私立白鳥男子高校には、誰が決めたのか、恋愛に対し掟が存在する。
一、告白出来るのは、文化祭とバレンタインのみ。
二、隠れて付き合ってはならない。
三、付き合った者は、一年間は何があろうと別れることが出来ない。
四、他人のモノに、決して手出ししてはならない。
ただし、これらは、白鳥高校の生徒間に限り有効である。
家にまで押しかけるのはNGなど、細かい設定については後々説明していくが、年に二回しか告白出来ない彼らは、獣と化す。
このお話は、そんな獣たちから逃げ切り、バレンタインに愛を掴み取る二人の男子高校生の物語である。
◇◇◇◇
「お兄ちゃん、シール買って、シール」
「しょうがないなぁ」
僕のブレザーの裾をクイクイと引っ張る小学一年生の妹結奈の頭を撫で、パンダのプニプニシールをレジに持っていく。
「税込み四百七十三円になります」
「はぁ……」
今月も、バイト代の三分の一が妹のシールに消えた気がする。
最近では百均にもシールは豊富に揃っているのに、妹は、どうしても値段のする立体的なプニプニシールが欲しいとねだる。平たいシールも可愛いのは沢山あるのに、凹凸がないものは人気が薄く、誰も交換してくれないのだとか。
嬉しそうにキラキラした瞳でシールを受け取る可愛い妹を見ていると、値段が少々高くても買ってしまうのが僕の悪いところ。母親にも、妹に甘すぎると叱られることがしばしば。
「お兄ちゃん、ありがとう! 宝物にするね!」
「どういたしまして」
妹と共に雑貨店を出てから、家の近くの公園に向かった――。
夕方十六時半ということもあり、公園内は、まだ子供たちの声でにぎわっていた。
「結奈の友達いる?」
「えっとねぇ……あ、みっちゃんいた!」
小学校の友人を見つけた妹は、僕にうさぎのリュックを預けてきた。
「お兄ちゃん、さっきのシール、シール帳に貼っといて!」
「ちょ、それは自分で」
「お願いね!」
「ッたく、大事なんだか、そうじゃないんだか」
やれやれとベンチに座って、うさぎのリュックからシール帳と先程買ったシールを取り出した。空いたスペースに一枚ずつ丁寧に貼っていると、シール帳に陰がさした。視界には、僕と同じ白鳥高校の制服が入り込む。
「へぇ、これが今流行りのシール帳かぁ」
顔を上げれば、同じ二年三組のクラスメイト冴島柚子がいた。
冴島とは、十ヶ月程クラスメイトをしているが、挨拶程度の仲だ。それ以上話したことはない。というより、中世的な顔立ちをした綺麗な冴島は、無口であまり誰とも話さない。
お高くとまっていると嫉妬をする男子もいるが、大半の男子は、その謎めいたところが良いと陰ながら噂している。しかも、我が白鳥高校は男子校。女子がいないからか、男子に走る者は多い。故に、冴島を恋人にしたいという輩は多い。僕は……僕のようなモブは、誰からも相手にされないだろうから、恋愛に関しては成り行きに任せることにしている。
そんな冴島が公園で話しかけてきて、僕は戸惑いが隠せない。
「えっと……結城裕樹です」
戸惑い過ぎて、自己紹介なんてしてしまった。
「うん。知ってる」
「だよね……」
苦笑していると、冴島が隣に座って脚を組んだ。それから、彼は特に何か喋るわけでもなく、どこか遠くを眺めた。
僕から喋ることもないので、シールをシール帳にせっせと貼りながら、早く十七時を知らせるチャイムが鳴らないだろうかと願った。
残り一枚のシールを台紙から剥がしていると、妹が戻ってきた。
「お兄ちゃん、ちょっと、シール交換してくる」
「あ、うん。けど、ちょっと待っ」
妹は、僕の言うことも聞かず、シール帳を持って行ってしまった。手には、行き場の無くなったパンダのシールが一枚。何気なく冴島の方を見ると、バッチリと目が合った。
「あー、シール、いる?」
僕は、何を言っているのか。男子高校生がシールなんて欲しいわけがない。
「なんてね」
「じゃあ、もらおうかな」
「え!?」
冴島が、鞄から古典のノートを取り出した。自然とシールの受け渡しをしてから、冴島はノートの名前の横にシールを貼った。
「見て、地味なノートが、一気に可愛くなった」
無表情の冴島は、顔の横にノートを持っていき、自慢するように見せてきた。
「そ、そうだね」
苦笑で返せば、冴島は何かを思い出したようにノートを鞄の中に収めてから、その中を更に漁った。
「冴島……?」
「確か、ここに……あった」
