寒さに負けない害虫が電灯の灯りに集り、誰も乗っていないのに風で揺れるブランコは、キーキー音を鳴らして耳に響く。
二月の夜の公園は思った以上に寒く、白い息が出ては消えてを繰り返す。
そんな中、まさかバイト終わりに公園に行くなんて思っていなかった僕は、ブレザー姿で防寒具ゼロ。冴島は、ブレザーに厚手のトレンチコートを羽織っており、僕よりは暖かそうだ。あくまでも、僕よりは。
冴島がベンチに座ったので、僕もお弁当を挟んで横に座る。
そのベンチは、昨日のシール交換した場所と同じなのに、全く違う景色に感じる。
「ごめん、寒すぎるね。お弁当、家持って帰る?」
手がかじかんで、箸すら持てそうにない。冴島も、コートのポケットから手を出していないし、ここで食べろと言う方が酷な話だ。
「結城も来る?」
「え?」
「お弁当とセットで、結城も来るなら持って帰る」
「えっと、それはどういう……?」
意味が分からず目をぱちぱちさせながら冴島を見れば、クスリと笑われた。
「なんでもない」
そして、冴島はポケットから手を出し、コートを脱いだ。
「え、寒くないの?」
「寒い」
「じゃあ、どうして」
「結城の方が寒そうだから」
冴島が僕の肩にコートをかけてきた。寒かった体が、ふんわりと暖かくなった。
「いやいやいや、これじゃ、冴島が寒いじゃん」
「俺は良いの」
「風邪引くよ」
「そん時は、看病して」
「看病でもなんでもするけどさ、とにかく冴島が着て」
肩にかかったコートを無理矢理返すと、冴島が悪戯に笑ったのが分かった。
「言ったよ。ちゃんと、看病してよ」
「するけど、コートちゃんと着て」
「やだ」
駄々っ子のように言う冴島は、コートを雑に折りたたんでベンチの端に置いてある鞄の上にポンと乗せた。
「やだって……」
相変わらず、冴島が分からない。
元々謎の多い男ではあったが、関われば関わるほど、謎に満ちていく。
しかし、ここまで冴島に関わった同級生はいないのではないだろうか。一年生の頃や中学時代は知らないが、少なからず二年生になってからは、誰かと関わっている姿は見たことがない。修学旅行でさえ、皆の後ろを半歩下がって歩いていた。
「冴島って、どうして」
話しかけたのは良いものの、いよいよ寒さで口がガクガク震えてきた。
「結城、大丈夫?」
「へ、平気」
「じゃ、なさそうだね。コートは……」
「さ、冴島が着て」
「結城って、頑固だよね」
やれやれと肩をすくめた冴島は、再びコートを手に取って、それを羽織った。
ちゃんとコートを着てくれたことに安堵の息を吐けば、冴島はお弁当の入った袋を向こう側に避け、体を寄せてきた。そして、右手を出した。
「手、見せて」
「……?」
霜焼けで、やや赤くなった左手を出せば、それを冴島が握ってきた。
「どう? あったかい?」
「あったかい……けど」
「けど?」
「けど……」
家族以外と手を繋いだことがない僕は、戸惑いが隠せない。
しかも、相手はあの冴島だ。手を繋いだことが誰かに知られれば、僕はクラス中、いや、学校中の生徒を敵に回すのではないだろうか。
とはいえ、これは僕が寒いからされていることであって。冴島に他意はないはず。他意は……。
そんなことを考えていると、冴島と繋いでいる手がコートのポケットの中にするりと入った。ポケットの中にはカイロが入っているようで、更に手はポカポカだ。手もポカポカだが、顔も熱くてしょうがない。動悸までしてきた。
「あ、あのさ」
とにかく、話を変えよう。そもそも話なんてしていないが、この状況を頭で考えたくない。
「冴島、何かして欲しいこととか……ある?」
「急にどうしたの?」
「さっきのクレーマー、追い払ってくれたから」
「ああ、俺が勝手にしたことだから。良……」
冴島が、僕の方を向いた。それも、真剣な表情で。
「なんでも、聞いてくれるの?」
何か、とんでもないお願いをされそうな予感だ。しかし、冴島には感謝しかない。
「良いよ。僕に出来ることなら」
「じゃあ……」
「うん」
ごくりと唾を飲み込んで、次の言葉を待った。
