昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴る。
授業が終わり、足早に鞄を持って立ち上がった。
「今日はどこに逃げるんだよ」
そんな様子を斜め前の席に座っていた上野が苦笑いを浮かべながらそう言う。
「言ったらお前水馬にチクるだろ」
「だってしつこく聞いてくるから」
「今日はどっち方面に行ったかも言うなよ」
「分かった分かった」
と軽い調子で返事をした上野を俺は軽く睨んで鞄を抱えて教室を出る。教室からは遠い方の階段へと向かった。
上の方の階にある購買へと向かう集団と軽くぶつかりながら階段を降りた。
校舎裏の人通りの少ないベンチでゆっくりお弁当を食べようなどと思っていれば、階段を降りた先で誰かとぶつかる。
「っ、すみませ、げっ」
「こんにちは、土坂先輩」
なぜ、水馬。
「いやー、先輩の教室側の階段、今日境界線引かれちゃったんで、じゃあこっち側から登ればいいかなと」
「…最悪、ミスった、こいつ悪知恵だけは働くヤツだった」
「心の声もれてますよ」
「もらしてんだよ!」
と水馬の体を押し除けて歩き始める。
「今日どこでランチですか〜?よかったら一緒にそこら辺のカフェでキッシュでも食べます?」
「OLみたいに誘うな!」
ケラケラと笑いながら俺に着いてくる水馬。こうなってしまえばもう逃げられない。
校舎裏のベンチまで早歩きで向かい、座れば、当然のように隣に腰を下ろした水馬。
鞄の中から弁当を取り出し、蓋を開けようとすれば隣からの視線。ため息をついて水馬の方を見る。
「昼メシは」
「パンあるんで」
そう言ってパンが一個入っている袋を開けた水馬。
いつもこうやって、仕方なく、本当に仕方なく一緒に食べることになるが、やつはいつもパン一個とかおにぎり一個とか。さすが気になる。
「そんなんで足りんの」
「足りますよ」
「そんなんしか食べてないのに身長割とあるよな、水馬」
「おっ」
「なに」
「先輩が珍しく俺に興味をもったってことは、空とか雲見なくても今日はゲリラ豪雨かも」
「雷直撃しとけ」
「ひどいな」と笑いながら一口パンを齧った水馬。ふいっと顔を逸らして箸を握る。
「一年がパン一個でこのあとの時間もつのかよ」
「たかが一歳しか変わんないのに先輩面して、随分偉そうに言いますね」
「ひねくれた受け取り方してんなよ、心配してやってんだろ」
「もちますよ、ご存知の通り帰宅部なんで」
「…あっそう」
玉子焼きを口の中に入れる。俺たち以外誰もいない空間で静かな時間が少し流れた。
「…昔から、感情の動かし方が分かんないんすよね」
隣からそんな声が聞こえて顔を横に向ける。水馬も軽く笑って俺の方を見た。
「ごはんが美味しいとか、何かやってて楽しいとか、そういう欲みたいなのないし、感情に使う労力すらもったいないって思うたちで」
「…水馬」
「憐れむような顔してますけど、土坂先輩の方がやばいっすからね」
「は?」
「…人に興味ないでしょ、先輩」
あるわ、興味。と、即答できなかった。しかし即答ができなかったのは、人に興味があるかないかなんて考えたこともなかったからだ。
目の前でケンカを売っているのは誰だ、と朝からよく分からないことを聞かれたことが脳裏をよぎる。
「水馬にとって俺がそういう風に見えてるんだったらそれでいいよ」
「うわあ、大人ぶりやがって、腹立ってるくせに」
「お前が子どもすぎるんだよ、俺にケンカ売るくらいの余力余ってんなら他のことにもっと時間使えば」
「だからその余力を先輩に使ってるって話です」
「だからそれが無駄だって言ってんの」
「無駄かどうかは俺が決めるんです」
「無駄だよどう考えても、この訳分からん言い合いも無駄」
「その無駄な時間を少しでも活気ある無駄にしてあげてるだけありがたいと思ってください、無駄でも退屈はしないでしょ」
「変な理屈を並べるなよ」
「うるさいなあ、腹減った」
水馬はそう言って俺の弁当と箸を奪い取るとメインであるハンバーグを口の中に入れた。
「ああ!」と声が出る。咀嚼して飲み込んだ水馬が瞳を煌めかせた。
「美味しいっすね、これ」
「数十秒前の自分の発言思い出せ!」
今日も、俺は一日中後輩にケンカを売られている。
誰か、まじで、どうにかしてこいつ。