冴島は、何やらペラペラの紙のようなものを取り出した。
よく見ると、それは、九割ほど使われた後の名前シール。冴島柚子と書かれたシールが、残り三枚、下の方に残っていた。
「冴島って、名前シール使ってるんだ?」
「子供みたいだよね」
「そんなことは……」
「けど、一つひとつ書くのめんどい時、楽なんだよ」
「まぁ、そうだよね」
相槌を打っていると、冴島は、その一枚を取って「はい」と差し出してきた。
「えーっと……」
「シール交換」
「いやぁ」
いらない。とも言えず、それを受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ただ、受け取ったのは良いものの、どうしたら良いのだろうか。
困った僕は、とりあえず片手で鞄の中を漁った。テキトーに取り出したノートは、冴島同様に古典のノートだった。
とはいえ、冴島のように僕の名前の横に貼るとややこしいことになる。ノートを落としてしまった場合、冴島の元に返ってしまう可能性がある。僕は一枚捲った表紙の裏に、それを貼った。
「シール交換、俺、初めてやった」
「僕も」
シール交換自体をしたことはないが、こんな特殊なシール交換は初めてだ。誰にも自慢できそうにない。いや、学校中の王子or姫的存在の彼とのシール交換は、逆に自慢出来るか。
「結城の家って、近いの?」
「あー、うん。そこのアパートの二階」
公園から見えるアパートの一室を指させば、冴島は「へぇ」と興味のなさそうな返事をした。
「冴島の家は?」
「その隣」
「え!? まさか、お隣さん!?」
どんな運命だろうかと思っていると、冴島の指は、アパートとは少し違う方向を指していた。その先には、高層マンションがあった。
「あそこの十五階」
「え、マジ!?」
「マジ」
「超金持ちじゃん!」
「親がね」
そう言われると、それ以上何も言えない。
暫しの沈黙が流れ、夕焼け小焼けの音楽が町内会のスピーカーから聞こえてきた。十七時になったようだ。
「お兄ちゃん! 帰ろう!」
妹が手を振ってきたので、僕は鞄に古典のノートを入れてから立ち上がった。
「じゃ、冴島。僕は帰るね」
「うん。また明日」
「また明日」
冴島に見送られながら、僕は妹と共に公園を出た――。
一、告白出来るのは、文化祭とバレンタインのみ。
二、隠れて付き合ってはならない。
三、付き合った者は、一年間は何があろうと別れることが出来ない。
四、他人のモノに、決して手出ししてはならない。
ただし、これらは、白鳥高校の生徒間に限り有効である。
家にまで押しかけるのはNGなど、細かい設定については後々説明していくが、年に二回しか告白出来ない彼らは、獣と化す。
このお話は、そんな獣たちから逃げ切り、バレンタインに愛を掴み取る二人の男子高校生の物語である。
◇◇◇◇
「お兄ちゃん、シール買って、シール」
「しょうがないなぁ」
僕のブレザーの裾をクイクイと引っ張る小学一年生の妹結奈の頭を撫で、パンダのプニプニシールをレジに持っていく。
「税込み四百七十三円になります」
「はぁ……」
今月も、バイト代の三分の一が妹のシールに消えた気がする。
最近では百均にもシールは豊富に揃っているのに、妹は、どうしても値段のする立体的なプニプニシールが欲しいとねだる。平たいシールも可愛いのは沢山あるのに、凹凸がないものは人気が薄く、誰も交換してくれないのだとか。
嬉しそうにキラキラした瞳でシールを受け取る可愛い妹を見ていると、値段が少々高くても買ってしまうのが僕の悪いところ。母親にも、妹に甘すぎると叱られることがしばしば。
「お兄ちゃん、ありがとう! 宝物にするね!」
「どういたしまして」
妹と共に雑貨店を出てから、家の近くの公園に向かった――。
夕方十六時半ということもあり、公園内は、まだ子供たちの声でにぎわっていた。
「結奈の友達いる?」
「えっとねぇ……あ、みっちゃんいた!」
小学校の友人を見つけた妹は、僕にうさぎのリュックを預けてきた。
「お兄ちゃん、さっきのシール、シール帳に貼っといて!」
「ちょ、それは自分で」
「お願いね!」
「ッたく、大事なんだか、そうじゃないんだか」
やれやれとベンチに座って、うさぎのリュックからシール帳と先程買ったシールを取り出した。空いたスペースに一枚ずつ丁寧に貼っていると、シール帳に陰がさした。視界には、僕と同じ白鳥高校の制服が入り込む。
「へぇ、これが今流行りのシール帳かぁ」