暫しの沈黙の後、冴島が照れたように視線を逸らした。
「チョコ」
「チョコ?」
「バレンタインに、チョコ欲しい」
「へ? 沢山もらってんじゃん。今年だって沢山……」
「そうじゃなくて、結城から。結城裕樹からのチョコが欲しい」
「それは……」
コートのポケットの中で繋がれている手が、一旦解けた。と思ったら、すぐに繋ぎ直された。
「な、冴島……これは、さすがに」
繋ぎ直された手が、恋人繋ぎなのだ。暖かいを通り越して熱くなってくる。
「これが、俺の気持ち。返事は、チョコで、教えて」
「俺の気持ちって……チョコって……」
それはつまり……そういうことだろうか。
”冴島は、僕のことが好き”
時間差で理解して、頭から火を吹きそうになる。
「ちょ、ちょっと待って。急すぎるんだけど。てか、なんで僕!? 冴島って、あの冴島だよ。天下の冴島だよ」
頭の中は大混乱だ。
「あ、そっか。そうやって揶揄って、何かの罰ゲームか何かでしょ?」
「俺に友達いないの、知ってるよね?」
それを言われると、何も言い返せない。
「でも!」
「それに、急なんかじゃないよ。俺、ずっとアピールしてたし」
「マジ!? いつ!?」
冴島とまともに話をしたのは、昨日が初めてだ。
もしも、僕がアピールされたとするならば、今日の授業中に勉強会に誘われたことくらいしか思い当たらない。
(てか、勉強会の誘いって、そういうことだったんだ……)
それはさて置き、ずっとアピールはされていない。過去を振り返っても、一日一回すれ違いざまに挨拶を交わした程度だ。それ以上でも、それ以下でもない。
「俺が挨拶するのは、結城だけだから」
「え……」
「俺は、結城以外に挨拶してないよ。気付かなかった?」
「気付かなかった……」
確かに、冴島に挨拶する生徒はいるが、冴島の声は聞いたことがないような……あるような。遠くにいたから、聞こえないだけなのかと思っていた。
しかし、挨拶だけで好き好きアピールと言われても……。
「分かりずらいよ。で、でも、なんで、僕?」
「それは……」
そこで、後方から妹の声が聞こえてきた。
「あ、お兄ちゃんだ!」
「え!?」
アパートの二階の窓から、妹がひょこっと顔を覗かせていた。
僕は咄嗟に冴島のポケットから手を出した。自ずと繋いでいた手も離れる。
冴島の顔が曇り、何となく気まずい空気が流れる。
「冴島、ごめッ……」
謝罪しようとしたら、冴島の顔がパッと上がった。
「ま、結城。そういうことだから。明日から、徹底的に落としに行くから、覚悟しといて」
「覚悟って……」
「じゃ、帰ろっか」
冴島は妹に笑顔で小さく手を振ってから、鞄を肩にかけた。僕も急いでそれに倣い、二人で公園を出た。
「じゃ、また」
僕は冴島の顔が見れず、俯き加減に右に曲がれば、冴島が横に付いてきた。
「え、冴島のマンション。反対から行った方が近い……」
「送るって言ったじゃん」
「言ったけど」
冴島の気持ちを知ってしまった僕は、これからどうしたら良いのだろうか。
恋愛は成り行きに任せると決めていた僕だが、まさか相手が学校中の姫or王子様的存在の冴島だとは、思ってもいなかった。
「チョコ、楽しみにしてるね」
「そういえば、それってさ……僕が、何でもお願い叶えるって言ってからされたお願いだよね」
「うん。そうだよ」
「つまり、僕は冴島にチョコをあげるのは確定で……けど、告白の答えはチョコで教えてって」
「気づいちゃった?」
冴島が、ニコッと微笑んだ。
「だからさ、答えはイエスしかないよね」
「うわ、ハメられた」
「なんでもとか言う結城が悪いよ」
「ごもっとも……」
冴島がどうして僕のことを好きなのかは分からないが、バレンタインで僕に初彼が出来ることが決定したかもしれない瞬間だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(※冴島が白鳥高校の掟を破って告白しているように見えますが、これは、あくまでも悟らせただけですので、ギリセーフなラインになります。あしからず……引き続き楽しんで頂けると幸いです)
