監禁生活がはじまって2度目の冬。暖の話によると、今年の冬はかなり冷えるらしい。厚手の毛布が追加され、カイロも支給された。
恐ろしいことに、2年もたつとこの異常な生活に体が慣れてしまっていた。実際に、外出できないことを除けば、常に適温が保たれ、働かなくても食事にありつけるという状況は、場合によっては快適といえなくもない。暖は少々潔癖なほどきれい好きでまめな性質のようで、こまめに部屋を掃除して清潔に保っており、食事も申し分なかった。上司に怒鳴られながら週5日汗水たらして働いている人間のなかには羨ましく感じる者もいるかもしれない。そんな自虐的な考えが頭を過ぎることもあった。
暖のほうはますます忙しくなったようで、見るからに睡眠時間が不足している様子だった。それでも週に1、2度は必ず監禁部屋を訪れ、食品を補充していく。
「おい」
椅子に座りテーブルに突っ伏して眠っている暖の肩を揺する。
「帰んなくていいのかよ。明日大学あんだろ」
手の甲で雑に目元を擦りながら、暖が体を起こす。大きく体を伸ばして派手に欠伸する。
「いつから寝てた?」
「時間なんか知るかよ。1時間くらいじゃねえの」
腕時計に目を落としてから、暖は首を回した。関節が音を立てる。
「帰り、居眠り運転すんなよ」
「それって心配してるってこと?」
「おまえに死なれたらおれも餓死するからだろ」
「そうだった」
暖は喉の奥で笑い、テーブルに肘をついておれを見上げた。
「おまえがいる限り、死ねないんだな、おれは」
意味ありげな言葉だった。おれがなにかいう前に、暖は立ち上がった。帰るのかと思ったが、ちがうようだった。マットレスに寝転がり、体を丸めた。
「なにやってんの、おまえ」
「ちょっと寝かせて」
「はあ? ふざけんな」
「頼むよ。ちょっとだけでいいから」
「だめに決まってんだろ。どけよ」
暖を蹴り落とそうと、拘束具が嵌まった足を上げた。ほぼおなじタイミングで鎖をつかまれた。
暖が鎖を思い切り引っ張って、バランスを崩したおれはマットレスの上に膝をついた。暖の手がおれの腕をつかむ。
「一緒に寝るか?」
目を瞑ったまま、暖がいう。
「冗談だろ」
おれは暖の手を振り払った。それほど強くつかまれていたわけじゃない。拘束は簡単に解け、おれは暖から逃げるように部屋の反対側に避難した。壁の隅で膝を抱え、暖をにらむ。一瞬でも警戒を怠ってしまったことを悔やみ、改めて神経を張り詰めさせた。
しかし、暖はそれ以上なにもしてこようとしなかった。ただ横になってマットレスに顔を埋めている。
「1時間たったら起こせよ」
勝手な話だ。時間の感覚などこっちにはないというのに。
しばらくして、暖の寝息が聞こえてきた。おれになにもできないとたかを括っているのか、完全に弛緩し、熟睡している。
おれは座り込んだまま素早く周囲を見渡した。スマホやノートパソコンが入った暖のバッグはドアのそばの定位置に置かれ、とても手が届かない。暖を拘束し、拷問しようとも考えたが、鎖の長さを考えて移動できる範囲内に役立ちそうなものはなかった。寝ているところを襲撃したところで、道具なしの素手では返り討ちにあうだけだろう。せっかくの好機だったが、諦めざるを得ない。寝ている暖を黙って見ていることしかできなかった。
ふだんはおれが寝ているマットレスの上で、暖は両腕を組み、体を横にして寝息を立てている。そっと覗きこむ。起きているときよりさらに顔色が悪く見えた。かなり疲れているようだ。学生生活だけでこうなるとは思えない。おそらく政治活動かプライベートで問題を多く抱えているのだろう。
犯罪の事実を隠蔽することに成功し、地下室にペットを飼って、有名な大学に通い、政治を学ぶ。だれもが羨むような生活。しかし、まったく幸せそうに見えないのが不思議だった。
こうなる前、出会った頃から、そうだったのかもしれない。暖がふだんなにを考え、どう過ごしているのか、あの頃も今も気にしたことはなかった。一緒に遊んでいても、深い部分まで触れることはなかった。
暖には暖の悩みや苦しみがあるのかもしれない。もちろん、だからといって、したことが許されるわけではなかったが。