顔を上げれば、同じ二年三組のクラスメイト冴島柚子がいた。
冴島とは、十ヶ月程クラスメイトをしているが、挨拶程度の仲だ。それ以上話したことはない。というより、中世的な顔立ちをした綺麗な冴島は、無口であまり誰とも話さない。
お高くとまっていると嫉妬をする男子もいるが、大半の男子は、その謎めいたところが良いと陰ながら噂している。しかも、我が白鳥高校は男子校。女子がいないからか、男子に走る者は多い。故に、冴島を恋人にしたいという輩は多い。僕は……僕のようなモブは、誰からも相手にされないだろうから、恋愛に関しては成り行きに任せることにしている。
そんな冴島が公園で話しかけてきて、僕は戸惑いが隠せない。
「えっと……結城裕樹です」
戸惑い過ぎて、自己紹介なんてしてしまった。
「うん。知ってる」
「だよね……」
苦笑していると、冴島が隣に座って脚を組んだ。それから、彼は特に何か喋るわけでもなく、どこか遠くを眺めた。
僕から喋ることもないので、シールをシール帳にせっせと貼りながら、早く十七時を知らせるチャイムが鳴らないだろうかと願った。
残り一枚のシールを台紙から剥がしていると、妹が戻ってきた。
「お兄ちゃん、ちょっと、シール交換してくる」
「あ、うん。けど、ちょっと待っ」
妹は、僕の言うことも聞かず、シール帳を持って行ってしまった。手には、行き場の無くなったパンダのシールが一枚。何気なく冴島の方を見ると、バッチリと目が合った。
「あー、シール、いる?」
僕は、何を言っているのか。男子高校生がシールなんて欲しいわけがない。
「なんてね」
「じゃあ、もらおうかな」
「え!?」
冴島が、鞄から古典のノートを取り出した。自然とシールの受け渡しをしてから、冴島はノートの名前の横にシールを貼った。
「見て、地味なノートが、一気に可愛くなった」
無表情の冴島は、顔の横にノートを持っていき、自慢するように見せてきた。
「そ、そうだね」
苦笑で返せば、冴島は何かを思い出したようにノートを鞄の中に収めてから、その中を更に漁った。
「冴島……?」
「確か、ここに……あった」
冴島は、何やらペラペラの紙のようなものを取り出した。
よく見ると、それは、九割ほど使われた後の名前シール。冴島柚子と書かれたシールが、残り三枚、下の方に残っていた。
「冴島って、名前シール使ってるんだ?」
「子供みたいだよね」
「そんなことは……」
「けど、一つひとつ書くのめんどい時、楽なんだよ」
「まぁ、そうだよね」
相槌を打っていると、冴島は、その一枚を取って「はい」と差し出してきた。
「えーっと……」
「シール交換」
「いやぁ」
いらない。とも言えず、それを受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ただ、受け取ったのは良いものの、どうしたら良いのだろうか。
困った僕は、とりあえず片手で鞄の中を漁った。テキトーに取り出したノートは、冴島同様に古典のノートだった。
とはいえ、冴島のように僕の名前の横に貼るとややこしいことになる。ノートを落としてしまった場合、冴島の元に返ってしまう可能性がある。僕は一枚捲った表紙の裏に、それを貼った。
「シール交換、俺、初めてやった」
「僕も」
シール交換自体をしたことはないが、こんな特殊なシール交換は初めてだ。誰にも自慢できそうにない。いや、学校中の王子or姫的存在の彼とのシール交換は、逆に自慢出来るか。
「結城の家って、近いの?」
「あー、うん。そこのアパートの二階」
公園から見えるアパートの一室を指させば、冴島は「へぇ」と興味のなさそうな返事をした。
「冴島の家は?」
「その隣」
「え!? まさか、お隣さん!?」
どんな運命だろうかと思っていると、冴島の指は、アパートとは少し違う方向を指していた。その先には、高層マンションがあった。
「あそこの十五階」
「え、マジ!?」
「マジ」
「超金持ちじゃん!」
「親がね」
そう言われると、それ以上何も言えない。
暫しの沈黙が流れ、夕焼け小焼けの音楽が町内会のスピーカーから聞こえてきた。十七時になったようだ。
「お兄ちゃん! 帰ろう!」
妹が手を振ってきたので、僕は鞄に古典のノートを入れてから立ち上がった。
「じゃ、冴島。僕は帰るね」
「うん。また明日」
「また明日」
冴島に見送られながら、僕は妹と共に公園を出た――。



