翌昼。
家族団欒、昼食のチャーハンを食べながら、リビングで家族会議が開かれた。
といっても、『モリーさんの誕生日会をどうするか』というテーマだ。
誕生日は、サプライズが基本。故に、モリーさんは、部屋に置いてきている。
ただ、父だけは猛反対だ。
「いやいやいや、そんなのしなくて良いって。お父さん、何度も調べたんだけど、愛情を注がない方が良いって書いてあったよ」
「それは、僕も読んだけど……モリーさんって、害は無さそうっていうか……」
「そうよ、お父さん。モリーさんは、もはや私たちの子供と言っても過言ではないわ」
それは、過言な気がする。
しかし、喋った時のモリーさんは、嫌味を言わない森本そっくりで……だから、もっと仲良くしたいと思ってしまう。
それでも、父は喋るクマのぬいぐるみは気味が悪いらしい。
「お父さんは、絶対反対! 断固反対!」
はたから見れば、父の方が正常だ。
捨てても戻ってくるクマのぬいぐるみというだけで、呪われている感がハンパないのに、それに加えて、向きを変えたり、喋ったり……普通なら焼却処分ものだろう。
焼却処分で思い出したが、実は、一度お寺でやってもらったことがある。それでも、モリーさんは、翌日にはスス一つ付いていない綺麗な状態で部屋にいた。
あれは、過去一番の恐怖だったかもしれない。
じっと見つめてくるモリーさんは、僕らを咎めているようで、燃やそうとした罪悪感に苛まれた。
それからというもの、僕らの中で、捨てるにしても、焼却処分だけはやめようという結論に至った――。
おっと、大幅に話が逸れてしまったが、焼却も出来ないモリーさんを捨てることを父は諦めてしまっているが、出来ることなら捨てたい。当たり前だが、その思いの方が強いようだ。
普段から柔らかい印象の父だが、その眉間に皺が寄っている。そして、小さい物音に反応して、肩を震わせている。
家族の中で一番怖がりの父を見て、やれやれと、母は肩をすくめている。
「だけど、どうしてまた喋らなくなっちゃったのかしらね。モリーさん、今日も全然なんでしょ?」
「うん。朝から何度も声かけてるけど、喋るどころか、微動だにしないよ」
「陽向、微動だにしなくて正解なんだよ」
父の言い分は正論だが、僕と母は好奇心の方が優っているので、それを無視して話を進める。
「そういえば、お風呂で初めてモリーさんが話してから、喋らなくなった三日間あるじゃん? あの時、モリーさんは、僕にずっと話しかけてたって言ってたんだ。だけど、僕には聞こえなかった……」
「なにか、話せる条件……というより、聞こえる条件があるのかしらね?」
「条件か……」
初めては、お風呂。二回目は、勉強をしている時。
しかし、過去に何度もモリーさんの前で勉強をしているが、これまで一度だって話した試しはない。
「話せる条件は分からないけど、決まってドライヤーの後から、声が聞こえなくなるよね」
「確かに、そうね」
「まだ二回目だから、なんとも言えないけど」
母と話していると、父が残りひと口のチャーハンをスプーンの上に乗せて固まった。
「父さん? どうかした?」
「いや、全然、何も、どうもしないよ」
曇ったメガネの下の表情は見えないが、この反応は、何かに気付いた様子だ。母と目を合わせ、再び父を見た。
「父さん」
「あなた」
僕らは、静かに呼んだ。しかし、父はスプーンに乗ったチャーハンを口に入れ、返事すらしない。
「父さん。もしかして、モリーさんの声が聞こえる条件、分かったの?」
「そ、そんなの、分かるわけないだろう。これっぽっちも」
「分かったのね」
「分かったんだね」
嘘を吐くのが苦手な父は、まだ五月半ばというのに、額から滝のように汗が噴き出ている。
「父さん、教えてよ」
「あなた」
僕らの押しに負けたようで、父は動揺しながら言った。
「いや、確かではない。これは、あくまでも憶測だ」
「憶測で良いから」
母も隣でうんうんと頷く。
