「ありがとうございました」
本日は木曜だからか、十八時という夕食どきでも、客の出入りは少ない。
出入り口に向かってお辞儀をすると、カラン♪と再び入店を知らせるベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
にこやかに接客し、客を席まで案内する。
このバイトも高校一年生の夏からやっているので、もう随分と慣れたものだ。
お冷とおしぼりを置けば、隣の席からクレームが飛んできた。
「おい、兄ちゃん。料理の中に爪楊枝が入ってたんだけど」
しかし、こういった接客は未だ慣れない。
「では、御注文は、そちらのタッチパネルでお願い致します」
目の前の客に一礼し、クレーム対応に向かう。
「お客様、どうなさいましたか?」
「だから、爪楊枝が入ってんだって。この店は、どうやって飯作ってんだ? ああ?」
「そ、そのようなことは、ないはずなのですが……」
「客が言ってんだ。まさか、この俺様が嘘を吐いたって言う気じゃないだろうな」
「い、いえ。そういうわけでは……しかし、厨房で爪楊枝を使うことはなくてですね……」
その強面な顔に萎縮していると、再びカラン♪と入店を知らせる鐘が鳴った。
「いらっしゃいませ」
反射的に声を出せば、怒鳴られた。
「おい! 人の話聞いてんのかよ!」
「き、聞いてます!」
今日はハズレ日だ。
こういった難癖をつけてくる客は、食事がタダになるまで粘る。僕にその権限はないので、店長を呼ぶハメになるのだが、あいにく店長は先程買い出しに行ってしまい、おそらく十八時半にならないと帰ってこない。
もう一人ホール担当のパートのおばちゃんがいるにはいるが、つい先日入って来たばかりの新人だ。クレーム対応は代わってくれないだろう。いや、そんな入って来たばかりの人に、代わってくれなんて言えるはずがない。
僕が店長に代わって買い出しに行くべきだったと、後悔ばかりが押し寄せる。
「この落とし前、どう付けてくれんだ? ああ?」
「申し訳ございません」
一方的に捲し立ててくる客に頭を下げていると、肩をトンッと叩かれた。
「どうしたの?」
「あ、さ、冴島!?」
先程入って来た客は、冴島だったようだ。
その顔を見て、無性に安堵した。しかし、その反面、クレーマーに怒鳴られて情けない自分を見られたことに羞恥を覚える。
「な、なんでもない。ごめん、空いてる席に座ってて」
パートのおばちゃんに接客を頼もうと思うが、あっちはあっちで食事を運んだりと、いっぱいいっぱいなのが見て分かる。
ひとまず、クレーマーには店長が戻ってくるまで待っててもらおう。そう思って再び頭を下げようとしたら、クレーマーの男と向かい合うようにして、冴島が座った。
「え、さ、冴島!?」
「空いてる席に座れって言われたから」
「いや、そうだけど」
それは、空いているとは言わない。
「なんだ? てめぇ」
案の定、冴島が男にガンを飛ばされている。
しかし、冴島はそれに臆することなくメニュー表を取った。
「じゃあ、この期間限定のチョコレートパフェで」
「か、かしこまりました」
一礼はするものの、クレーム対応中の為、その場から離れられない。しかし、デンモクで注文したわけではないので、厨房にメニューを伝えなければ、冴島のパフェは一生作られることはない。
不測の事態に弱い僕に、冴島はニコッと笑いかけてきた。
「チョコレートパフェ、早く持って来て」
「は、はい!」
その笑顔にドキリとした僕は、一礼して一旦厨房へと向かった。
「ちょ、俺様の話が……」
「そんな声を荒げて、いい大人がみっともないですよ」
「な、なんだと?」
「なんですか?」
男と冴島の声を背に、僕は心の中で感謝した。
(冴島、ありがとう! そして、冴島の望みは、何でも叶えるよ!)
