああ????と顔を歪める。
俺のすぐそばにいた上野先輩の方を見ていた。
上野先輩は、何も気にしていないのか「おうおう」と軽い調子で返事をして、お菓子を漁っている。

こちらに歩いてきた土坂先輩が俺の前を通り過ぎて「お菓子、今日は意外と当たりだなあ」と。はあ?

今、声かけたの俺なんですけど。敬語だったし、上野先輩と声も全然違うし。

きっと、土坂先輩からしたらこの集団の中で誰から声をかけられようと何も興味はないということが分かった。
掴みどころがない、というのは、人からの興味をのらりくらりとかわし、そして、自分も人に興味がないという、そういうこと。

理解はした。だが、全くもって納得はできない。

ゆるい雰囲気をまといながらチョコレートを食べている土坂先輩を睨んでいると、

「っ」

土坂先輩の瞳が不意にこちらに向いた。

「チョコ、いる?」

この人、本当、掴みどころがない。

だが、先ほどまで空を見ていた瞳が俺を見ているこの現状に心の中の空虚が満たされた気がした。

「いらないです」

「あっそう」

この中身の伴っていない会話に意味を持たせてみたい。
この人にとってはただ近くにいた興味のないヤツに声をかけてみた程度だろう。

腹が立つからいつか嫌でも俺の存在を刻みつけてみたいな、なんて。
柄にもなくそんなことを思った。






「おはようございます、土坂先輩」

「懲りないな、お前」

意外にも、先輩の脳内に俺の存在を刻みつけるまでにはそんなに時間は掛からなかったし苦痛でもなかった。むしろ日に日に今日は何を言ってやろうかなどと生意気なことばかり思う。

特定の誰かにこんなにも話しかけたいと思ったのは初めてだった。

俺は、土坂先輩にケンカを売ってどうなりたいのだろうと、そんなことを真剣に考えることはない。それは面倒くさい。

ただ、先輩の視界に入って、認知されて、なんなら他の人より特別にみられて、それが良い意味だろうが悪い意味だろうがどうだっていい。

「昨日もらったハンバーグ、今日弁当に入ってます?」

げんなりした顔で歩き始めた土坂先輩の横に並ぶと、その瞳が文句を存分に宿して俺に向く。

「もらったとかよく言えるよな、強奪だろ」

「強奪!」

と、ケラケラ笑った俺に土坂先輩は軽く鞄をぶつけてくる。はあ、面白い、今日も楽しすぎる。

「今日は入ってないよ」

土坂先輩は、こぼれ落ちた質問を緩やかに拾い上げる。それすらも面白くて。

「じゃあ今日は何を強奪しようかな」

「昼メシを一緒に食べる想定でしゃべるな」

そんなことを言っておきながら、土坂先輩は俺を完全に拒否することはない。そこまでの強い感情すら湧かないのだろう。
靴箱近くまでくると、先輩は足を止めて俺を睨んだ。
「今日は、ついてくるなよ」とスタスタと俺に背を向けて歩き始めた先輩。

俺もスタートダッシュを切る。何やってんだ自分って、何度も思う。
靴を荒々しく脱いでロッカーに投げ込み、上履きを地面に置いた瞬間に足をすりこませる。

足を動かしながら踵を靴におさめる速さは選手権があったら優勝できるレベル。いや、なんだそれ。

「あ、水馬くん、おはよう、今日さ」

「おはよ、じゃあね」

話しかけてきた女子をにこやかな笑みで抜き去った。

そして2年の靴箱までたどり着くと、あいもかわらずマイペースな土坂先輩が上履きのつま先で床を何度かノックしている最中だった。そしてその顔が俺の方に向く。

「うわ、また瞬間移動」

土坂先輩が苦い顔でそう言った。