「み、水は、エネルギーが滞りやすく、風水的に『陰の気』が溜まりやすい空間とされている。つまり、そ、そういうことだ」
「どういうこと? 母さん、分かった?」
「全く。つまり、どういうこと?」
「つまり、つまりだ。幽霊は、水場に出やすい……ということ。一回目は、お風呂、二回目は……」
そこまで言われて思い出した。
二回目は、厳密に言えば、勉強をしている時ではない。モリーさんに、お茶がかかった時だ。
「母さん」
「試す価値、ありね」
「ないない。お母さんも陽向も、何もしなくても良いから!」
父が引き止めるのも聞かず、僕と母は、残ったチャーハンをスプーンでかき込んでから、同時に立ち上がった。
「陽向、水!」
「うん!」
僕はグラスに水道水を入れ、母と共に自室に上がった。その後を父も恐る恐る付いてきた。
――そして、水をかけたモリーさんは……。
『なにすんだよ、陽向。また、びしょ濡れだし』
「しゃ、しゃ、しゃ……喋った!! 母さん、喋ったよ!」
「そうね。喋ったわね」
うんうんと嬉しそうにする母と、手を取り合った。
会話をするクマのぬいぐるみも、三度目ともなると、恐怖なんてものは微塵もなかった。
「さすが、父さんだね」
「ね、お父さんも、やればできるのよ」
水をかけたら喋ると一番に気付いた張本人の父は、扉越しにドライヤーをチラつかせた。
「陽向、お母さん、早く乾かしちゃおう」
「ダメよ。もっとお話ししたいもの。ね、陽向」
「うんうん。だけど……」
ふわふわの毛がぺしゃッとなった、机の上に座るモリーさんを見た。
「喋る度に濡らすのも、可哀想っちゃ可哀想だよね」
「そうねぇ」
母と共に、顎に手を当てて考える。
『おい、陽向。なんの話してんだ?』
「モリーさんと話をするには、濡らすことが条件らしいんだ」
『へぇ……って、俺、毎回濡らされんのか!?』
モリーさんも不快なようだ。至極嫌そうな声を出した。顔は……表情が動かないので分からない。
「でも、幽霊は水場に出やすいって言ってかけた結果がこうだけど、やっぱ、モリーさんって幽霊なの? 異世界からやってきた何かじゃなくて」
『陽向は、相変わらず厨二病だよな』
「へへ」
『褒めてねぇんだけどな。まぁ、俺もよく分かんねぇ。気付いたら、ここにいたから』
「そっか」
モリーさんと普通に会話をしていたら、母が言いにくそうに口を開いた。
「それより、陽向」
「ん? なに?」
「濡らし続けたら、毛が減りそうよね」
「あー……」
それは、残念なことになりそうだ。
四六時中濡らしていたらカビも生えるだろうし、生乾き臭なんてするモリーさんを部屋に置いておくのも嫌だ。
そこへ、すかさず父が扉の内側に入ってきて、ドライヤーのコードをコンセントにさした。
「そうだよ。もう、乾かしちゃおう」
父はモリーさんを乾かそうとドライヤーのスイッチをオンにした。が、目が合ったモリーさんに萎縮して、僕にドライヤーを渡してきた。
「陽向、頼む」
「父さん……」
これが普通の人間の反応。僕と母が変なのは重々承知だが、怖いものを息子に任せる父は如何なものか……。
僕は、若干呆れ気味にドライヤーのスイッチを一旦切る。
「まぁ、会話をする条件は分かったわけだし、どうしてもの時は濡らすことにしよっか」
「そうね」
『せっかく陽向とお喋りできると思ったのにな』
ぺしゃんこの毛のせいか、モリーさんも落ち込んでいるように見える。
そんなモリーさんに、最弱の風量でドライヤーの温風を当てた。少しでも話が長くできるように。
「モリーさんって、何が好きなの?」
『陽向』
「わ、即答。嬉しいんだけど。他には?」
『他かぁ……』
「漫画とか、読めるの?」
『読めるけど、興味ねぇ。どっちかっつうと、体を動かす方が好きだ。後は、釣りかな』
「へぇ」
僕のいる時に体を動かしているのは見たことがないが、誰もいない隙に、小さな手足を動かして運動しているのだろうか。はたまた、外を走っているのだろうか。そして、海で釣り……?
