非常階段を駆け下りた先は、すぐに体育館。
上履きのままだが、今は非常事態に近い。上から次々と下りてくる獣もとい白鳥高校の生徒が追いかけて来ているのだ。許して欲しい。
十数メートルほど砂地を走って体育館に入る。
体育館の中は静寂で、キュッキュッと足音が響く。
息ひとつ切らしていない冴島が、舞台の横にある体育館倉庫を冷徹な瞳で見やった。
「結城、もしかして、そこにアイツ……飯塚がいるの?」
怒りを孕んでいるその口調に、肩が跳ねる。
「そ、そうなんだ。本当は一人で来るように言われてたんだけど……」
体育館倉庫の前に立って後ろを振り返れば、白鳥高校のおよそ八割の生徒が大集合していた。「もう逃げらんねぇぞ」「覚悟しとけよ」などと拳をパキパキと鳴らす彼らは、愛の告白をしに来たのではないのだろうか。悪役にしか見えない。
「こんなに連れて来ちゃって。結城、お仕置き間違いなしだね」
「ちょ、冴島」
「けど、結城は、俺を選んでくれたってことで、良いんだよね?」
ニコリと微笑む冴島に、小さく頷いた。
「だったら、安心して。あんな奴なんかに、指一本触れさせないから」
「もう、冴島。格好良すぎだよ」
「よく言われる」
否定しないところが、さすがイケメンだ。
「冴島柚子! 俺と付き合え!」
僕に注意喚起しに来た柔道部主将が、冴島の後ろからとびかかってきた。抱きつかれる寸前、まるで扉をノックでもするかのように冴島が肩の上に手を上げれば、彼の顔面にそれがクリティカルヒットした。そして、呆気なくその場に倒れた。
「冴島、強ッ」
「護身術、的な? こういうの慣れてるから」
爽やかな笑顔で次々にかかってくる相手に後ろ蹴りを食らわす冴島は、まるで昔好きだったスーパーヒーローのようだ。
「で? なんで俺を選んだのに、結城はノコノコこんな所に来たの?」
「それは……」
体育館倉庫の扉が、キィと音を立てて開いた。そこから出てきた飯塚は、僕と冴島、その後ろで蹲る生徒らを見て、そのまま静かに扉を閉めた。
「ちょ、飯塚!」
僕は冴島と繋いでいた手を解いて、急いで倉庫のドアノブをガチャガチャと捻った。そこに体重をかければ、扉が少しだけ開いた。が、飯塚が中から引っ張っているようで、完全には開かない。
「僕のチョコ、返して!」
「一人で来いって言っただろうが! 何人連れて来てんだよ!」
「勝手に付いて来たんだから、仕方ないじゃん!」
「てか、お前だけは他の奴と違うって思ってたのに、結局お前も冴島かよ!」
「え」
飯塚には言っていないし、さっきの教室の会話も聞いていないはず。何故、僕の気持ちを飯塚が知っているのか。
「もしかして、飯塚。開けたの!? チョコ、開けちゃったの!?」
「あんなすかした奴のどこが良いんだよ。てか、相手してもらえる訳ねーだろ」
「……ちょ、え!?」
突然扉が開いて、前につんのめった。そこへ、飯塚の手が伸びて来た。
「まぁ良いや。入れよ」
そう言って中に引っ張られるのかと覚悟を決めた時、飯塚の手が届くよりも先に、冴島が僕を後ろから抱き止めた。
「結城、絶対に手離しちゃダメって言ったでしょ?」
「ご、ごめん……」
僕も呆気に取られるが、飯塚は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で僕らを見ている。
そして、何故か、うるさかった外野もシンと静まり返った。主人公補正というやつだろうか。もちろん主人公は冴島だ。
そんなどうでも良いことを考えていると、冴島が冷めた目で飯塚に言った。
「もう、これ、俺のなんだけど。手、出さないでもらえる?」
僕は完全に落ちた。既に落ちていたが、『これ、俺のなんだけど』発言に、胸の高鳴りが落ち着きそうにない。
「は? 意味分かんねえし。それに、結城はまだチョコあげてねぇし。告ってないだろ?」
飯塚の言葉に、外野もうんうんと頷いた。
僕も嘘は吐けないので、首を縦に振る。
「これから。だから、チョコ、返して」
「やだ」
ベッと舌を出されてイラッとしたが、僕が言い返す前に、冴島が辟易したように下に落ちている誰かのチョコを拾った。そして、それを渡してきた。
