余計なこと言わないでって釘刺してたのに。
「八朔の母です。帰るといつも百くんの話するのよ、会えて嬉しいです」
「僕も嬉しいです!小暮さんのご家族の皆様、お世話になります!」
「モモ、普通でいいから…。ハチって呼ばれてる」
「あらあらチビちゃんと同じなの、私もハナちゃんって呼んで欲しいわぁ」
「ハチさん、ハナちゃん似だから可愛いんですね!」
「あらやだ嬉しい、ね、ヤッちゃん」
「ねえそういうのやめて」
モモはテンションぶち上がってるし、母さん喜ぶし困る。
「昼、車で済ましたから。行こうモモ」
「おにぎりごちそうさまでした!がんばります!」
「大変だけどよろしくね。ヤッちゃんのお部屋にお布団運んでおいたから、あとでシーツ取りに来てね」
「え、客間は?」
「化粧箱で埋まっちゃったの〜」
外堀が埋まってく、ってこんな感じ。
少しだけ見上げたモモは、物凄く、ラスボスみたいな顔してるし。
「とりあえず荷物置きにいこ」
「廊下で徒競走できそう…」
「そんなない」
The・農家みたいな古い平屋の一軒家。
モモが走ったら床が抜けるわ。
「ここが部屋」
「ふすま…?音が丸聞こえってこと…?」
「そうだよ変な気起こすなよ」
「…それは誘ってるでいいです?」
「え、なんでそう捉えるの?」
本当に調子狂う。
「広い…畳…」
「そっち縁あるけど、隣の部屋と繋がってるから鍵開けんなよ」
「縁ってなに!?え、すごいこれ冒険できるやつ…!?」
「あと15年若ければ楽しかったのになぁ、可哀想に。開けるなよ?父親が帳簿つけてる部屋だ」
「ああ、はい…」
少しだけ嘘ついた。ほぼ倉庫だ。
書斎とか、そんな大したものではないけど、たまーにいるから、まあ…。
多少抑止力にはなるかな。
「今日何すればいいんですか?」
「とりあえず摘蕾かな…。あと長靴、29センチしかないけどいい?」
勝手口に用意しておいた、艶々の長靴。
スニーカーだと目も当てられない状態になってしまうから。
「…これは誰のお下がりか聞いていいやつですか?」
「たぶんダメなやつ、そこから外出ていいよ」
「家族ぐるみ!ずるい!履くけど!」
「じゃあ今後は頻繁に来てよ、モモが」
適当にあしらってみたら、思いの外静かになってしまった。
片手で口元隠して、でも耳赤いの、見えてる。
余裕なのか初心なのか分かんねーんだよ…。
「緩い?」
「たぶん大丈夫です…すっごい、甘い匂いする…」
「これ全部みかん」
「果てしないみかん…思ったより低いんですね」
「剪定してるからな。一回やるから見てて」
モモを手招きして、枝を撫でる。
何で横からじゃなくて肩越しに見てくるんだよって言おうかと思ったけど、もう一々反応すると身が保たない。
「この直花は落として、有葉花を残したいんだよ、指先で弾けば落ちるから」
「枝から直に出てる花ってことですか?」
「そう、花と蕾どっちも」
少し水分を含んで、ふかふかとした土に落ちていく、花と蕾。
「やってみて、指先汚れるけど洗えば落ちるから、たぶん」
「え、待って、見てるだけなら分かるけど、これ難しい…」
「慣れるから大丈夫。因みにコレはたぶん一つ300円くらいする実になるから落とすなよ」
「プレッシャー!」
モモの大きな手のひらが、艶々の濃緑の茂みへと差し込まれる。
慎重に、壊さない様に触れる指先。
優しさとか、慈しみとか、そんな言葉が頭に思い浮かぶ。
「できてるじゃん、オレ隣でやるから頑張って」
「ムリムリ、もう少し一緒にいて!」
「じゃあこの木だけな」
これは?これは?
