FRESH(注:煩悩及び執着含む)


やらかした、マジで。
彼氏いた、って絶対あのタイミングで言う事じゃなかった。
経験あるよって、…誘ってるみたいじゃん!

意を決したようなあの真剣な表情。
多分ずっと考えていたんだろうなって、その心の内を話して貰えて嬉しいなって、そんな、保護欲みたいな?

復学してこんなにスムーズにいくとは、正直思ってなかったし。
モモが居たから、毎朝、自然に学校に足が向かっている、それは確か。

だからこそ不安を拭ってあげたいというか、安心させたいというか。
モモだけじゃないって伝えたかったというか…。

オレもそうだよ、って言えばよかった?…いや、それもなんか違う。

本当に詰んでる。
でも貴重な働き手をオレの気まずい、という感情だけでみすみす逃す訳にもいかない。
…それに、来てくれるの楽しみにしてなかった訳では、ないし。

なんてずっと考えていて、日和った俺は元に戻すことを条件に、荷台のコンテナを全部降ろした軽トラでモモを迎えに来た。

「バイクは?」

っていうジト目に気付かないふりして。

「昨日雨だったから滑るかなって…」
「初めて乗せてもらった日も雨上がりでしたよ」

うん、よく覚えてるな。
なんか言っても墓穴掘るだけだから、話を逸らす。

「なんか聴く?そこに繋げられるけど」
「この小さいスピーカー?」
「EV車だから消費電力抑えるためにステレオないんだよ、ラジオとシートヒーターはある」
「削ぎ落としてて潔い…」

そう、こういう会話だけしていたい。

「ご両親にご挨拶したいんだけど」
「息子さんをくださいって?残念、仕事で不在です」
「お預かりします、だよ…あれ?労力は下さいで、あってる?」

…最近好意があからさまなんだよ。
やっぱりオレが気を持たせたから?

「じゃあ行くけど、着いたら一報してな」
「うわ、めっちゃエンジン静か…」

エンジン車特有の回転数が上がることもなく、滑るように走り出す。

「え、意外とうるさい?」
「軽トラは内装なんてほぼないから」

極限まで削ぎ落しているのは設備だけではなくて、車体そのものも。
剥き出しの鉄板は車外の音をダイレクトに伝えてくる。

「…課題持った?」
「持ってます、ほぼ終わりました」
「最高、夜見せて」
「等価交換ならいいですよ、なにが欲しい?」
「数学しか終わってねーよ、がっつり写す予定だから文系手付かずなんだけど!」

等価交換とか言って、写す気は更々ないの知ってる。
数字はオレの得意分野だけど、モモが欲しいのはあくまでも助言。
律儀な奴。

GWで賑わう、一本しかない国道。
信号のだいぶ手前で停車する。

「じゃあ身売りしてもらおうかな…」
「は!?」

思わず助手席を見る。
涼しい顔したモモはこちらを見ることもしない。

新学期の、ホームルーム。
一度もこちらを見なかったあの横顔と、同じ。

「古文、現文、英語、政経はレポートですけど…。いくつ欲しいですか?」

ただ違うのは、その形の良い口角が悪戯に上がっている事。

「…全部。けど待って、オレなにさせられるの?」

長い睫毛に縁取られた眼球の、艶々した部分が、見つめている信号の赤色を反射させている。
その色が緑色になり、慌てて佇まいを直す。

「古文と引き換えに…このグローブがここにある理由でも教えてもらおうかな」

グローブボックス上の収納、ハッと気付いて呼吸がしにくくなる。
父親愛用のそれ。

「アーク溶接用のやつですよね…最初の持ち主はまた、櫻井さん、ですね」
「オレの父親が使ってるグローブだけど…革だし、丈夫だし…?農機具触るときもコンテナ積み下ろしするときも使ってるけど…」
「櫻井さん、とはお付き合いしていた、でいいですか?」
「え、古文でそこまで強請んの?」
「現文」
「そうだよ元彼だよ…ほんとやだ…」

のろのろとしか進まない道。
これ身体が触れるの意識しすぎて車にしたけど、もしかしてバイクならこんな会話しなくて済んだ?
いや、この調子だと多分連泊中のどっかでぶっ込んできたな…。

「分かりました、ありがとうございます」
「終わり?」
「ハチさんを抉る事が目的ではないので」
「結構抉ってきたけどな?」
「…動揺してます?素数でも数えます?」
「それはオレの入眠儀式なのでここでやったらまずいね…」

あと英訳と政経残ってんだけどどうしよ。
なんてのが一番最初に思い浮かべる事なので、きっと動揺してるわ。

だめだ、一旦停車しないと。
ちょうどコンビニあるし。
これ以上余計な事言ったら本当やばい。

「ちょっと休憩しよ…。そんで、あのさモモ」
「何ですか?」
「オレ確かに彼氏居たことあるけどさ…別に誰でもいいわけじゃないんだよ、そうだろ?」
「ええ、もちろん」
「だからもし気を持たせてたら悪いな…って」

後方確認して、ちらりとモモを盗み見る。
さっきまでの涼しい顔はどこいった?

「なにその顔…」
「ハチさん俺の顔だめですか?櫻井さんみたいな癒し熊系じゃないとダメ…!?」
「いやだめとかじゃなくて…なんでアイツの顔知ってんの?」
「5年の時に俺1年です、しかもHP載ったままです」
「ああ…」

いやそういうんじゃなくて。

「顔じゃなくていろいろあんだろ…」
「顔さえクリアすれば6割クリアですよね?」
「そのビジュ優勝者の圧倒的強者感!」
「自分の容姿を理解してないと搾取されるだけなんですよ」

ああ、うん、そうね。
その学校生活知ってたら納得しかないわ。

「オレたちまだ知り合って1ヶ月弱だし…バグだぞ」
「 登校日16日×(8時間 +放課後2時間)と、
休日タンデム練習とその後の予習3日で約10時間。トータル約170時間です」
「…うん?」
「これ、普通の大学生が週1回のデート(3時間)で換算すると、約1年以上かけて築く信頼関係と同じ密度なんですよ…」

怖いんだけど。

「加えて今日から二泊三日の約48時間も計上されます」
「…睡眠中も含むの?」
「え、ハチさんのお部屋で同じ空気吸うって言ってたじゃないですか?」

墓穴掘りまくりだな!
デート16日分ってこと?4ヶ月分の信頼関係を築くってこと?

「ハチさん喉渇いてます?それよりグミ欲しい?俺買ってきますよ」
「いやいいよ、一緒いくわ…」

あれ、これまた時間共有しちゃうじゃん。

「あと、因みにですが」

シートベルトを外しながらモモがにっこり笑う。
まだなんかあんの?

「付き合ってから2年以内に結婚する男女が多いそうですよ」