モモとオレはよく似ていると思う。
一度自覚してしまうと止まらなくなる所とか。
あんな小っ恥ずかしいやり取りをして、普通に勉強に戻って、モモを途中まで送るついでに買い物して。
英単語の一つも覚えていないのに、モモの落としたリップクリームのメーカーはしっかり覚えてる。
実家で使ってた歯ブラシの色からメーカーと硬さを予測してみたり、頻繁に使ってた制汗剤の無香料を買ってみたり。
靴下は間違えてXLを買ってしまったけど。
一度に渡すか、少しずつ渡すか…。
どうしようかと考えて気づいた。
別に付き合ってる訳じゃないからそんな悩む必要はなかった。
立て付けの悪い扉の向こう側で響く、自転車のブレーキ音。
カチャカチャと金属同士の触れる音。
近付いてくる足音。
ドアチャイムを鳴らされるより前に、鍵を開ける。
「びっくりした…」
「いらっしゃい…、と、おかえり、どっちがいい?」
「…ただいまって言いたいです」
「おかえり」
「ただいまです、お邪魔します」
靴と靴下を脱ぐために腰を下ろしたモモの横に、買い揃えた執着を並べてゆく。
「何ですか、これ」
「今後頻繁にくるならウチに置いといたらいいかなって…」
「ハチさん俺のこと見過ぎですね…」
「やっぱ嫌?」
「最高」
「シャワーするならタオルも必要だったな」
「持参するのでいいですよ」
「後でホムセン行こ」
「さり気なく無視するのやめてください、開けていいですか?」
「いいよ」
並ぶ日用品の一つ一つを嬉しそうに手に取り、開封していくモモ。
「置く場所どうします?」
「カゴか段ボール」
「カゴ一択ですね、歯ブラシは?」
「場所ないからやっぱり後で買い物行くわ、バイクで行く?」
「行きます、合法ハグ」
「脱法ハグがあるの…?」
28-30cmの靴下を拾い上げて、細められるその綺麗な瞳。
「靴は27.5cmですが実測値は26cm後半なんですよ、覚えておいて下さいね」
「履かない?コインランドリーの乾燥機使ってればそのうち縮むと思うけど」
「雑…でも履きます、ありがとうございます」
そう呟いてうなじを晒すモモ。
「後頭部触っていい?」
「自分で触るのダメって言ったのに?」
「我慢する」
「はいどうぞ」
「めっちゃタワシ」
「もう3週間経つので言い得て妙ですが、その比喩は嫌です」
「そう?あの日に触っておけばよかったかな」
「テスト終わったらまた切る予定なので…ていうかちゃんと昨日あの後勉強しました?」
テストが終わったら。
そんなすぐ目先の枷に囚われたフリをしながら、ツッコミ不在の泥濘んだ会話が続いていく。
「したけど全然頭入んない。でもこんなちゃんとテスト勉強したの入試以来かも」
「赤点一つにつき罰ゲーム用意します?」
「モモは赤点に縁がないこに」
「ハチさんの嫌がりそうなことをするんです」
「え、何?」
「1ヶ月俺に敬語使うとか」
それはきっと、過去と混同してモモをハジメさんって呼んだりするやつね。
「誤爆する未来しか見えない」
「ですよね。じゃあ1ヶ月俺がここに来ないとか」
「…それ耐えられるの、モモは」
「無理なので頑張ってください、三つ取ったら3ヶ月です」
「8月まで?夏休みなのに?」
「その前に期末もありますね…延長は勘弁ですよ」
「鬼…」
「何とでも言ってください。そしてちゃんと誕生日祝わせてくださいね」
先の先まで用意される拘束に、思わず笑ってしまう。
生温い気温の玄関で、一体何をしているんだって話だけれど。
「楽しみにしてる…着替える?」
「出掛けないんですか?」
「今8時過ぎだから店開いてねーよ」
「遠回りするか遠くのホムセンかなって…」
「10分で着くとこだよ、そんな合法ハグしたいの?」
「したい」
頭がグラグラする。
期待してしまう身体の芯が疼く。
「オレは二度寝する、着替えておいでモモ。布団で脱法ハグしよ」
「脱法ハグって何…!?」
モモは外に出た服でベッドに乗るの嫌がるから、今日から部屋着持参。