『陽向、もうちょい右。同じとこばっか当てると、毛が痛む』
「そうなんだ。気を付けるね」
――それからも、モリーさんが乾く間、母と共にモリーさんを質問攻めにした。ちなみに、父も恐怖しながら横から質問していた。
そして、肝心の誕生日会だが、父の反対意見は無視して開催されることに決定した。それまでは、モリーさんの体を労わって、濡らすのは我慢することになった。
家族団欒、昼食のチャーハンを食べながら、リビングで家族会議が開かれた。
といっても、『モリーさんの誕生日会をどうするか』というテーマだ。
誕生日は、サプライズが基本。故に、モリーさんは、部屋に置いてきている。
ただ、父だけは猛反対だ。
「いやいやいや、そんなのしなくて良いって。お父さん、何度も調べたんだけど、愛情を注がない方が良いって書いてあったよ」
「それは、僕も読んだけど……モリーさんって、害は無さそうっていうか……」
「そうよ、お父さん。モリーさんは、もはや私たちの子供と言っても過言ではないわ」
それは、過言な気がする。
しかし、喋った時のモリーさんは、嫌味を言わない森本そっくりで……だから、もっと仲良くしたいと思ってしまう。
それでも、父は喋るクマのぬいぐるみは気味が悪いらしい。
「お父さんは、絶対反対! 断固反対!」
はたから見れば、父の方が正常だ。
捨てても戻ってくるクマのぬいぐるみというだけで、呪われている感がハンパないのに、それに加えて、向きを変えたり、喋ったり……普通なら焼却処分ものだろう。
焼却処分で思い出したが、実は、一度お寺でやってもらったことがある。それでも、モリーさんは、翌日にはスス一つ付いていない綺麗な状態で部屋にいた。
あれは、過去一番の恐怖だったかもしれない。
じっと見つめてくるモリーさんは、僕らを咎めているようで、燃やそうとした罪悪感に苛まれた。
それからというもの、僕らの中で、捨てるにしても、焼却処分だけはやめようという結論に至った――。
おっと、大幅に話が逸れてしまったが、焼却も出来ないモリーさんを捨てることを父は諦めてしまっているが、出来ることなら捨てたい。当たり前だが、その思いの方が強いようだ。
普段から柔らかい印象の父だが、その眉間に皺が寄っている。そして、小さい物音に反応して、肩を震わせている。
家族の中で一番怖がりの父を見て、やれやれと、母は肩をすくめている。
「だけど、どうしてまた喋らなくなっちゃったのかしらね。モリーさん、今日も全然なんでしょ?」
「うん。朝から何度も声かけてるけど、喋るどころか、微動だにしないよ」
「陽向、微動だにしなくて正解なんだよ」
父の言い分は正論だが、僕と母は好奇心の方が優っているので、それを無視して話を進める。
「そういえば、お風呂で初めてモリーさんが話してから、喋らなくなった三日間あるじゃん? あの時、モリーさんは、僕にずっと話しかけてたって言ってたんだ。だけど、僕には聞こえなかった……」
「なにか、話せる条件……というより、聞こえる条件があるのかしらね?」
「条件か……」
初めては、お風呂。二回目は、勉強をしている時。
しかし、過去に何度もモリーさんの前で勉強をしているが、これまで一度だって話した試しはない。
「話せる条件は分からないけど、決まってドライヤーの後から、声が聞こえなくなるよね」
「確かに、そうね」
「まだ二回目だから、なんとも言えないけど」
母と話していると、父が残りひと口のチャーハンをスプーンの上に乗せて固まった。
「父さん? どうかした?」
「いや、全然、何も、どうもしないよ」
曇ったメガネの下の表情は見えないが、この反応は、何かに気付いた様子だ。母と目を合わせ、再び父を見た。
「父さん」
「あなた」
僕らは、静かに呼んだ。しかし、父はスプーンに乗ったチャーハンを口に入れ、返事すらしない。
「父さん。もしかして、モリーさんの声が聞こえる条件、分かったの?」
「そ、そんなの、分かるわけないだろう。これっぽっちも」
「分かったのね」
「分かったんだね」
嘘を吐くのが苦手な父は、まだ五月半ばというのに、額から滝のように汗が噴き出ている。
「父さん、教えてよ」
「あなた」
僕らの押しに負けたようで、父は動揺しながら言った。
「いや、確かではない。これは、あくまでも憶測だ」
「憶測で良いから」
母も隣でうんうんと頷く。
