幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

 目を瞑っていたら、なんだかんだ寝ていた僕も六時限目の終了のチャイムで目を覚ました。

(んー、良く寝た)

 伸びをした僕は、気分爽快。
 ベッドから出て、シーツの皺を伸ばしてから、保健室の先生に挨拶する。

「先生、ありがとうございました」
「顔色も良いわね。けど、気をつけて帰るのよ」
「はぁい」

 間の抜けた返事をしてから、僕は保健室を後にした。
 そのまま教室に荷物を取りに行きたいところだが、僕は、保健室から戻った後の、皆が心配してくるあの空気が嫌いだ。故に、帰りのホームルームが終わるまで、トイレにでも行って時間を潰すことにした。

 ◇◇◇◇

 トイレに隠れること二十分。
 そろそろ教室には誰もいなくなっていることだろうと思い、流しで手を洗って、ハンカチを取り出した。

 ちなみに、トイレでは何もしていないが、出て行った時にバッタリ誰かに出会してしまって、『チビは、トイレに行っても手を洗わない』と妙な噂を流されたら困るので、しっかりとハンドソープもつけて洗った。

 それはさて置き、手を拭きながらトイレから出た僕は、曲がり角で誰かにぶつかった。

「わっ」

 僕はゆっくり歩いていたのに対し、向こうは急いでいたのか、走っていたよう。ぶつかった反動が強すぎて、僕は尻餅を付いた。

「いてて……ごめんなさい」

 謝りながらぶつかった相手を見上げれば、森本だった。しかも、図体がデカくて、何のダメージもなさそうだ。

「陽向」

 ただ、僕を呼ぶ森本は、息を切らしていた。

(もしかして、僕を探して……?)

 体育の時の心配そうな顔を思い出す。
 今もその延長で心配してくれているのだろうか。それなら、嬉しい……と、胸が弾みそうになったのも一瞬のこと。

「悪い。小さすぎて見えんかった」

 僕の眉間には、皺が寄る。

(こんな奴が、僕を探すはずないよね。さっさと帰ろ)

 怒りを露わにしながら立ち上がり、森本の脇を大股で通り過ぎようとすれば、パシッと腕を掴まれた。

「な、なに?」
「帰るぞ」
「だから、荷物取りに」
「ある」

 森本は、スクールバックを二つ、肩に掛けていた。

「もしかして……それ、僕の?」
「俺が送り届けることになってるから」
「それは、親を呼ばれないようにする為の……」

 僕の発言も虚しく、森本は背を向けて歩き出した。

「ちょ、僕の鞄!」

 僕は、鞄を追いかける。
 「返して」と何度言っても無視され、それは一向に森本の肩から離れない。階段を降りて、靴箱を通過し、駐輪場に着いても離れない。そして、自転車の前で、森本がやっと後ろを振り返った。

「陽向」

 その声と同時に、ポンッと弧を描いて自転車の鍵が飛んできた。

「わッ、な、投げないでよ」

 取り損ねた僕は、森本を睨みながら下に落ちた鍵を拾い、自転車の鍵を開けた。

「鞄、返して」
「はいはい。しつこいな」

 森本は、やっと鞄を肩から外し、その一つを僕の自転車の前カゴに入れた。

「ん……?」

 違和感を感じ、鞄の持ち手を持ってみた。
 微妙に違う。何かと問われれば分からないが、何かが違う。

 中身を確認すれば、教科書には『森本冬也』と名前が書いてある。

「森本、間違ってる! 鞄、反対! って、もういないし」

 森本は、既に自転車を走らせていた。

「森本でも、間違うことあるんだ」

 そんな感想を抱き、僕は、またもや鞄を追いかけ、今度は自転車を走らせた――。

◇◇◇◇

 自転車も脚の長さが影響するようで、森本は余裕そうに漕いでいるのに対し、僕は必死だ。ただ、何故か、僕が赤信号に引っかかった時、先に行ってしまった森本は、横断歩道の向こう側で待ってくれている。

「どうせ待つなら、横断歩道の手前で待てば良いのに……」

 そうすれば、横に並んで鞄を間違えていることを伝えられるのに。
 それより、何故、森本はそこで待ってくれているのか。疑問に思いつつも、横断歩道の信号が、赤から青に変わったので、僕はペダルに力を加えて前に進んだ。同時に、森本も自転車をこぎ始めた。

「てか、この道って……」

 僕の通学路だ。
 もしかして、森本は、本当に僕を家まで送り届ける気なのだろうか。だから、わざと鞄を間違えたのだろうか。そうでもしないと、僕が森本に付いて行かないから。そうだとすると、森本は本当は良いやつなのだろうか。普段あんなに嫌味を言われるのも、愛情の裏返しのような……そんな感じだろうか。

 ぐるぐると考えていたら、森本が通学路から逸れた。
 怪訝に思いながら、僕もそれに付いて進んでいくと、そこは見知らぬ土地。そして、森本が自転車をマンションの駐輪場に置いた。

「ちょ、森本! 待って!」

 前言撤回だ。
 家まで送り届けてくれているなんて思った僕が、大間違いだった。ここは、おそらく森本の住んでいるであろうマンションだ。

 僕も自転車を森本の自転車の横に並べて置き、急いでマンションのエントランスに向かう。三〇四号室の郵便受けを確認する森本は、僕の呼びかけに振り向きもせず、自動ドアの向こうに歩いて行った。

「もう、少しは止まってよ!」

 大きな声で言えば、森本がピタリと止まった。否、僕の声で止まったのではなく、エレベーターを待っているだけのようだ。しかし、森本に追いつくには、今がチャンスだ。僕は自動ドアの向こうに急いで――――。

 ――ガンッ。

 自動ドアは、オートロックだったようだ。それに額を打ち付けた。

「痛ッ」

 痛む額を両手で押さえつつ、その場に蹲る。

「うう……今日は、厄日かな」

 鞄さえ交換してもらったら、すぐに家に帰るのに。家に帰って、モリーさんに愚痴を……。
 半分涙目になっていると、自動ドアが開いた。
 目の前に陰がさしたので上を見上げれば、森本がポケットに手を突っ込んで、気だるそうに僕を見下ろしていた。

「何してんだ?」
「何って……」
「もしかして、ストーカー? こわ」

 本気で泣きそうだ。
 誰が好き好んで森本なんかをストーカーするもんか。

「鞄、返して」
「鞄?」

 森本は、訝し気に、肩にかけている鞄を見た。

「ああ、これ、お前の?」
「そうだよ。何度も声かけてんのに、全然気づいてくれないから」

 ムッとしていると、森本に二の腕を掴まれた。そして、僕は引っ張られるようにして立ち上がった。

「おでこ、やっぱ重症なんじゃね?」

 前髪をかき上げられた。
 しかも、まだ二の腕を掴まれたままで、且つ対面しているため、距離が至極近い。
 ここまで近いのは初めてで、森本相手にドキリとしてしまう。

「来い」
 
 前髪をかき上げていた手は離れたが、二の腕を掴んでいる手に力が加わった。抵抗する間もなく、僕は引きずられる。

「ちょ、どこに」
「冷やす。保健室のじゃ足らんかったみたい」
「足りないって……」
「おでこ、真っ赤」

 僕は、額に手を当てて否定する。

「いやいやいや、これ、さっきそこで打ったやつ」
「へぇ」
「へぇって……」

 森本は、何がしたいのか。一緒にいると疲れる。疲れるが、森本の腕を払いのけることが出来ず、一緒にエレベーターに乗って三階に向かった。そして、三〇四号室の部屋の鍵が開けられた――――。