「結城、改めて、俺と付き合って」
「え」
「みんな、チョコにこだわってるから。チョコ渡せば納得するでしょ」
「あー、そっか」
なにも、僕のチョコにこだわる必要もないのか。想いを伝えられたらそれで良い。
「手紙なんて、後で何枚でも書けば良いしね。ブラウニーだって、冴島んちの冷蔵庫に残ってるし」
というわけで、僕は冴島に向き直った。頭を下げて、手を出した。
「僕も、冴島が好きです。僕で良かったら、宜しくお願いします」
刹那、差し出した手を取られ、ふわりと抱きしめられた。冴島の肩越しからチラリと外野の様子を見やれば、頭を抱えて「ギャー」と悲鳴をあげたり、膝を折って項垂れたりしている。それでも納得出来ない先輩らが、こちらに近付いてきたが、そういう輩には、冴島が冷ややかな口調で一言。
「白鳥高校のバレンタインのルール覚えてますよね? てか、世間一般の常識」
人のモノには、手を出さない。つまり、僕のモノである冴島にも手を出さない。それが、ルールだ。
「破ったら、容赦しないんで。飯塚も、分かった?」
「チッ、俺は半年前から狙ってたのに」
「残念。俺は、九年前」
「「は?」」
僕を含め、皆が小さく驚きの声をあげた。
「ま、自覚したのは去年だけど」
いやいやいや、聞きたいのはそこではない。僕と冴島は高校からの仲だ。しかも高二。九年前とは、なんぞや?
疑問は残るが、予鈴がなってしまった。
「じゃ、結城。戻ろっか」
「うん」
冴島が体を離したと思ったら、恋人繋ぎしてきた。さっきは勢いで手を繋いだが、皆がいる前でこれは恥ずかしい。冴島が堂々と歩く横で、僕は俯きながら祝福されない花道を歩いた。
——ちなみに、冴島を狙っていた者の半数以上が標的を冴島から他の者に乗り換え、放課後は大乱闘が繰り広げられたそうだ。飯塚も告られる側になってしまったようで、ノーと返事をした飯塚は……この先は、恐ろしくて口に出来ない。
なにはともあれ、こうして、僕らの男子高校のバレンタインは幕を閉じた。
上履きのままだが、今は非常事態に近い。上から次々と下りてくる獣もとい白鳥高校の生徒が追いかけて来ているのだ。許して欲しい。
十数メートルほど砂地を走って体育館に入る。
体育館の中は静寂で、キュッキュッと足音が響く。
息ひとつ切らしていない冴島が、舞台の横にある体育館倉庫を冷徹な瞳で見やった。
「結城、もしかして、そこにアイツ……飯塚がいるの?」
怒りを孕んでいるその口調に、肩が跳ねる。
「そ、そうなんだ。本当は一人で来るように言われてたんだけど……」
体育館倉庫の前に立って後ろを振り返れば、白鳥高校のおよそ八割の生徒が大集合していた。「もう逃げらんねぇぞ」「覚悟しとけよ」などと拳をパキパキと鳴らす彼らは、愛の告白をしに来たのではないのだろうか。悪役にしか見えない。
「こんなに連れて来ちゃって。結城、お仕置き間違いなしだね」
「ちょ、冴島」
「けど、結城は、俺を選んでくれたってことで、良いんだよね?」
ニコリと微笑む冴島に、小さく頷いた。
「だったら、安心して。あんな奴なんかに、指一本触れさせないから」
「もう、冴島。格好良すぎだよ」
「よく言われる」
否定しないところが、さすがイケメンだ。
「冴島柚子! 俺と付き合え!」
僕に注意喚起しに来た柔道部主将が、冴島の後ろからとびかかってきた。抱きつかれる寸前、まるで扉をノックでもするかのように冴島が肩の上に手を上げれば、彼の顔面にそれがクリティカルヒットした。そして、呆気なくその場に倒れた。
「冴島、強ッ」
「護身術、的な? こういうの慣れてるから」
爽やかな笑顔で次々にかかってくる相手に後ろ蹴りを食らわす冴島は、まるで昔好きだったスーパーヒーローのようだ。
「で? なんで俺を選んだのに、結城はノコノコこんな所に来たの?」
「それは……」
体育館倉庫の扉が、キィと音を立てて開いた。そこから出てきた飯塚は、僕と冴島、その後ろで蹲る生徒らを見て、そのまま静かに扉を閉めた。
「ちょ、飯塚!」
