復学してこんなにスムーズにいくとは、正直思ってなかったし。
モモが居たから、毎朝、自然に学校に足が向かっている、それは確か。
カミングアウトした翌日だって、モモは普通だった。
普通…いや普通じゃないかも。
なんてずっと考えていて、あっという間にGW後半、モモのバイトが始まる日。
日和ったオレは元に戻すことを条件に、荷台のコンテナを全部降ろした軽トラでモモを迎えに来た。
「バイクは?」
っていうジト目に気付かないふりして。
「昨日雨だったから滑るかなって…」
「初めて乗せてもらった日も雨上がりでしたよ」
うん、よく覚えてるな。
なんか言っても墓穴掘るだけだから、話を逸らす。
「なんか聴く?そこに繋げられるけど」
「この小さいスピーカー?」
「EV車だから消費電力抑えるためにステレオないんだよ、ラジオとシートヒーターはある」
「削ぎ落としてて潔い…」
そう、こういう会話だけしていたい。
「ご両親にご挨拶したいんだけど」
「息子さんをくださいって?残念、仕事で不在です」
「お預かりします、だよ…あれ?労力は下さいで、あってる?」
…最近好意があからさまなんだよ。
やっぱりオレが気を持たせた?
「じゃあ行くけど、着いたら一報してな」
「うわ、めっちゃエンジン静か…」
エンジン車特有の回転数が上がることもなく、滑るように走り出す。
「意外とうるさい」
「軽トラは内装なんてほぼないから」
極限まで削ぎ落しているのは設備だけではなくて、車体そのものも。
剥き出しの鉄板は車外の音をダイレクトに伝えてくる。
「課題持ってきた?」
「持ってます、ほぼ終わりました」
「最高。夜見せて」
「等価交換ならいいですよ、なにが欲しい?」
「数学しか終わってねーよ、がっつり写す予定だから文系手付かずなんだけど!」
等価交換とか言うけどさ。
「どうせオレの数学写したりとかしないだろ」
「まあそうですね」
「オレが差し出せる物ないじゃん」
GWで賑わう、一本しかない国道。
信号のだいぶ手前で停車する。
「じゃあ身売りしてもらおうかな…」
「は!?」
思わず助手席を見る。
涼しい顔したモモはこちらを見ることもしない。
新学期の、ホームルーム。
一度もこちらを見なかったあの横顔と、同じ。
「古文、現文、英語、政経はレポートですね…。いくつ欲しいですか?」
ただ違うのは、その形の良い口角が悪戯に上がっている事。
「…全部。けど待って、オレなにさせられるの?」
長い睫毛に縁取られた眼球の、艶々した部分が、見つめている信号の赤色を反射させている。
その色が緑色になり、慌てて佇まいを直す。
「古文と引き換えに…このグローブがここにある理由でも教えてもらおうかな」
グローブボックス上の収納、ハッと気付いて息を呑む。
父親愛用のそれ。
「アーク溶接用のやつですよね…最初の持ち主はまた、櫻井さん、ですね」
「オレの父親が使ってるグローブだけど…革だし、丈夫だし…?農機具触るときもコンテナ積み下ろしするときも使ってるけど…」
「櫻井さん、とはお付き合いしていた、でいいですか?」
「え、古文でそこまで強請んの?」
「現文」
「そうだよ元彼だよ…ほんとやだ…」
のろのろとしか進まない道。
身体が触れるのを意識しすぎて車にしたけど、もしかしてバイクならこんな会話しなくて済んだ?
いや、この調子だと多分連泊中のどっかでぶっ込んできたな…。
「分かりました、ありがとうございます」
「終わり?」
「ハチさんを抉る事が目的ではないので」
「結構抉ってきたけどな?」
「…動揺してます?素数でも数えます?」
「それはオレの入眠儀式なのでここでやったらまずいね…」
あと英訳と政経残ってんだけどどうしよ。
なんてのが一番最初に思い浮かべる事なので、きっと動揺してるわ。
だめだ、一旦停車しないと。
ちょうどコンビニあるし。
これ以上余計な事言ったら本当やばい。
「ちょっと休憩しよ…。そんで、あのさモモ」
「何ですか?」
「オレ確かに彼氏居たことあるけどさ…別に誰でもいいわけじゃないんだよ、そうだろ?」
「ええ、もちろん」
「だからもし気を持たせてたら悪いな…って」
後方確認して、ちらりとモモを盗み見る。
さっきまでの涼しい顔はどこいった?
「なに、その顔…」
「ハチさん俺の顔だめですか?櫻井さんみたいな癒し熊系じゃないとダメ…!?」
「いやだめとかじゃなくて…なんでアイツの顔知ってんの?」
「あの人5年の時に俺1年です、しかもHP載ったままです」
「ああ…」
いやそういうんじゃなくて。
「顔じゃなくていろいろあんだろ…」
「顔さえクリアすれば6割クリアですよね?」
「そのビジュ優勝者の圧倒的強者感!」
「自分の容姿を理解してないと搾取されるだけなんですよ」
ああ、うん、そうね。
あの学校生活知ってたら納得しかないわ。
「オレたちまだ知り合って1ヶ月弱だし…バグだぞ」
「 登校日16日×(8時間 +放課後2時間)と、
休日タンデム練習とその後の予習3日で約10時間。トータル約170時間です」
「…うん?」
「これ、普通の大学生が週1回のデート(3時間)で換算すると、約1年以上かけて築く信頼関係と同じ密度なんですよ…」
怖いんだけど。
「加えて今日から二泊三日の約48時間も計上されます」
「…睡眠中も含むの?」
「え、ハチさんのお部屋で同じ空気吸うって言ってたじゃないですか?」
墓穴掘りまくりだな!
デート16日分ってこと?4ヶ月分の信頼関係を築くってこと?
「喉渇いてます?それよりグミ欲しい?俺買ってきますよ」
「いやいいよ、一緒いくわ…」
あれ、これまた時間共有しちゃうじゃん。
「あと、因みにですが」
シートベルトを外しながらモモがにっこり笑う。
まだなんかあんの?
「付き合ってから2年以内に結婚する男女が多いそうですよ」
