幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

「いやいやいやいや、あれ、何? あの森本が、僕に優しかったんだけど!」

 家に帰るなり、僕はモリーさんに話しかけた。

 十八時頃まで森本の部屋にいた僕は、分かる道まで案内してくれとお願いしたのだが、結局最後まで見送ってくれた。
 
「今日の森本、変だよね! 絶対、変だよね! てか、モリーさん。彼女いたよ! いや、兄弟かな? 知らんけど、対なんだって。今度、会いに行く? いや、またあの部屋に入るのは気ぃ遣うから、会いに来てもらう?」

 興奮気味に言って気が付いた。
 モリーさんを口実に、どこかで森本と仲良くしたい自分がいることに。けれど、嫌味ばかり言われてきたのに、自分からすり寄るのは癪だと思う捻くれた自分もいる。

「やっぱさ、モリーさん。自分で会いに行って来たら?」

 捻くれた自分が勝った。
 なにも、僕がわざわざ森本に白いクマのぬいぐるみを持って会いに来いなんて言う必要はない。どうなっているのか、モリーさんは僕の元に帰って来るのだから、きっと行こうと思えば自分でどこかに行くこともできるはず。そう、きっとそのはず。だから、勝手にすれば良い。

「じゃ、僕はご飯食べてくるから」

 僕は部屋の電気を消し、モリーさんをそこに一人残して、リビングに向かった。

 そして、パタンと扉が閉まり、暗くなった部屋の勉強机の上で、モリーさんがゴロンと仰向けに転がった。

「…………」

 部屋の中は、静寂が漂った――。

◇◇◇◇

(森本視点です)

 父の趣味で揃えられたモノトーンカラーの部屋。
 ベッドの前に片膝を立てて座り、俺は陽向が最初に座っていた冷たいフローリングの上に、白いクマのぬいぐるみを置いた。

「はぁ……どうして俺は……」

 いつも後悔ばかり。
 今日なんて、陽向に二回も怪我を負わせてしまった。
 体育の授業のボールは俺が投げたものでないにしろ、守りきれなかった。もう少し早く反応出来ていたなら、陽向に俺の手の甲が当たることすらなかったのに。俺は……。

 そして、家まで送り届けようとして、欲が出た。
 もっと陽向と一緒にいたくて、家まで連れてきてしまった。
 
「陽向……」

 俺は、陽向と昔のように仲良くしたい。一緒に笑いあいたいし、一緒に喜びを分かち合いたい。時に、悲しい気持ちも半分こし、一緒に泣きたい。

 ”俺は、陽向の唯一無二になりたい”

 ただそれだけなのに、どうしても素直になれない――。
 祖母に貰った対のクマのぬいぐるみ。あれは、幼い頃、俺が陽向と離れたくないと泣きじゃくっていた時に、祖母が作ってくれたものだ。『離れ離れになっても、ずっと一緒だよ』という気持ちを込めて相手に贈れば、二人の気持ちが通じ合い、いつかまた一緒にいられるというジンクスも一緒に。

 子供だった俺は、それを信じて、陽向に茶色の毛のクマのぬいぐるみを贈った。そして、俺は白いクマのぬいぐるみを毎日のように抱き、陽向を想った。

『早く会えますように』『ずっと一緒だよ』

 そう願ってから六年の月日が流れたある日、父から吉報が届いた。言わずもがな、転勤の話だ。
 
 ――中学二年生になる時、陽向の住むこの町に戻って来ることが出来た俺は、真っ先に陽向の家に向かった。それはもう、胸を弾ませて。

 しかし、会いたかったのは、俺だけだったようだ。
 陽向が玄関から出てきたので、すぐさま声をかけようとしたが、何やら様子がおかしかった。
 ゴミステーションに真っすぐ歩いていく陽向は真剣そのもの。

『今度こそ、今度こそ、戻って来ませんように。絶対に戻って来ませんように……』

 そう呟きながら、俺がプレゼントしたクマのぬいぐるみを袋に入れ、口をキュッと結んでから、山のように置かれたゴミの上にそれを置いた。

 ショックで、声も出なかった。

『絶対に戻って来ませんように……』

 それは、俺と二度と会いたくないという願い。俺と、一緒にいたくたいという、陽向の心からの願いだと感じた。
 幸い、俺の引っ越し先は、以前住んでいた家とは違う。学区が変わった俺は、偶然でもない限り陽向と会うことはない。金輪際、陽向と交わることなく、生きていこう。そう思った。

 しかし、それでも往生際の悪い俺は、白いクマのぬいぐるみを捨てられずにいた。陽向は、捨てたというのに――。
 
 それから月日は流れ、俺たちは高校生になった。
 神様の悪戯とは皮肉なもので、そこで俺たちは再会してしまった。

 正直嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、運命なのではないかと思った。しかし、そう思っているのは自分だけ。陽向はそうは思っていない。だからか、口からは思ってもないことが出てきた。

『ちっさ』

 身長が低いからって、関係ない。小さい陽向は可愛いし、愛おしい。そう本心で話せたら、もしかしたら、陽向は俺ともう一度友達になってくれるかもしれない。もう一度、仲良くしてくれるかもしれない。この先ずっと一緒にいられるかもしれない。

 けれど、本心を伝えて、本気で拒絶されたらと思うと、言えなかった。

 それからも、俺は事あるごとに陽向にちょっかいをかけた。
 だって、許せなかったのだ。俺とは一緒にいたくないくせに、他の奴らには愛想を振りまいて、仲良くして、可愛がられて……俺だって、陽向ともっと話したい。笑いあいたい。陽向ともっと……。

「それに、何だよ『森本』って。昔みたいに、名前で呼べよ。『冬也君』って、名前で……」

 ただ、分からないことが一つある。
 先日、浅田が陽向の家に招かれたので、様子を見に行った。もちろん、浅田が羨ましくて邪魔をしようと思って行っただけだ。他に意味はない。

 そこで見たのは、陽向が捨てた茶色のクマのぬいぐるみだった。それが、陽向の家の塀の上に置いてあったのだ。

 違うものだろうかと目を疑ったが、足の部分に小さく『H・T』と刺繍がされていた。陽向のHと冬也のT、祖母がこっそり入れてくれた刺繍だ。

 俺があげたもので間違いはないのだが、あれは中学二年生のあの日、陽向が捨てていた。ゴミ収集業者に回収されたところは見ていないので、もしかしたら、陽向が思いとどまって家に持ち帰ったのかもしれない。若しくは、家族の誰かが気付いて持ち帰ったか。

 その真意は分からないが、あの時、ほんの少し希望が持てた。持てたのに、それを陽向に届けた時の反応ときたら、拒絶の何者でもなかった。

「やっぱ、ブランコから落としたの、根に持ってんのかな……」

 わざとではなかったが、俺がバランスを崩したせいだ。そのせいで、陽向の後頭部に大きな大きなたんこぶが出来てしまった。
 
「どうする? ここも、居心地悪いって。陽向、もう来てくれないな」

 俺は、白いぬいぐるみの頭をひと撫でした――。