いよいよ、白鳥高校のバレンタインが始まった。
僕もバス停でバスを待ちながら鞄の中身を確認し、心の中で「よし」と意気込んだ。刹那、トンと背中を冴島に叩かれた。
「結城、おはよ」
「お、おはよ」
列の前の方に並んでいたが、自然と冴島と共に最後尾に並び直した。
昨日も夕方まで一緒にいたというのに、今日は会った瞬間から心臓がバクバクする。平常を装う為、世間話から入ることにした。チョコは、人がいない時にしよう。
「て、天気良いね」
「寒いけどね。はい、これ」
冴島がコートのポケットから、カイロを取り出した。僕はそれを受け取り、両手でモミモミした。
「あったか」
「結城は、いつもコート着ないよね。マフラーとか手袋もしないし、風邪引くよ」
「大丈……」
大丈夫と言いかけて、先日風邪で寝込んだ時のことを思い出す。
「はは、学校は暖房ついてるからさ」
「道中寒いじゃん。ま、風邪引いた時の結城は可愛いから。いつでも看病しに行くよ」
「あ、ありがとう」
バスが到着し、列が少しずつ短くなっていく。
歩きながら冴島にカイロを返し、ICカードを準備する。それをカードリーダーにタッチし、バスに乗り込む。続いて、冴島は整理券を取った。
本日も変わらずバスの中はいっぱいで、優先座席の前に二人並んで吊り革を持った。
緊張していることもあり、僕らは会話することなく、流れる景色をぼんやりと眺めた。
バスに揺られること十五分。目的地に到着した。
バスから降りた僕は、早速人気のないところでチョコを渡そうと、後ろにいる冴島に声をかけた。
「冴島、話があるんだけど」
「…………」
既に学校モードに突入してしまった冴島は、今日は返事すらしてくれないのだろうかと、後ろを振り返った瞬間のこと。
学校の門やら、電柱の陰、木の裏や上など、あらゆるところから視線を感じた。
「結城、走れる?」
「あ、うん」
「よーい」
冴島に手を取られた。
今日は、普通の繋ぎ方だ。そう思ったのも束の間――。
「どん!」
冴島の掛け声と同時に、僕らは校門に向かって駆け出した。そして、視線の感じた先から、次々と獣の群れもとい白鳥高校の学生が飛び出してきた。
「え、何々!?」
状況に付いていけない僕は、全速力で走る冴島に付いて行くので精一杯だ。
「冴島、今年こそ、チョコを受け取ってくれ!」
「冴島、好きだ!」
「冴島、一生幸せにしてやる!」
周りから聞こえてくる野太い声の数々。さすがの僕も理解した。
「もしかして、これ全部、冴島を狙ってんの!?」
大きな声で叫ぶように聞けば、冴島はうんざりしたように応えた。
「これだけじゃないから。校舎の中にも隠れてる」
「マジで?」
去年は冴島とクラスも違ったし、僕には関係のない行事だと、呑気に図書室で試験勉強をしていた記憶がある。まさか、外はこんなカオスなことになっていたなんて……。
飛んでくるチョコの包みをかわし、飛びかかってくる大柄な先輩後輩達を避けながら、ようやく靴箱に着いた僕と冴島。すぐさま上靴に履き替えようと、僕はいつものように靴を脱ぎ、靴箱を開ける。しかし、冴島は躊躇ったように開けない。
「冴島、早くしないと追いつかれちゃうよ!」
僕は準備万端で、その場で駆け足をする。
獣の群れはすぐそこまで来ており、僕だけ切迫した気分だが、冴島はゆっくりと深呼吸した。そして、それを開ければ――。
「うっわ、漫画みたい」
どうやって入れたのか、そのスペースに入りきらない程のチョコがバサバサバサッと、雪崩の如く落ちて来た。しかも、靴箱の裏から、新たな追手達が出現した。
「冴島君! 僕の気持ちを受け取ってくれ!」
「付き合ってほしい!」
「僕と結婚を前提にお付き合いして下さい!」
その中には、田中の姿もあった。
モテるのも大変だと、逃げるのも忘れて感心していると、冴島がやっとのことで上靴を発掘したようだ。それに履き替え、彼らを冷ややかな目で一瞥した。
一瞬、その場が凍った気がした。
それは気のせいではなかったのか、校舎の外からスーパーの激安セールに来たおばちゃん達のように入ってくる獣の群れにも同じ視線を向けると、時が止まったように静止した。