そう心に誓った。
――厨房に注文を伝えに言った僕は、時計を見た。
おそらく、店長が戻ってくるのも遅くて残り十五分。それまで時間稼ぎをしよう。
冴島に押し付ける形になってしまったクレーマーの元へ急げば、男は席を立って会計に向かっていた。
「あ、お、お客様!?」
いくら嫌な客でも、店長の許可なく出て行かれたら困る。
「お代を払うか、そうでないのなら、店長が戻ってくるまで」
「ほらよ」
男は、レジの机の上にクシャクシャの千円札を二枚置いた。
「え?」
「早く、会計」
「か、かしこまりました」
どういった風の吹き回しだろうか。
呆気に取られながら、僕は会計を済ませた。
それから、男は「悪かったな」と言って、店外へと出て行った――。
唖然としながら先ほどの席に戻れば、冴島は窓の外を憂いを帯びた表情で眺めていた。
「冴島」
「ああ、パフェ、出来た?」
「ごめん、もうちょっと」
「さっきの客だけど……冴島が、何か言ってくれたの?」
「ん、別に」
多くを語らず人を助ける男、格好良すぎる。
「冴島、ありがとう!」
深く頭を下げれば、冴島はスマホの画面を覗いた。
「今日、何時あがり?」
「二十時、だけど?」
「分かった」
待っててくれる気だろうか? キョトンとしていると、男が完食した食器を冴島が一瞥した。
「あ、ごめん。今、片付けるね」
僕は急いで後片付けをし、仕事に戻った――。
仕事の合間にチョコレートパフェを食べる冴島を覗き見たが、無表情で食べ進める姿がおかしくて、つい笑いそうになってしまった。助けてもらった手前、笑いはしないけれど。
そして、やはり冴島は僕を待ってくれていたよう。二十時前にお会計を済ませ、店の前に立っていた。
「冴島、お金」
パフェのお金を渡そうと財布を出すと、フイッと背を向けた。
「送る」
「送るって言っても、徒歩三分」
「送る」
「あ、ありがとう」
行き場のなくなった財布を一旦鞄に戻し、僕は公園を指差した。
「冴島、せっかくだから、公園寄ってかない?」
「公園?」
「お弁当、食べない?」
僕は、まかないを店で食べず、お弁当に詰めてもらっているのだ。
冴島はパフェしか食べていないし、きっとお腹も空いているはず。そう思って誘ったが、ふと冴島のマンションに目がいった。
「あ、でも、家でご飯準備してくれてるのかな? それなら、やっぱ」
「食べる」
「え、良いの?」
「チョコレートパフェ、甘すぎたし」
「はは、そっか」
僕らは、自然と公園の方へと歩き出した。
本日は木曜だからか、十八時という夕食どきでも、客の出入りは少ない。
出入り口に向かってお辞儀をすると、カラン♪と再び入店を知らせるベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
にこやかに接客し、客を席まで案内する。
このバイトも高校一年生の夏からやっているので、もう随分と慣れたものだ。
お冷とおしぼりを置けば、隣の席からクレームが飛んできた。
「おい、兄ちゃん。料理の中に爪楊枝が入ってたんだけど」
しかし、こういった接客は未だ慣れない。
「では、御注文は、そちらのタッチパネルでお願い致します」
目の前の客に一礼し、クレーム対応に向かう。
「お客様、どうなさいましたか?」
「だから、爪楊枝が入ってんだって。この店は、どうやって飯作ってんだ? ああ?」
「そ、そのようなことは、ないはずなのですが……」
「客が言ってんだ。まさか、この俺様が嘘を吐いたって言う気じゃないだろうな」
「い、いえ。そういうわけでは……しかし、厨房で爪楊枝を使うことはなくてですね……」
その強面な顔に萎縮していると、再びカラン♪と入店を知らせる鐘が鳴った。
「いらっしゃいませ」
反射的に声を出せば、怒鳴られた。
「おい! 人の話聞いてんのかよ!」
「き、聞いてます!」
今日はハズレ日だ。
こういった難癖をつけてくる客は、食事がタダになるまで粘る。僕にその権限はないので、店長を呼ぶハメになるのだが、あいにく店長は先程買い出しに行ってしまい、おそらく十八時半にならないと帰ってこない。
もう一人ホール担当のパートのおばちゃんがいるにはいるが、つい先日入って来たばかりの新人だ。クレーム対応は代わってくれないだろう。いや、そんな入って来たばかりの人に、代わってくれなんて言えるはずがない。