二月の夜の公園は思った以上に寒く、白い息が出ては消えてを繰り返す。
そんな中、まさかバイト終わりに公園に行くなんて思っていなかった僕は、ブレザー姿で防寒具ゼロ。冴島は、ブレザーに厚手のトレンチコートを羽織っており、僕よりは暖かそうだ。あくまでも、僕よりは。
冴島がベンチに座ったので、僕もお弁当を挟んで横に座る。
そのベンチは、昨日のシール交換した場所と同じなのに、全く違う景色に感じる。
「ごめん、寒すぎるね。お弁当、家持って帰る?」
手がかじかんで、箸すら持てそうにない。冴島も、コートのポケットから手を出していないし、ここで食べろと言う方が酷な話だ。
「結城も来る?」
「え?」
「お弁当とセットで、結城も来るなら持って帰る」
「えっと、それはどういう……?」
意味が分からず目をぱちぱちさせながら冴島を見れば、クスリと笑われた。
「なんでもない」
そして、冴島はポケットから手を出し、コートを脱いだ。
「え、寒くないの?」
「寒い」
「じゃあ、どうして」
「結城の方が寒そうだから」
冴島が僕の肩にコートをかけてきた。寒かった体が、ふんわりと暖かくなった。
「いやいやいや、これじゃ、冴島が寒いじゃん」
「俺は良いの」
「風邪引くよ」
「そん時は、看病して」
「看病でもなんでもするけどさ、とにかく冴島が着て」
肩にかかったコートを無理矢理返すと、冴島が悪戯に笑ったのが分かった。
「言ったよ。ちゃんと、看病してよ」
「するけど、コートちゃんと着て」
「やだ」
駄々っ子のように言う冴島は、コートを雑に折りたたんでベンチの端に置いてある鞄の上にポンと乗せた。
「やだって……」
相変わらず、冴島が分からない。
元々謎の多い男ではあったが、関われば関わるほど、謎に満ちていく。
しかし、ここまで冴島に関わった同級生はいないのではないだろうか。一年生の頃や中学時代は知らないが、少なからず二年生になってからは、誰かと関わっている姿は見たことがない。修学旅行でさえ、皆の後ろを半歩下がって歩いていた。
「冴島って、どうして」
話しかけたのは良いものの、いよいよ寒さで口がガクガク震えてきた。
「結城、大丈夫?」
「へ、平気」
「じゃ、なさそうだね。コートは……」
「さ、冴島が着て」
「結城って、頑固だよね」
やれやれと肩をすくめた冴島は、再びコートを手に取って、それを羽織った。
ちゃんとコートを着てくれたことに安堵の息を吐けば、冴島はお弁当の入った袋を向こう側に避け、体を寄せてきた。そして、右手を出した。
「手、見せて」
「……?」
霜焼けで、やや赤くなった左手を出せば、それを冴島が握ってきた。
「どう? あったかい?」
「あったかい……けど」
「けど?」
「けど……」
家族以外と手を繋いだことがない僕は、戸惑いが隠せない。
しかも、相手はあの冴島だ。手を繋いだことが誰かに知られれば、僕はクラス中、いや、学校中の生徒を敵に回すのではないだろうか。
とはいえ、これは僕が寒いからされていることであって。冴島に他意はないはず。他意は……。
そんなことを考えていると、冴島と繋いでいる手がコートのポケットの中にするりと入った。ポケットの中にはカイロが入っているようで、更に手はポカポカだ。手もポカポカだが、顔も熱くてしょうがない。動悸までしてきた。
「あ、あのさ」
とにかく、話を変えよう。そもそも話なんてしていないが、この状況を頭で考えたくない。
「冴島、何かして欲しいこととか……ある?」
「急にどうしたの?」
「さっきのクレーマー、追い払ってくれたから」
「ああ、俺が勝手にしたことだから。良……」
冴島が、僕の方を向いた。それも、真剣な表情で。
「なんでも、聞いてくれるの?」
何か、とんでもないお願いをされそうな予感だ。しかし、冴島には感謝しかない。
「良いよ。僕に出来ることなら」
「じゃあ……」
「うん」
ごくりと唾を飲み込んで、次の言葉を待った。
暫しの沈黙の後、冴島が照れたように視線を逸らした。