冴島は、何事もなかったように廊下を歩き始めた。呆気に取られながらも、僕もすぐに追いかける。が、その場にいた全員も我に返ったように追いかけて来た。
「結城、教室までダッシュで行くよ」
「うん!」
冴島と再び手を繋ごうと手を伸ばせば、誰かに後ろから引っ張られた。手を繋ぐことは許されず、僕らはロミジュリの如く離れ離れになってしまった。
「結城!」
「冴島、僕に構わず、逃げて!」
狙いは全て冴島で、僕は蚊帳の外に追いやられただけだ。とにかく、冴島を安全な場所へ。
四方八方から伸びる手が、冴島の腕や足に絡みつく。無理矢理キスをしようと顔を近付けるものもおり、冴島は不快感を全面に出しながら舌打ちした。
冴島は、そこある顔面に頭突きを食らわし、足に絡みついてくる者には思い切り蹴りを食らわした。
「結城、教室で待ってて」
それだけ言い残し、冴島は東側の階段から上に駆け上がった。
誰もいなくなった廊下に、散らばったチョコの入った箱と僕だけが取り残された。
「冴島、おでこ大丈夫かな。てか、これ、チョコ渡すタイミング……あるのかな」
家に帰ってからなら確実に渡せるが、何せ家に押しかけるのは厳禁になっている。これまた律儀に守る必要もないが、バレた時が恐ろしい。過去にバレて血祭りにあげられた者もいるとかいないとか。
人目も憚らずバスの中で渡せば良かったと、後悔が押し寄せる。
とはいえ、僕は冴島と同じクラスで、且つ席が近い。
「ま、どうにかなるか」
チョコの入った箱を一つ拾い、それを端に置いた。次々とその上に重ねてもまだ、箱は落ちている。
意味もなくタワーを作っていると、チラホラと生徒が靴箱にやってきた。僕と同様、バレンタインとは無縁の見た目をした者らだ。そんな中、彼らに紛れ、一人だけ陽キャ男子が混じっていた。
「あ、結城。おは」
「お、おはよ」
僕に唯一チョコを渡すと書いたであろう人物。飯塚隼人。警戒しろと言われていたのに、早速出会してしまった。
「結城、ちょっと良い?」
「あ、うん。何?」
上靴に履き替えた飯塚は、「こっち」と、付いてくるよう目で合図してきた。いきなり断るのも不自然で、僕は素直に後ろを付いて歩いた。
僕もバス停でバスを待ちながら鞄の中身を確認し、心の中で「よし」と意気込んだ。刹那、トンと背中を冴島に叩かれた。
「結城、おはよ」
「お、おはよ」
列の前の方に並んでいたが、自然と冴島と共に最後尾に並び直した。
昨日も夕方まで一緒にいたというのに、今日は会った瞬間から心臓がバクバクする。平常を装う為、世間話から入ることにした。チョコは、人がいない時にしよう。
「て、天気良いね」
「寒いけどね。はい、これ」
冴島がコートのポケットから、カイロを取り出した。僕はそれを受け取り、両手でモミモミした。
「あったか」
「結城は、いつもコート着ないよね。マフラーとか手袋もしないし、風邪引くよ」
「大丈……」
大丈夫と言いかけて、先日風邪で寝込んだ時のことを思い出す。
「はは、学校は暖房ついてるからさ」
「道中寒いじゃん。ま、風邪引いた時の結城は可愛いから。いつでも看病しに行くよ」
「あ、ありがとう」
バスが到着し、列が少しずつ短くなっていく。
歩きながら冴島にカイロを返し、ICカードを準備する。それをカードリーダーにタッチし、バスに乗り込む。続いて、冴島は整理券を取った。
本日も変わらずバスの中はいっぱいで、優先座席の前に二人並んで吊り革を持った。
緊張していることもあり、僕らは会話することなく、流れる景色をぼんやりと眺めた。
バスに揺られること十五分。目的地に到着した。
バスから降りた僕は、早速人気のないところでチョコを渡そうと、後ろにいる冴島に声をかけた。
「冴島、話があるんだけど」
「…………」
既に学校モードに突入してしまった冴島は、今日は返事すらしてくれないのだろうかと、後ろを振り返った瞬間のこと。
学校の門やら、電柱の陰、木の裏や上など、あらゆるところから視線を感じた。
「結城、走れる?」
「あ、うん」
「よーい」
冴島に手を取られた。
今日は、普通の繋ぎ方だ。そう思ったのも束の間――。
「どん!」
冴島の掛け声と同時に、僕らは校門に向かって駆け出した。そして、視線の感じた先から、次々と獣の群れもとい白鳥高校の学生が飛び出してきた。
