男子校のバレンタインは、戦場です。

 そして、いよいよ昼休憩。
 チャイムと同時に、飯塚がニヤリと笑いながら目線を寄越した。
 僕は、意を決して席を立った。
「結城、今日は弁当?」
「あ、うん。田中は?」
 飯塚の元に行く前に、田中に邪魔されてしまった。
 田中は、コンビニで買ったおにぎりを二つ、僕の机の上に置いた。
「俺は、おにぎり。じゃ、今日はここで食べようぜ」 
「それだけで足りるの?」
 いつもは特大サイズの二段弁当だったり、食堂でも大盛を注文している田中。おにぎり二個で満たされるのだろうか。体調でも悪いのかと思っていると、田中は冴島の後頭部をチラリと見た。
「いつでも出られるようにしとかなきゃだろ」
「あー、なるほど」
 田中は、冴島が廊下に出た途端に追いかけてチョコを渡しに行くようだ。今朝、受け取ってもらえなかったから。
 ちなみに、四時限目までは、冴島は一度も廊下に出ていない。そろそろトイレにも行きたくなるだろうし、昼休憩を狙う輩は多いはず。現に、廊下には既に他クラスや先輩後輩らが押し寄せている。
「てか、結城。先輩ら、大丈夫だったか?」
「あー、うん。めっちゃ怒られた」
 朝のホームルーム前に冴島と会話したことで、僕は一限目が終わったと同時に柔道部の主将に呼び出されてしまったのだ。ただ、今回は冴島から話しかけたこともあり、注意喚起だけで終わった。
 そして、廊下で怒られたので冴島も聞いていたのだろう。教室に戻れば、辟易したようにルーズリーフをちぎってから、手紙を書いてくれた。そこには『ごめん、教室では話しかけないようにする』と書かれていた。手紙のやり取りも禁止になっているので、それに対する返事をすることなく、僕らは、あのままになっている。
「僕、ちょっと用事あるからさ、先食べててよ」
「用事って? あ、まさか……」
 何かを悟ったように、田中は含み笑いした。
「もしかして、結城も、とうとうそっちに目覚めたか? 誰に告るんだよ」
「はは、そういうんじゃないって。ちょっと呼ばれてて」
「呼ばれてる……って、もしかして」
 田中は宙に四角を描いてから「手紙の奴?」と聞いてきたので、僕は苦笑を浮かべながら冴島の方を見た。めっちゃ見られていた。
「ち、違うって。先生に呼ばれてるだけ」
「なんだ。それなら隠すことないだろ? 告る相手が先生なら別だけど」
「それは無いって。と、とにかく行ってくるから」
 椅子を直してからその場を立ち去ろうとすれば、立ち上がった冴島に腕を掴まれた。
「結城、待って」
 教室中、いや廊下中、どよめいている。
「ごめん。俺から声はかけないつもりだったんだけど、行かせるわけにはいかないから」
「冴島、教室内では……」
「先輩らに言われた変なルールはもう良いからさ。結城の答えが、今知りたい」
 切羽詰まったようなその顔を見ると、僕もすぐに言いたい。好きだと。
 冴島は、僕がチョコを渡さないから不安なのだろう。ここで渡してしまえば、その不安も払拭できる。同時に、僕らは恋人同士。周りも諦めてくれて、無事にバレンタインが終了する。しかし、そのチョコがないのだ。渡す予定のチョコが手元にない。
 チョコを渡さずに告白しても良いなら別だが、今日はバレンタイン。チョコを渡して告白する日なのだ。チョコなしでバレンタインと言えようか。いや、言えない。
「結城。やっぱ、俺じゃダメ?」
「ダメじゃない。けど……」
「ダメじゃないなら、今すぐ、チョコちょうだい」
 その場にいる何人かは、今の状況を察したようだ。「え? まさか、冴島って……?」「は? ありえねぇ」みたいな声が聞こえる。反対に、田中のように鈍い男は「何の話してんだ?」と首を傾げている。
 とはいえ、外野はどうでも良い。僕は、素直に冴島に言った。
「チョコは、あげる。あげるけど、ちょっと待って」
「なんで? 今すぐ頂戴。それとも、アイツの方が良かった? アイツに……告られたんでしょ?」
 冴島の不安は最高潮かもしれない。僕の腕を掴んでいる手が震えている。こんなに余裕のない冴島を見たのは初めてだ。この不安を早く払拭させてあげなければ。
「冴島、僕の答えは決まってるから。来て!」
「来てってことは……」
 冴島の手が緩んだ瞬間、僕は一旦腕を引っ込めてから、その手を取った。
「バレンタインの日は、冴島から離れないって約束だったでしょ。冴島が守ってくんなかった結果がこれなんだから、責任取ってよ」
 責任転嫁にも程があるのは、重々承知だ。それに、冴島が僕を一人にさせてしまったのも不本意だ。本意ではない。
「冴島。今度は、手、絶対に離さないでよ」
「もちろん」
 冴島が手を握り返してきた。
「結城、目的地は?」
「体育館倉庫」
「オッケー。じゃあ、行くよ」
 僕らは、教室の外にいる血走った獣たちを見た。沢山の雄叫びが聞こえてくる。
「冴島をあんな奴に渡してたまるか!」
「互いにチョコはあげてねぇし、まだワンチャンある!」
「冴島先輩に相応しいのは、この僕です!」
 サファリパークの危険エリアを徒歩で行くようなものだが、ここを通らなければチョコに辿り着けない。
「よーい」
 冴島の声と共に、姿勢をやや低くする。
「どん!」
 刹那、僕は思い切り横に引っ張られた。
「え!?」
「結城、裏から行くよ!」
 冴島は窓を勢いよくガラガラッと開け、その向こうにある人一人が通れる幅の避難用の通路に出た。僕もそれに続く。
「もう、冴島。裏から行くなら、先に言ってよ」
「言ったら、不意打ち出来ないじゃん」
「なるほど」
 僕も不意を打たれたが、冴島を狙う彼らもまた、暫く目が点になっていた。今は皆、我に返って追いかけてきているが……。
 しかし、裏を使ったのは正解だ。体育館に近いことももちろんあるが、幅が狭いため、追ってくる者も皆一列だ。
 ただ、それも最初だけ。案の定、先回りする者が現れた。
「冴島、俺と!」
「僕と!」
「いや、俺様と付き合え!」
 他クラスの窓が次々と開いた。
「結城、挟み撃ちにされる前に、一気に行くよ!」
「うん!」
 手を繋いだままなので、若干カニ歩き状態ではあるが、僕らは、端にある非常階段まで急いだ。