僕は冴島と繋いでいた手を解いて、急いで倉庫のドアノブをガチャガチャと捻った。そこに体重をかければ、扉が少しだけ開いた。が、飯塚が中から引っ張っているようで、完全には開かない。
「僕のチョコ、返して!」
「一人で来いって言っただろうが! 何人連れて来てんだよ!」
「勝手に付いて来たんだから、仕方ないじゃん!」
「てか、お前だけは他の奴と違うって思ってたのに、結局お前も冴島かよ!」
「え」
飯塚には言っていないし、さっきの教室の会話も聞いていないはず。何故、僕の気持ちを飯塚が知っているのか。
「もしかして、飯塚。開けたの!? チョコ、開けちゃったの!?」
「あんなすかした奴のどこが良いんだよ。てか、相手してもらえる訳ねーだろ」
「……ちょ、え!?」
突然扉が開いて、前につんのめった。そこへ、飯塚の手が伸びて来た。
「まぁ良いや。入れよ」
そう言って中に引っ張られるのかと覚悟を決めた時、飯塚の手が届くよりも先に、冴島が僕を後ろから抱き止めた。
「結城、絶対に手離しちゃダメって言ったでしょ?」
「ご、ごめん……」
僕も呆気に取られるが、飯塚は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で僕らを見ている。
そして、何故か、うるさかった外野もシンと静まり返った。主人公補正というやつだろうか。もちろん主人公は冴島だ。
そんなどうでも良いことを考えていると、冴島が冷めた目で飯塚に言った。
「もう、これ、俺のなんだけど。手、出さないでもらえる?」
僕は完全に落ちた。既に落ちていたが、『これ、俺のなんだけど』発言に、胸の高鳴りが落ち着きそうにない。
「は? 意味分かんねえし。それに、結城はまだチョコあげてねぇし。告ってないだろ?」
飯塚の言葉に、外野もうんうんと頷いた。
僕も嘘は吐けないので、首を縦に振る。
「これから。だから、チョコ、返して」
「やだ」
ベッと舌を出されてイラッとしたが、僕が言い返す前に、冴島が辟易したように下に落ちている誰かのチョコを拾った。そして、それを渡してきた。
「結城、改めて、俺と付き合って」
「え」
「みんな、チョコにこだわってるから。チョコ渡せば納得するでしょ」
「あー、そっか」
なにも、僕のチョコにこだわる必要もないのか。想いを伝えられたらそれで良い。
「手紙なんて、後で何枚でも書けば良いしね。ブラウニーだって、冴島んちの冷蔵庫に残ってるし」
というわけで、僕は冴島に向き直った。頭を下げて、手を出した。
「僕も、冴島が好きです。僕で良かったら、宜しくお願いします」
刹那、差し出した手を取られ、ふわりと抱きしめられた。冴島の肩越しからチラリと外野の様子を見やれば、頭を抱えて「ギャー」と悲鳴をあげたり、膝を折って項垂れたりしている。それでも納得出来ない先輩らが、こちらに近付いてきたが、そういう輩には、冴島が冷ややかな口調で一言。
「白鳥高校のバレンタインのルール覚えてますよね? てか、世間一般の常識」
人のモノには、手を出さない。つまり、僕のモノである冴島にも手を出さない。それが、ルールだ。
「破ったら、容赦しないんで。飯塚も、分かった?」
「チッ、俺は半年前から狙ってたのに」
「残念。俺は、九年前」
「「は?」」
僕を含め、皆が小さく驚きの声をあげた。
「ま、自覚したのは去年だけど」
いやいやいや、聞きたいのはそこではない。僕と冴島は高校からの仲だ。しかも高二。九年前とは、なんぞや?
疑問は残るが、予鈴がなってしまった。
「じゃ、結城。戻ろっか」
「うん」
冴島が体を離したと思ったら、恋人繋ぎしてきた。さっきは勢いで手を繋いだが、皆がいる前でこれは恥ずかしい。冴島が堂々と歩く横で、僕は俯きながら祝福されない花道を歩いた。
——ちなみに、冴島を狙っていた者の半数以上が標的を冴島から他の者に乗り換え、放課後は大乱闘が繰り広げられたそうだ。飯塚も告られる側になってしまったようで、ノーと返事をした飯塚は……この先は、恐ろしくて口に出来ない。
なにはともあれ、こうして、僕らの男子高校のバレンタインは幕を閉じた。



