FRESH(注:煩悩及び執着含む)

「ハチさんちゃんと見てカゴ入れてます?これどう考えてもリュックはいらないです、圧縮してるやつ選んでください」
「うん、気合いで入れて」
「質量って知ってます?中学で習うんですけど…」

もこもこのクッションが棚に戻され、圧縮された味気ないビニールを渡される。

「これ洗濯機いける?」
「丸洗いできます、ネット入れる必要あるけど」
「ネットないから買う、それ3つ持って帰る」
「正気ですか?容量ギリギリですよ?」
「じゃあ2つ」

…来週しよ。とか言ってしまった。

澄ました顔で買い物してるモモは、贔屓目でも格好良い部類だと思う。
なんでオレなんだよ…っていう自問自答は散々したので割愛する。

「他に何買うんですか?」
「これ、モモ用のタオルとか。ピンクでいいよな、目立つし」
「せめて寒色系…」
「ウチのタオルと混在するから却下」

顔や腕は幾らか日焼けはしたものの、桃色が似合う程度には白いままの肌。
さっきまで色々致してたから赤い目尻。
スッと伸びた顎下から鎖骨までのラインは、どんな放物線よりも綺麗だと思う。

「あと食器」
「ハチさんあんまり食器増やさない方がいいと思います」
「ウチの実家のお下がりだぞ、いいの?」
「一人暮らしにしては多すぎる量が既にありますよね…いいです」
「んじゃせめて箸だけ買ってこ、木は放置するとカビそうだから樹脂かな…」
「これからの季節放置は本当にダメですよ」

そんな男がオレに狂ってるの。
付き合ってもないのに同棲ごっこまでしてる。

「バグだわ」
「梅雨が?」
「オレ達だろ」
「今更ですね、狂わせてるのはハチさんですよ…ホムセンにもスキン売ってるんですかね」
「あるよ、見てく?」
「そうやって急に大人な立ち振る舞いするんだから…見ます」

こんなオレが大人。
確かにあと数ヶ月で酒も煙草も合法になるけれど。

「オレが大人になったらモモがウチに泊まるのは色々とヤバいってことだな?」
「俺の保護者から了承得てれば何ら問題はありません」
「了承得て、その、するの?罪悪感やばくない?」
「…ここでそんな話するのダメですよ、そう思うなら19歳のうちにたくさん泊めてください」
「いや今でも泊まるときはちゃんと了承得てね?」

モモの長い指先が迷わず白い箱を掴み取り、2個、3個…とカゴに放り込まれる。

「それは分かってますけど…ハチさん誰かの家に泊まったことないんですか?」
「小学生以来ないよ。寮生活だったから。週末も届け出を出さなきゃ実家すら帰れなかったし…」
「…彼氏いましたよね?」

好きな人の一人暮らしの家に入り込む特別感。
自分の専用が増えていく幸福感。

「それは今話していいやつ?」

過去をなぞるようだけど、これ以外の喜ばせ方が分からない。

「やめておきます…」

少し奥まった場所の商品陳列棚。
隣にしゃがみ込みながら、ついさっきまでモモがカゴに入れた箱を棚に戻す。

「モモこれがいいの?オレ今日こんな買えるほど持ち合わせないよ」
「いいとかは良く分かんないですけど、バイト代あるので俺が買います」
「なら家でネットで買おう、色々必要だし」

モモの手にしているソレもついでに戻してしまう。

「因みにこのジェルはあんまり良くない」
「…ハチさんが俺の筆箱に仕返ししてきたやつと同じメーカーですよ?」
「よく覚えてるな、レジ行こう」
「実家戻って俺がどんな情けない思いしたか知ってます…?」

あの日の夜、寝落ちたモモの筆箱に仕込んだ、試供品の一包。

「反応なかったからその気はないかと思ってた」
「…だとしたら、そもそもあんなイタズラしなかったです」
「オレのこと好き過ぎだろ」
「そうですよ、逃げるなら今のうちですよ、逃さないけど」
「はは、そしたら覚えておいて欲しいかも」

セルフレジの手際の良さは、普段からモモが炊事をしているという話を裏付ける。

「何をですか?」
「体質的にあの箱のはちょっと合わないのと、あのジェルは用途が微妙に違うってこと」

完全に動きの止まってしまったモモの代わりに商品を通して、支払いを済ませる。

「モモおいで」

サッカー台に移動しても上の空のまま、それでも無意識にきっちりと品物を詰め込む辺り、流石の几帳面だと思う。

「一応買う予定のやつURL送る?これなんだけど」
「…ハチさんアレルギーあるんですか?」
「アレルギー程ではないけど、気管支が強くないかな」
「気管支?」
「天然ゴムは良くないみたい」

なんて知ったかぶりをしているけれど、この気遣いも全部過去に与えられたもの。

「色々面倒だよな…あとこっちも」

液体の入ったボトルの下。
専用とか、潤い持続とか、摩擦軽減とか。
そう言った文字の並ぶスマホの画面を覗き込んでくるモモ。
切り揃えてはいるけれど、ヤスリがけしていない歪な爪が液晶に当たってカツンと音を立てる。

「したい、だけじゃできなくて…ごめんな」
「…その、ごめん、は何に対してですか?」
「生物的にノーマルじゃないから負担かけて、かなぁ…なんでそんな顔してんのモモ?」

下唇を噛み締めるのは、感情を抑えようとする時のモモの癖。
眉間に皺を寄せて、均一に並ぶ睫毛の向こう側に瞳を隠す程、目を細めていた。

「自分を恥じてる顔です…」

見られたのはほんの一瞬。
モモはその大きな手ですっぽりと顔を覆ってしまう。

「え、どうした?」
「好きとか言って困らせて本当にすみませ、いや違うコレじゃ語弊がある…軽々しくいえ軽んじた訳ではないんですけど流されて、したいとか言って本当に自己嫌悪…」
「めっちゃ早口で喋るじゃん、アイス買って公園でも行く?」
「いえ…もう帰りたいです…」
「モモの家まで送る?あとで勉強道具届けるし」
「ダメですダメ、勉強してないもん…俺のセカンドハウスに帰るんです」
「よしよし、帰ろ。リュック背負って」

珍しく狼狽えた姿。
けれどもきちんと言語化しようとしてくれる事に、こんなにも安堵する。

「調べればちゃんと分かることなのにって」
「オレは今日伝えられて良かったって思ってるよ?」
「…ごめんなって、言わせたく無かったです」

ごめん、と零れそうになった言葉を飲み込んで、モモの頭にヘルメットを被せる。

ずっと行き場のなかったこの気持ちが、決壊するように溢れ出て、モモを振り回してしまった。

「帰ろ、そんで家でたくさん話そう」

後ろに乗ったモモは迷わずオレの腰に手を回す。
ステップに乗せられた脚までもがしっかりとオレを挟み込み、逃げ場のない心地良さの中、親指でボタンを押し込む。

カツカツぶつかるヘルメット同士の音が、酷く愛しかった。