「チョコ」
「チョコ?」
「バレンタインに、チョコ欲しい」
「へ? 沢山もらってんじゃん。今年だって沢山……」
「そうじゃなくて、結城から。結城裕樹からのチョコが欲しい」
「それは……」
コートのポケットの中で繋がれている手が、一旦解けた。と思ったら、すぐに繋ぎ直された。
「な、冴島……これは、さすがに」
繋ぎ直された手が、恋人繋ぎなのだ。暖かいを通り越して熱くなってくる。
「これが、俺の気持ち。返事は、チョコで、教えて」
「俺の気持ちって……チョコって……」
それはつまり……そういうことだろうか。
”冴島は、僕のことが好き”
時間差で理解して、頭から火を吹きそうになる。
「ちょ、ちょっと待って。急すぎるんだけど。てか、なんで僕!? 冴島って、あの冴島だよ。天下の冴島だよ」
頭の中は大混乱だ。
「あ、そっか。そうやって揶揄って、何かの罰ゲームか何かでしょ?」
「俺に友達いないの、知ってるよね?」
それを言われると、何も言い返せない。
「でも!」
「それに、急なんかじゃないよ。俺、ずっとアピールしてたし」
「マジ!? いつ!?」
冴島とまともに話をしたのは、昨日が初めてだ。
もしも、僕がアピールされたとするならば、今日の授業中に勉強会に誘われたことくらいしか思い当たらない。
(てか、勉強会の誘いって、そういうことだったんだ……)
それはさて置き、ずっとアピールはされていない。過去を振り返っても、一日一回すれ違いざまに挨拶を交わした程度だ。それ以上でも、それ以下でもない。
「俺が挨拶するのは、結城だけだから」
「え……」
「俺は、結城以外に挨拶してないよ。気付かなかった?」
「気付かなかった……」
確かに、冴島に挨拶する生徒はいるが、冴島の声は聞いたことがないような……あるような。遠くにいたから、聞こえないだけなのかと思っていた。
しかし、挨拶だけで好き好きアピールと言われても……。
「分かりずらいよ。で、でも、なんで、僕?」
「それは……」
そこで、後方から妹の声が聞こえてきた。
「あ、お兄ちゃんだ!」
「え!?」
アパートの二階の窓から、妹がひょこっと顔を覗かせていた。
僕は咄嗟に冴島のポケットから手を出した。自ずと繋いでいた手も離れる。
冴島の顔が曇り、何となく気まずい空気が流れる。
「冴島、ごめッ……」
謝罪しようとしたら、冴島の顔がパッと上がった。
「ま、結城。そういうことだから。明日から、徹底的に落としに行くから、覚悟しといて」
「覚悟って……」
「じゃ、帰ろっか」
冴島は妹に笑顔で小さく手を振ってから、鞄を肩にかけた。僕も急いでそれに倣い、二人で公園を出た。
「じゃ、また」
僕は冴島の顔が見れず、俯き加減に右に曲がれば、冴島が横に付いてきた。
「え、冴島のマンション。反対から行った方が近い……」
「送るって言ったじゃん」
「言ったけど」
冴島の気持ちを知ってしまった僕は、これからどうしたら良いのだろうか。
恋愛は成り行きに任せると決めていた僕だが、まさか相手が学校中の姫or王子様的存在の冴島だとは、思ってもいなかった。
「チョコ、楽しみにしてるね」
「そういえば、それってさ……僕が、何でもお願い叶えるって言ってからされたお願いだよね」
「うん。そうだよ」
「つまり、僕は冴島にチョコをあげるのは確定で……けど、告白の答えはチョコで教えてって」
「気づいちゃった?」
冴島が、ニコッと微笑んだ。
「だからさ、答えはイエスしかないよね」
「うわ、ハメられた」
「なんでもとか言う結城が悪いよ」
「ごもっとも……」
冴島がどうして僕のことを好きなのかは分からないが、バレンタインで僕に初彼が出来ることが決定したかもしれない瞬間だった。
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(※冴島が白鳥高校の掟を破って告白しているように見えますが、これは、あくまでも悟らせただけですので、ギリセーフなラインになります。あしからず……引き続き楽しんで頂けると幸いです)