「え、何々!?」
状況に付いていけない僕は、全速力で走る冴島に付いて行くので精一杯だ。
「冴島、今年こそ、チョコを受け取ってくれ!」
「冴島、好きだ!」
「冴島、一生幸せにしてやる!」
周りから聞こえてくる野太い声の数々。さすがの僕も理解した。
「もしかして、これ全部、冴島を狙ってんの!?」
大きな声で叫ぶように聞けば、冴島はうんざりしたように応えた。
「これだけじゃないから。校舎の中にも隠れてる」
「マジで?」
去年は冴島とクラスも違ったし、僕には関係のない行事だと、呑気に図書室で試験勉強をしていた記憶がある。まさか、外はこんなカオスなことになっていたなんて……。
飛んでくるチョコの包みをかわし、飛びかかってくる大柄な先輩後輩達を避けながら、ようやく靴箱に着いた僕と冴島。すぐさま上靴に履き替えようと、僕はいつものように靴を脱ぎ、靴箱を開ける。しかし、冴島は躊躇ったように開けない。
「冴島、早くしないと追いつかれちゃうよ!」
僕は準備万端で、その場で駆け足をする。
獣の群れはすぐそこまで来ており、僕だけ切迫した気分だが、冴島はゆっくりと深呼吸した。そして、それを開ければ――。
「うっわ、漫画みたい」
どうやって入れたのか、そのスペースに入りきらない程のチョコがバサバサバサッと、雪崩の如く落ちて来た。しかも、靴箱の裏から、新たな追手達が出現した。
「冴島君! 僕の気持ちを受け取ってくれ!」
「付き合ってほしい!」
「僕と結婚を前提にお付き合いして下さい!」
その中には、田中の姿もあった。
モテるのも大変だと、逃げるのも忘れて感心していると、冴島がやっとのことで上靴を発掘したようだ。それに履き替え、彼らを冷ややかな目で一瞥した。
一瞬、その場が凍った気がした。
それは気のせいではなかったのか、校舎の外からスーパーの激安セールに来たおばちゃん達のように入ってくる獣の群れにも同じ視線を向けると、時が止まったように静止した。
冴島は、何事もなかったように廊下を歩き始めた。呆気に取られながらも、僕もすぐに追いかける。が、その場にいた全員も我に返ったように追いかけて来た。
「結城、教室までダッシュで行くよ」
「うん!」
冴島と再び手を繋ごうと手を伸ばせば、誰かに後ろから引っ張られた。手を繋ぐことは許されず、僕らはロミジュリの如く離れ離れになってしまった。
「結城!」
「冴島、僕に構わず、逃げて!」
狙いは全て冴島で、僕は蚊帳の外に追いやられただけだ。とにかく、冴島を安全な場所へ。
四方八方から伸びる手が、冴島の腕や足に絡みつく。無理矢理キスをしようと顔を近付けるものもおり、冴島は不快感を全面に出しながら舌打ちした。
冴島は、そこある顔面に頭突きを食らわし、足に絡みついてくる者には思い切り蹴りを食らわした。
「結城、教室で待ってて」
それだけ言い残し、冴島は東側の階段から上に駆け上がった。
誰もいなくなった廊下に、散らばったチョコの入った箱と僕だけが取り残された。
「冴島、おでこ大丈夫かな。てか、これ、チョコ渡すタイミング……あるのかな」
家に帰ってからなら確実に渡せるが、何せ家に押しかけるのは厳禁になっている。これまた律儀に守る必要もないが、バレた時が恐ろしい。過去にバレて血祭りにあげられた者もいるとかいないとか。
人目も憚らずバスの中で渡せば良かったと、後悔が押し寄せる。
とはいえ、僕は冴島と同じクラスで、且つ席が近い。
「ま、どうにかなるか」
チョコの入った箱を一つ拾い、それを端に置いた。次々とその上に重ねてもまだ、箱は落ちている。
意味もなくタワーを作っていると、チラホラと生徒が靴箱にやってきた。僕と同様、バレンタインとは無縁の見た目をした者らだ。そんな中、彼らに紛れ、一人だけ陽キャ男子が混じっていた。
「あ、結城。おは」
「お、おはよ」
僕に唯一チョコを渡すと書いたであろう人物。飯塚隼人。警戒しろと言われていたのに、早速出会してしまった。
「結城、ちょっと良い?」
「あ、うん。何?」
上靴に履き替えた飯塚は、「こっち」と、付いてくるよう目で合図してきた。いきなり断るのも不自然で、僕は素直に後ろを付いて歩いた。



