監禁部屋に冷蔵庫が設置された。暖が政治団体とやらに入会し、大学の講義に加えて定期的な勉強会に出席するため、食料を運ぶ頻度が下がるためだ。
暖の実家は地元でも有数の資産家で、先々代から政界にも食い込んでいる。ひとり息子の暖も当然父や祖父のように政治の道を目指すのだろう。本人から話を聞くことはなかったが、大学でも優秀な成績を収め、用意されたレールを逸れることなく成功への道を着実に進んでいるのだろうと思えた。ただし、その成功の裏には暗い影がある。おれ自身が証明している。
「おまえ、格闘技かなんかやってたの」
慣れた手つきで小型冷蔵庫を設置する暖の背中を苦々しく眺める。
「柔道してたよ。高2まで」
舌打ちしたくなった。あっけなく組み伏せられた理由がわかった。いっぽうのおれはといえば、不良ぶってはいても、喧嘩さえほとんど経験がない。腕力では対抗できないらしい。
「勉強しかしてないと思ってた」
「塾も行ってたけどね」
「なんでもできるわけか。さすがいいとこのお坊ちゃんだよな。そんな奴が犯罪者だなんて、だれも信じないだろうな」
両脚を投げ出して足の指を動かしながらおれはいった。
「ま、政治家なんて、悪いことしてるやつばっかりなんだろうけどな」
「よく知ってるな」
床にあぐらをかいて説明書のページを捲りながら、暖が笑う。
「そのとおり。おれはまだましなほうだよ」
「嘘つけ」
「本当だって。おまえは裏の世界を知らないからだ」
裏の世界なら知っている。今こうして身をもって体験しているのだから。おれは暖と会話する気をなくして寝転がった。体を動かすたびに足を拘束する鎖が床に擦れて音を立てる。眠っているときに目を覚ますほど不快だった甲高い金属音にもすっかり慣れてしまい、なにも感じない。
この部屋に閉じ込められてから、もうすぐ1年になる。
「よし、できた」
かすかなモーター音。冷蔵庫が動きはじめた。真新しい冷蔵庫のなかに暖が水や弁当を入れた。ごていねいに、栄養ドリンクやゼリーなども用意されている。
「しばらくの間は週イチくらいしかこられないけど、1週間ぶんは入れといたから、ちゃんと食えよ」
「うるせえ」
壁を向いて暖に背中を向けたまま、吐き捨てた。暖がすることに興味はなかった。体を丸めて目を閉じていると、暖が近づいてくる気配がした。マットレスの反対側が窪み、息の熱を首の裏に感じて、跳ね起きた。暖との距離を最大にして、壁にぴったり体を押しつける。
「警戒すんなよ。ちょっと様子見ようとしただけだって」
暖は笑って立ち上がった。口を開きかけて、すぐに閉じる。椅子にかけてあったバッグを取り、背中を向けた。
「来週またくる。じゃあな」
暖が出ていき、ドアが閉められた。去り際になにをいいかけたのか、気になったが、すぐに忘れてしまった。暖のことなど、おれには関係ない。おれは再びマットレスに横になって目を閉じた。眠りはなかなか訪れなかった。
暖の実家は地元でも有数の資産家で、先々代から政界にも食い込んでいる。ひとり息子の暖も当然父や祖父のように政治の道を目指すのだろう。本人から話を聞くことはなかったが、大学でも優秀な成績を収め、用意されたレールを逸れることなく成功への道を着実に進んでいるのだろうと思えた。ただし、その成功の裏には暗い影がある。おれ自身が証明している。
「おまえ、格闘技かなんかやってたの」
慣れた手つきで小型冷蔵庫を設置する暖の背中を苦々しく眺める。
「柔道してたよ。高2まで」
舌打ちしたくなった。あっけなく組み伏せられた理由がわかった。いっぽうのおれはといえば、不良ぶってはいても、喧嘩さえほとんど経験がない。腕力では対抗できないらしい。
「勉強しかしてないと思ってた」
「塾も行ってたけどね」
「なんでもできるわけか。さすがいいとこのお坊ちゃんだよな。そんな奴が犯罪者だなんて、だれも信じないだろうな」
両脚を投げ出して足の指を動かしながらおれはいった。
「ま、政治家なんて、悪いことしてるやつばっかりなんだろうけどな」
「よく知ってるな」
床にあぐらをかいて説明書のページを捲りながら、暖が笑う。
「そのとおり。おれはまだましなほうだよ」
「嘘つけ」
「本当だって。おまえは裏の世界を知らないからだ」
裏の世界なら知っている。今こうして身をもって体験しているのだから。おれは暖と会話する気をなくして寝転がった。体を動かすたびに足を拘束する鎖が床に擦れて音を立てる。眠っているときに目を覚ますほど不快だった甲高い金属音にもすっかり慣れてしまい、なにも感じない。
この部屋に閉じ込められてから、もうすぐ1年になる。
「よし、できた」
かすかなモーター音。冷蔵庫が動きはじめた。真新しい冷蔵庫のなかに暖が水や弁当を入れた。ごていねいに、栄養ドリンクやゼリーなども用意されている。
「しばらくの間は週イチくらいしかこられないけど、1週間ぶんは入れといたから、ちゃんと食えよ」
「うるせえ」
壁を向いて暖に背中を向けたまま、吐き捨てた。暖がすることに興味はなかった。体を丸めて目を閉じていると、暖が近づいてくる気配がした。マットレスの反対側が窪み、息の熱を首の裏に感じて、跳ね起きた。暖との距離を最大にして、壁にぴったり体を押しつける。
「警戒すんなよ。ちょっと様子見ようとしただけだって」
暖は笑って立ち上がった。口を開きかけて、すぐに閉じる。椅子にかけてあったバッグを取り、背中を向けた。
「来週またくる。じゃあな」
暖が出ていき、ドアが閉められた。去り際になにをいいかけたのか、気になったが、すぐに忘れてしまった。暖のことなど、おれには関係ない。おれは再びマットレスに横になって目を閉じた。眠りはなかなか訪れなかった。