僕が店長に代わって買い出しに行くべきだったと、後悔ばかりが押し寄せる。
「この落とし前、どう付けてくれんだ? ああ?」
「申し訳ございません」
一方的に捲し立ててくる客に頭を下げていると、肩をトンッと叩かれた。
「どうしたの?」
「あ、さ、冴島!?」
先程入って来た客は、冴島だったようだ。
その顔を見て、無性に安堵した。しかし、その反面、クレーマーに怒鳴られて情けない自分を見られたことに羞恥を覚える。
「な、なんでもない。ごめん、空いてる席に座ってて」
パートのおばちゃんに接客を頼もうと思うが、あっちはあっちで食事を運んだりと、いっぱいいっぱいなのが見て分かる。
ひとまず、クレーマーには店長が戻ってくるまで待っててもらおう。そう思って再び頭を下げようとしたら、クレーマーの男と向かい合うようにして、冴島が座った。
「え、さ、冴島!?」
「空いてる席に座れって言われたから」
「いや、そうだけど」
それは、空いているとは言わない。
「なんだ? てめぇ」
案の定、冴島が男にガンを飛ばされている。
しかし、冴島はそれに臆することなくメニュー表を取った。
「じゃあ、この期間限定のチョコレートパフェで」
「か、かしこまりました」
一礼はするものの、クレーム対応中の為、その場から離れられない。しかし、デンモクで注文したわけではないので、厨房にメニューを伝えなければ、冴島のパフェは一生作られることはない。
不測の事態に弱い僕に、冴島はニコッと笑いかけてきた。
「チョコレートパフェ、早く持って来て」
「は、はい!」
その笑顔にドキリとした僕は、一礼して一旦厨房へと向かった。
「ちょ、俺様の話が……」
「そんな声を荒げて、いい大人がみっともないですよ」
「な、なんだと?」
「なんですか?」
男と冴島の声を背に、僕は心の中で感謝した。
(冴島、ありがとう! そして、冴島の望みは、何でも叶えるよ!)
そう心に誓った。
――厨房に注文を伝えに言った僕は、時計を見た。
おそらく、店長が戻ってくるのも遅くて残り十五分。それまで時間稼ぎをしよう。
冴島に押し付ける形になってしまったクレーマーの元へ急げば、男は席を立って会計に向かっていた。
「あ、お、お客様!?」
いくら嫌な客でも、店長の許可なく出て行かれたら困る。
「お代を払うか、そうでないのなら、店長が戻ってくるまで」
「ほらよ」
男は、レジの机の上にクシャクシャの千円札を二枚置いた。
「え?」
「早く、会計」
「か、かしこまりました」
どういった風の吹き回しだろうか。
呆気に取られながら、僕は会計を済ませた。
それから、男は「悪かったな」と言って、店外へと出て行った――。
唖然としながら先ほどの席に戻れば、冴島は窓の外を憂いを帯びた表情で眺めていた。
「冴島」
「ああ、パフェ、出来た?」
「ごめん、もうちょっと」
「さっきの客だけど……冴島が、何か言ってくれたの?」
「ん、別に」
多くを語らず人を助ける男、格好良すぎる。
「冴島、ありがとう!」
深く頭を下げれば、冴島はスマホの画面を覗いた。
「今日、何時あがり?」
「二十時、だけど?」
「分かった」
待っててくれる気だろうか? キョトンとしていると、男が完食した食器を冴島が一瞥した。
「あ、ごめん。今、片付けるね」
僕は急いで後片付けをし、仕事に戻った――。
仕事の合間にチョコレートパフェを食べる冴島を覗き見たが、無表情で食べ進める姿がおかしくて、つい笑いそうになってしまった。助けてもらった手前、笑いはしないけれど。
そして、やはり冴島は僕を待ってくれていたよう。二十時前にお会計を済ませ、店の前に立っていた。
「冴島、お金」
パフェのお金を渡そうと財布を出すと、フイッと背を向けた。
「送る」
「送るって言っても、徒歩三分」
「送る」
「あ、ありがとう」
行き場のなくなった財布を一旦鞄に戻し、僕は公園を指差した。
「冴島、せっかくだから、公園寄ってかない?」
「公園?」
「お弁当、食べない?」
僕は、まかないを店で食べず、お弁当に詰めてもらっているのだ。
冴島はパフェしか食べていないし、きっとお腹も空いているはず。そう思って誘ったが、ふと冴島のマンションに目がいった。
「あ、でも、家でご飯準備してくれてるのかな? それなら、やっぱ」
「食べる」
「え、良いの?」
「チョコレートパフェ、甘すぎたし」
「はは、そっか」
僕らは、自然と公園の方へと歩き出した。