「み、水は、エネルギーが滞りやすく、風水的に『陰の気』が溜まりやすい空間とされている。つまり、そ、そういうことだ」
「どういうこと? 母さん、分かった?」
「全く。つまり、どういうこと?」
「つまり、つまりだ。幽霊は、水場に出やすい……ということ。一回目は、お風呂、二回目は……」
そこまで言われて思い出した。
二回目は、厳密に言えば、勉強をしている時ではない。モリーさんに、お茶がかかった時だ。
「母さん」
「試す価値、ありね」
「ないない。お母さんも陽向も、何もしなくても良いから!」
父が引き止めるのも聞かず、僕と母は、残ったチャーハンをスプーンでかき込んでから、同時に立ち上がった。
「陽向、水!」
「うん!」
僕はグラスに水道水を入れ、母と共に自室に上がった。その後を父も恐る恐る付いてきた。
――そして、水をかけたモリーさんは……。
『なにすんだよ、陽向。また、びしょ濡れだし』
「しゃ、しゃ、しゃ……喋った!! 母さん、喋ったよ!」
「そうね。喋ったわね」
うんうんと嬉しそうにする母と、手を取り合った。
会話をするクマのぬいぐるみも、三度目ともなると、恐怖なんてものは微塵もなかった。
「さすが、父さんだね」
「ね、お父さんも、やればできるのよ」
水をかけたら喋ると一番に気付いた張本人の父は、扉越しにドライヤーをチラつかせた。
「陽向、お母さん、早く乾かしちゃおう」
「ダメよ。もっとお話ししたいもの。ね、陽向」
「うんうん。だけど……」
ふわふわの毛がぺしゃッとなった、机の上に座るモリーさんを見た。
「喋る度に濡らすのも、可哀想っちゃ可哀想だよね」
「そうねぇ」
母と共に、顎に手を当てて考える。
『おい、陽向。なんの話してんだ?』
「モリーさんと話をするには、濡らすことが条件らしいんだ」
『へぇ……って、俺、毎回濡らされんのか!?』
モリーさんも不快なようだ。至極嫌そうな声を出した。顔は……表情が動かないので分からない。
「でも、幽霊は水場に出やすいって言ってかけた結果がこうだけど、やっぱ、モリーさんって幽霊なの? 異世界からやってきた何かじゃなくて」
『陽向は、相変わらず厨二病だよな』
「へへ」
『褒めてねぇんだけどな。まぁ、俺もよく分かんねぇ。気付いたら、ここにいたから』
「そっか」
モリーさんと普通に会話をしていたら、母が言いにくそうに口を開いた。
「それより、陽向」
「ん? なに?」
「濡らし続けたら、毛が減りそうよね」
「あー……」
それは、残念なことになりそうだ。
四六時中濡らしていたらカビも生えるだろうし、生乾き臭なんてするモリーさんを部屋に置いておくのも嫌だ。
そこへ、すかさず父が扉の内側に入ってきて、ドライヤーのコードをコンセントにさした。
「そうだよ。もう、乾かしちゃおう」
父はモリーさんを乾かそうとドライヤーのスイッチをオンにした。が、目が合ったモリーさんに萎縮して、僕にドライヤーを渡してきた。
「陽向、頼む」
「父さん……」
これが普通の人間の反応。僕と母が変なのは重々承知だが、怖いものを息子に任せる父は如何なものか……。
僕は、若干呆れ気味にドライヤーのスイッチを一旦切る。
「まぁ、会話をする条件は分かったわけだし、どうしてもの時は濡らすことにしよっか」
「そうね」
『せっかく陽向とお喋りできると思ったのにな』
ぺしゃんこの毛のせいか、モリーさんも落ち込んでいるように見える。
そんなモリーさんに、最弱の風量でドライヤーの温風を当てた。少しでも話が長くできるように。
「モリーさんって、何が好きなの?」
『陽向』
「わ、即答。嬉しいんだけど。他には?」
『他かぁ……』
「漫画とか、読めるの?」
『読めるけど、興味ねぇ。どっちかっつうと、体を動かす方が好きだ。後は、釣りかな』
「へぇ」
僕のいる時に体を動かしているのは見たことがないが、誰もいない隙に、小さな手足を動かして運動しているのだろうか。はたまた、外を走っているのだろうか。そして、海で釣り……?
『陽向、もうちょい右。同じとこばっか当てると、毛が痛む』
「そうなんだ。気を付けるね」
――それからも、モリーさんが乾く間、母と共にモリーさんを質問攻めにした。ちなみに、父も恐怖しながら横から質問していた。
そして、肝心の誕生日会だが、父の反対意見は無視して開催されることに決定した。それまでは、モリーさんの体を労わって、濡らすのは我慢することになった。