って聞いてくるモモ。
オレの事をハチ呼びする、甥っ子のチビと同じ。
「できてるよ」
「頭使い過ぎてIQ低下する…」
「暑いからなぁ。タオル巻いてやろうか?」
「…俺デコ出すの恥ずかしいんで、首に掛けといて下さい…」
そう言われると見たいんだけど。
なんて、モモみたいなこと思ってるわ。
「スマホで写真撮って見比べる!」
「邪魔じゃね?」
「下手したら俺の時給以上の損害が出てしまうんで…」
「脅し過ぎたわ、ごめん」
「いえ、せっかく着蕾したのだから、実になってもらいたいし」
ああ、そうなんだよ。
モモは、こういう奴なんだよ。
スマホ片手に一生懸命で、可愛いんだよ。
「終わったら下がる、結構な斜面だから気をつけてな」
「置いてかれる!?」
「これ終わったら手伝うから」
むせ返るような花の匂い。
もう慣れ過ぎて分からないけれど、モモにとってはどんな匂いなのだろうか。
「脱ぎたい…」
「トゲあるからやめとけ」
パラパラと、硬い音を立てて落ちてゆく、ビーズのような蕾。
「これ勿体ないですね。香料とかにならないのかな」
「みかんはなぁ…柚子とかは試みがあるらしいけど」
踏みしめると、小さな音と共に香りが立つ。
「痛…」
小さな声に思わず枝を掻き分けると、反対側にいたモモと目が合う。
「だから脱ぐなって言ったろ…」
熱気で朱く頬を染め、汗で張り付いた前髪を気にするように整える指先。
短く整えられた直線的な眉、その直下の、オレを射抜きながら細められる大きな瞳。
下唇を少しだけ噛み締めるように、はにかむように笑うモモ。
「俺の血を吸ったこの木は、特級の木になれますかね」
「そんな有機肥料いらねんだよ…」
棘に割かれた靭やかな皮膚が、薄っすらと赤い筋を主張する。
その背景に横たわる水平線が霞む程に、鮮やかだった。
「八朔の母です。帰るといつも百くんの話するのよ、会えて嬉しいです」
「僕も嬉しいです!小暮さんのご家族の皆様、お世話になります!」
「モモ、普通でいいから…。ハチって呼ばれてる」
「あらあらチビちゃんと同じなの、私もハナちゃんって呼んで欲しいわぁ」
「ハチさん、ハナちゃん似だから可愛いんですね!」
「あらやだ嬉しい、ね、ヤッちゃん」
「ねえそういうのやめて」
モモはテンションぶち上がってるし、母さん喜ぶし困る。
「昼、車で済ましたから。行こうモモ」
「おにぎりごちそうさまでした!がんばります!」
「大変だけどよろしくね。ヤッちゃんのお部屋にお布団運んでおいたから、あとでシーツ取りに来てね」
「え、客間は?」
「化粧箱で埋まっちゃったの〜」
外堀が埋まってく、ってこんな感じ。
少しだけ見上げたモモは、物凄く、ラスボスみたいな顔してるし。
「とりあえず荷物置きにいこ」
「廊下で徒競走できそう…」
「そんなない」
The・農家みたいな古い平屋の一軒家。
モモが走ったら床が抜けるわ。
「ここが部屋」
「ふすま…?音が丸聞こえってこと…?」
「そうだよ変な気起こすなよ」
「…それは誘ってるでいいです?」
「え、なんでそう捉えるの?」
本当に調子狂う。
「広い…畳…」
「そっち縁あるけど、隣の部屋と繋がってるから鍵開けんなよ」
「縁ってなに!?え、すごいこれ冒険できるやつ…!?」
「あと15年若ければ楽しかったのになぁ、可哀想に。開けるなよ?父親が帳簿つけてる部屋だ」
「ああ、はい…」
少しだけ嘘ついた。ほぼ倉庫だ。
書斎とか、そんな大したものではないけど、たまーにいるから、まあ…。
多少抑止力にはなるかな。
「今日何すればいいんですか?」
