幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

※陽向視点に戻ります※

 今日は土曜日。
 つまり、今日から二日間は、森本に会って皮肉を言われなくてすむ。

 一日中漫画を読んで過ごしたいが、月曜提出予定の課題をせねば、明日が憂鬱な日曜日になるのは目に見えているので、僕は勉強机に座った。

 課題のプリントを机の上に置き、化学のノートと教科書も広げて、見易い場所に配置する。シャーペンを持った僕は、問題文に目を走らせる。

 ――チッ、チッ、チッ。

 時計の秒針の針が動く音が、やけに大きく感じる。
 モリーさんの視線が突き刺さる。

 何も言っていないはずなのに、『そんなのも分かんねぇのか』と言われているような気分になる。

「あー、もう! モリーさん、あっち、向いてて!」

 僕は机の隅に置いてあるモリーさんをクルリと反対に向けた。その拍子に、そこに置いてあった麦茶の入ったグラスが倒れた。

「わッ、ど、どうしよ。プリントが!」

 急いでグラスを立てて、プリントと教科書、ノートを非難させる。筆記用具も忘れずに。

 タオルで机の上のお茶を拭いていると、モリーさんがこちらを向いた。

『俺も非難させろよな』
「……え?」

 僕の手は止まった。そして、胸が高鳴ったのが分かった。
 やはり、僕の中でモリーさんは、既に心霊的な存在から、厨二病的存在になりつつある。

(厨二病的存在って、なんだろ)

 自分で自分にツッコミを入れつつ、濡れたモリーさんをタオルの上にツンツンと押し付けるように拭く。しかし、びしょ濡れになってしまったタオルの上でいくら拭いても、水分は移動しない。

『ああ、もう! タオル、新しいのに変えろよ!』
「けど……」

 僕の部屋にあるタオルは、この一枚きり。新しいタオルは、洗面所だ。故に、新しいタオルを変えるには、ここから離れなければならない。

『なに渋ってんだよ』
「だって……」
『だって、なんだよ?』
「僕がタオル取りに行ってる間に、モリーさん、いなくならない!?」
『俺は、いっつもお前と一緒にいるだろ』
「そうなんだけど、そうじゃないっていうか……」

 モリーさんは確かに、捨てても帰ってくるほど一緒にいるが、喋るモリーさんがいなくなるような気がして、僕はこの場から離れるのを躊躇っている。

 とはいえ、このままも困る。机の上も、びしょ濡れとまではいかないが、もう少し乾いたタオルで拭きたい。

「モリーさん、待っててよ!」
『待ってるよ』
「絶対だよ!」
『はいはい』

 僕は、濡れたタオルを持って、洗面所に向かった――。

 そして、数十秒で戻ってきた僕は、真っ先に確認した。

「モリーさん、まだいる!?」
『だから、いつもいるだろ』

 喋るぬいぐるみがいて安堵するのもどうかと思うが、僕は胸を撫で下ろした。

 乾いたタオルでモリーさんを拭きながら、質問してみた。

「ねぇ、なんで全然喋ってくんなかったの?」
『俺は、話してたぜ』
「うそ。うんともすんとも言わなかったよ」
『“俺は”、嘘吐かねぇよ。“俺は”……な』

 やけに「俺は」が強調されたような気がして、ムッとする。

「僕だって、嘘吐かないし」
『確かに、お前はバカが付くほど正直かもな』
「なッ」

 ケラケラ笑うモリーさんは、やはり森本と同じ声で、喋り方もそっくりだ。

 机の上も拭いてからタオルを折り畳み、その上にまだ湿っているモリーさんをポンと置く。
 
「モリーさんは、僕のこと、どう思ってんの?」
『陽向のこと?』
「うん。好きとか、嫌いとかさ」

 多分答えは前者だ。だって、これだけ僕の元に帰ってくるのだから。それが分かっているから、敢えて聞いてみた。森本の声にそっくりのモリーさんに。

「その二択なら、好きだな」

 ほら、やっぱり。
 そして、僕がそれを敢えて言わせたのは、森本に『好き』と言われたような気分になりたかったから。

 本当は好かれたい。仲良くしたい。
 けれど、森本は僕のことをそんな風に思っていないから……。

『陽向。もっかい風呂入れて。やっぱ、お茶臭ぇ』
「はは、だよね。お風呂、行こっか」

 課題も乾いてからでないと書き込めないし、今はモリーさんともっとお喋りしたい気分だ。
 僕は、湿ったモリーさんを抱いて、風呂場に向かった。

 ◇◇◇◇

 半袖短パンで風呂場に入った僕は、モリーさんをたっぷりの泡で手洗いし、そこに温かいシャワーをかけてやる。

「どう? 気持ち良い?」
『おう』
「母さんと父さんにも、モリーさんがまた喋るようになったこと連絡しといたからさ、仕事から帰ってきたら話してあげてね。話したがってたよ」
『そうか』

 あらかた泡が取れたモリーさんを湯を溜めた洗面器の中にチャプンとつけた。

『はぁ〜、極楽極楽』
「ははは。モリーさん、おじいちゃんみたい」
『俺は、まだピチピチの十六歳だ』
「へぇ、同い年なんだ」

 モリーさんが作成された日が誕生日なのだろうか。

「ちなみに、誕生日は?」
『五月二十八日。つまり、陽向より歳上だ』

 ふんぞり返るモリーさんだが、ふわふわの毛がペシャンコで、威厳の欠片もない。いや、ふわふわの毛があっても威厳はないか。

「てか、五月二十八日って、もうすぐじゃん」

 今日が五月十六日なので、およそ二週間後だ。せっかくだし、誕生日会を開くべきだろうか。

「けど、ケーキは……」
『食べられるわけないだろ』
「だよね」

 それなら、リボンでもプレゼントしてみるか。首元に巻かれている黄色のリボンの汚れは、手洗いしても取れなかったので、ちょうど良いかもしれない。

 そんなことを考えていると、玄関の方で慌ただしい音がした。

「陽向!」

 母の声だ。
 僕は、風呂場の扉を少し開けて声を上げた。

「母さん、こっち」

 すると、ドタバタと音を立てながら、息を切らした母がやってきた。

「ハァハァ……陽向、モリーさん……ハァハァ、喋ったって、本当?」
「母さん、落ち着いて」
「落ち着いてなんていられないわよ」

 そう言いながら、一旦深呼吸した母は、靴下を脱いで中に入ってきた。

「モリーさん、喋れるの?」
『ああ』
「きゃー、本当だ! もう、話さなくなっちゃって、心配したのよ」

 この間まで呪いの人形だったモリーさんも、今や我が家のマスコットキャラ的存在になりつつあるのかもしれない。

「モリーさんの誕生日、五月二十八日だって」
「あら、そうなの? もうすぐじゃない。お誕生日会、開きましょうか」

 父は分からないが、母は、僕と同じ考えのようだ。

「けど、ケーキは食べられないって」
「まぁ、こういうのは雰囲気だから。陽向、そろそろ乾かしてあげたら?」
「そうだね」

 僕はモリーさんを洗面器から出して、手足をギュッと絞れば、母がバスタオルを渡してきた。

「ありがとう」

 それにモリーさんを包んで、ドライヤーのスイッチをオンにした。

『宜しく頼む』
「うん、任せて」

 それから全身乾くまで、三十分近くかかった。
 そして、ドライヤーが終わる頃、再びモリーさんは喋らなくなった――。