暗記系は座布団じゃなくてベッドに座ってた方が良くない?って話をしたからで、一緒に寝るって話はしてない。
窓閉めて、少し寒いくらいのエアコン付けて、布団に潜り込む。
明るくて眩しい。
「モモ、カーテン閉めて」
「本当に二度寝するんですか?」
遮光だけど、暗くなりきれないカーテンが音を立てて閉まる。
「2時間寝られるし」
「1時間に留めて開店と同時に着くように出ましょう」
「真面目かよ…」
いつも左右に分けている前髪、その隙間からベッドに腰掛けるモモを覗き見る。
「なんでローベッドにしたんですか?」
「実家畳だからベッド憧れてたんだけど…たぶん落ちるから」
「そんな寝相悪かったっけ?」
「モモは起きるの遅かったから気付かなかったのかも」
「1日だけ、夜通し眺めてましたよ」
「趣味悪いわ…」
素数を数えたあの夜。
「今日は横向きですか?」
「モモと寝たら肩ぶつかるじゃん、いいからもう寝よ」
猫みたいな柔らかさの薄い毛布を捲って、モモが隣に横たわる。
「デコ見えてて可愛いな、モモ」
「そうやってからかうんだから…頭低くて寝られないです」
「枕も買ってこよ」
「いいですよ買わなくて…」
一瞬浮いたモモの頭が、鼻先が鼻先を掠める程に近付く。
「…ちかくない?」
「近付かないとハグできないです」
モモの眼を見ていられたのは、ほんの僅か。
少しだけ顎を引くように逃げると、モモの鼻が、額が、グリグリと押し付けられる。
「ハグじゃないじゃん…頭突き?」
「もう、うるさい…」
不機嫌そうにギュッと眉間から鼻筋に皺を寄せたのが分かるくらいの、ゼロ距離。
こそばゆい瞬きをするまつ毛も大人しくなったから、もう目すら開けていないはず。
「モモ」
「…何ですか」
縋り付くようにオレの袖を掴むモモの手が、痛々しい。
「好きだよ」
脇の下に腕を差し込み、熱を帯びた肩甲骨をくすぐる。
思った通りモモの身体は厚みがあまりない。
けれども背骨に沿って凹む線がわかる程、しっかりと硬い弾力がある。
「…あー、もう、好きです、好き、大好き」
キスはしないと、律儀に我慢する鼻先が首筋に押し付けられる。
「オレうんざりするくらい重いよ」
「今更と言うか…承知の上です」
エアコンに冷やされた黒髪に頬を寄せる。
鼻先で分け入ると、寒暖差でおかしくなりそうな程に熱い。
「結局欲しがってるのはオレの方なんだよな…」
「今の俺は必死に良い子を演じてるので…、素を知ったらハチさん引くかもしれないです」
テロテロに柔らかい毛布は、モモとオレのほんの僅かな隙間にも入り込もうとする。
「そんな悪い子なの?」
「気を引きたいだけかも」
「…ならもっと甘やかしてあげたい」
「ゔん?」
「好きだよモモ」
袖を掴んでいた手に肩を押し込まれ、30度程、視界が傾く。
白い壁紙の所為で中途半端に出来た隙間に、モモの腕と脚が入り込んできた。
「…ハチさん、したい、させて」
そのままズルリと引き寄せられて、完全に身体はその四肢に閉じ込められる。
モモの顔は首筋に埋まったまま。
「…何を?」
「…言わせるんだ?…全部欲しい、抱かせて」
爪先から頭まで、むずむずした熱いものが、一気に駆け抜ける。
求められているという、これ以上ない、存在の肯定が、ひたすら嬉しい。
「…オレ男だよ、できるか、分からなくない?」
「こんなになってるって気付いてますよね、本当いじわる…」
毛布も隔てない、密着した身体。
緩い部屋着越しでもバレてしまう熱も、鼓動も、煩悩を煽るガソリンみたいなもの。
「今日はムリだけど…ちゃんとできるように準備するから…、来週、しよ?」
声が震える。
滾るような鼓動が煩すぎて、きちんと伝わる声量だったのかさえ分からない。
「重いモモ、降りて」
「いやだ」
「あ、も、ばか」
首筋を吸われながら走る鋭利な痛み。
「トイレ借ります…」
ズルズルとベッドから降りてゆくモモの、真っ赤な耳。
「それはフィックスチケットなので、来週、絶対」
思わず覆った顔から、モモの制汗剤の匂いがした。