「とりあえず摘蕾かな…。あと長靴、29センチしかないけどいい?」
勝手口に用意しておいた、艶々の長靴。
スニーカーだと目も当てられない状態になってしまうから。
「…これは誰のお下がりか聞いていいやつですか?」
「たぶんダメなやつ、そこから外出ていいよ」
「家族ぐるみ!ずるい!履くけど!」
「じゃあ今後は頻繁に来てよ、モモが」
適当にあしらってみたら、思いの外静かになってしまった。
片手で口元隠して、でも耳赤いの、見えてる。
余裕なのか初心なのか分かんねーんだよ…。
「緩い?」
「たぶん大丈夫です…すっごい、甘い匂いする…」
「これ全部みかん」
「果てしないみかん…思ったより低いんですね」
「剪定してるからな。一回やるから見てて」
モモを手招きして、枝を撫でる。
何で横からじゃなくて肩越しに見てくるんだよって言おうかと思ったけど、もう一々反応すると身が保たない。
「この直花は落として、有葉花を残したいんだよ、指先で弾けば落ちるから」
「枝から直に出てる花ってことですか?」
「そう、花と蕾どっちも」
少し水分を含んで、ふかふかとした土に落ちていく、花と蕾。
「やってみて、指先汚れるけど洗えば落ちるから、たぶん」
「え、待って、見てるだけなら分かるけど、これ難しい…」
「慣れるから大丈夫。因みにコレはたぶん一つ300円くらいする実になるから落とすなよ」
「プレッシャー!」
モモの大きな手のひらが、艶々の濃緑の茂みへと差し込まれる。
慎重に、壊さない様に触れる指先。
優しさとか、慈しみとか、そんな言葉が頭に思い浮かぶ。
「できてるじゃん、オレ隣でやるから頑張って」
「ムリムリ、もう少し一緒にいて!」
「じゃあこの木だけな」
これは?これは?
って聞いてくるモモ。
オレの事をハチ呼びする、甥っ子のチビと同じ。
「できてるよ」
「頭使い過ぎてIQ低下する…」
「暑いからなぁ。タオル巻いてやろうか?」
「…俺デコ出すの恥ずかしいんで、首に掛けといて下さい…」
そう言われると見たいんだけど。
なんて、モモみたいなこと思ってるわ。
「スマホで写真撮って見比べる!」
「邪魔じゃね?」
「下手したら俺の時給以上の損害が出てしまうんで…」
「脅し過ぎたわ、ごめん」
「いえ、せっかく着蕾したのだから、実になってもらいたいし」
ああ、そうなんだよ。
モモは、こういう奴なんだよ。
スマホ片手に一生懸命で、可愛いんだよ。
「終わったら下がる、結構な斜面だから気をつけてな」
「置いてかれる!?」
「これ終わったら手伝うから」
むせ返るような花の匂い。
もう慣れ過ぎて分からないけれど、モモにとってはどんな匂いなのだろうか。
「脱ぎたい…」
「トゲあるからやめとけ」
パラパラと、硬い音を立てて落ちてゆく、ビーズのような蕾。
「これ勿体ないですね。香料とかにならないのかな」
「みかんはなぁ…柚子とかは試みがあるらしいけど」
踏みしめると、小さな音と共に香りが立つ。
「痛…」
小さな声に思わず枝を掻き分けると、反対側にいたモモと目が合う。
「だから脱ぐなって言ったろ…」
熱気で朱く頬を染め、汗で張り付いた前髪を気にするように整える指先。
短く整えられた直線的な眉、その直下の、オレを射抜きながら細められる大きな瞳。
下唇を少しだけ噛み締めるように、はにかむように笑うモモ。
「俺の血を吸ったこの木は、特級の木になれますかね」
「そんな有機肥料いらねんだよ…」
棘に割かれた靭やかな皮膚が、薄っすらと赤い筋を主張する。
その背景に横たわる水平線が霞む程に、鮮やかだった。