暖の寝息を聞きながら、おれは複雑な気分だった。
恐ろしいことに、2年もたつとこの異常な生活に体が慣れてしまっていた。実際に、外出できないことを除けば、常に適温が保たれ、働かなくても食事にありつけるという状況は、場合によっては快適といえなくもない。暖は少々潔癖なほどきれい好きでまめな性質のようで、こまめに部屋を掃除して清潔に保っており、食事も申し分なかった。上司に怒鳴られながら週5日汗水たらして働いている人間のなかには羨ましく感じる者もいるかもしれない。そんな自虐的な考えが頭を過ぎることもあった。
暖のほうはますます忙しくなったようで、見るからに睡眠時間が不足している様子だった。それでも週に1、2度は必ず監禁部屋を訪れ、食品を補充していく。
「おい」
椅子に座りテーブルに突っ伏して眠っている暖の肩を揺する。
「帰んなくていいのかよ。明日大学あんだろ」
手の甲で雑に目元を擦りながら、暖が体を起こす。大きく体を伸ばして派手に欠伸する。
「いつから寝てた?」
「時間なんか知るかよ。1時間くらいじゃねえの」
腕時計に目を落としてから、暖は首を回した。関節が音を立てる。
「帰り、居眠り運転すんなよ」
「それって心配してるってこと?」
「おまえに死なれたらおれも餓死するからだろ」
「そうだった」
暖は喉の奥で笑い、テーブルに肘をついておれを見上げた。
「おまえがいる限り、死ねないんだな、おれは」
意味ありげな言葉だった。おれがなにかいう前に、暖は立ち上がった。帰るのかと思ったが、ちがうようだった。マットレスに寝転がり、体を丸めた。
「なにやってんの、おまえ」
「ちょっと寝かせて」
「はあ? ふざけんな」
「頼むよ。ちょっとだけでいいから」
「だめに決まってんだろ。どけよ」
暖を蹴り落とそうと、拘束具が嵌まった足を上げた。ほぼおなじタイミングで鎖をつかまれた。
暖が鎖を思い切り引っ張って、バランスを崩したおれはマットレスの上に膝をついた。暖の手がおれの腕をつかむ。
「一緒に寝るか?」
目を瞑ったまま、暖がいう。
「冗談だろ」
おれは暖の手を振り払った。それほど強くつかまれていたわけじゃない。拘束は簡単に解け、おれは暖から逃げるように部屋の反対側に避難した。壁の隅で膝を抱え、暖をにらむ。一瞬でも警戒を怠ってしまったことを悔やみ、改めて神経を張り詰めさせた。
しかし、暖はそれ以上なにもしてこようとしなかった。ただ横になってマットレスに顔を埋めている。
「1時間たったら起こせよ」
勝手な話だ。時間の感覚などこっちにはないというのに。
しばらくして、暖の寝息が聞こえてきた。おれになにもできないとたかを括っているのか、完全に弛緩し、熟睡している。
おれは座り込んだまま素早く周囲を見渡した。スマホやノートパソコンが入った暖のバッグはドアのそばの定位置に置かれ、とても手が届かない。暖を拘束し、拷問しようとも考えたが、鎖の長さを考えて移動できる範囲内に役立ちそうなものはなかった。寝ているところを襲撃したところで、道具なしの素手では返り討ちにあうだけだろう。せっかくの好機だったが、諦めざるを得ない。寝ている暖を黙って見ていることしかできなかった。
ふだんはおれが寝ているマットレスの上で、暖は両腕を組み、体を横にして寝息を立てている。そっと覗きこむ。起きているときよりさらに顔色が悪く見えた。かなり疲れているようだ。学生生活だけでこうなるとは思えない。おそらく政治活動かプライベートで問題を多く抱えているのだろう。
犯罪の事実を隠蔽することに成功し、地下室にペットを飼って、有名な大学に通い、政治を学ぶ。だれもが羨むような生活。しかし、まったく幸せそうに見えないのが不思議だった。
こうなる前、出会った頃から、そうだったのかもしれない。暖がふだんなにを考え、どう過ごしているのか、あの頃も今も気にしたことはなかった。一緒に遊んでいても、深い部分まで触れることはなかった。
暖には暖の悩みや苦しみがあるのかもしれない。もちろん、だからといって、したことが許されるわけではなかったが。
暖の寝息を聞きながら、おれは複雑な気分だった。


