幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

 あれから三日経つが、モリーさんは喋らない。

 今は体育の授業中。
 体育館の隅で、十人の男子生徒がバスケをしている様を眺めながら、一人溜め息を吐く。

「はぁ……」

 お風呂でのあれは何だったのか。ぬいぐるみが喋らないに越したことはないのだが、何だか寂しい気持ちになるというか、つまらないというか……言葉に言い表せない虚無感に苛まれている。

「チビだから、ゴール届かなくて落ち込んでんのか?」

 僕と同様、休憩組の森本が声をかけてきた。
 いつものように嫌味を言われているのに、言い返す気力もない。

「はぁ……」

 再び溜め息だけを吐けば、森本が衝撃を受けたような顔をした。

「熱でもあるんじゃないのか?」

 額に大きな手を当ててくるので、軽く払いのける。

「あっち行って」
「最近、溜め息ばっかじゃん。保健室行けば?」
「余計なお世話」

 近寄るなオーラを出しているにも関わらず、森本は気にした様子もなく隣に座ってきた。すると、周囲にいたクラスメイトが茶化してきた。

「やっぱ、ノッポといるとチビが際立つな」
「足して二で割ると丁度良いのにな」
「てか、何だかんだお前ら仲良いよな」

 僕らが一緒にいる姿は、さして珍しくない。席が前後というのも勿論あるが、森本が無駄に嫌味を言いに絡んでくるからだ。それは、クラスが別だった一年生の時から。

 感動の再会を果たした入学式では、それはもう驚きと歓喜と様々な気持ちが入り混じったというのに——。

 校門前の桜の木の下での感動の再会。

『冬也……くん?』

 なんとなくの面影で、そう思った。
 森本もまた、驚いた様子で『陽向』と名前を呼んでくれた。ただ、次の一言が余計だった。

 僕は駆け寄って再会を喜ぼうとしたのに、森本ときたら、澄ました顔で言った。

『ちっさ』

 カチンときた。
 もう、友達には戻れないと思った。

 それからも、会えば嫌味ばかり言う森本に、僕は距離を取った。それなのに、気付けばいつも近くにいる。
 側から見れば、喧嘩するほど仲が良い友人に見えているのかもしれない。

 ——過去を思い出していると、目の前にバスケットボールが勢いよく飛んできた。しかし、運動神経の鈍い僕は、それをキャッチすることも、ましてや避けることも出来なかった。ギュッと固く目を瞑って、身構える。

「陽向!」

 森本の声がしたと思えば、コツンと額に何か触れた。目を開ければ、そこには、大きな手があった。
 どうやら、森本がすんでのところでキャッチしてくれたようだ。その手の中には、バスケットボールが収まっていた。

「悪い、チビ、大丈夫か?」

 ボールをパスし損ねたクラスメイトの井草(いぐさ)が駆け寄ってきた。

「あ、うん。僕は、大丈……」

 言いかけたところで、森本は井草にボールを投げつけた。そして、戸惑いながらキャッチする井草を横目に、森本が僕を抱き上げた。

「……は?」

 しかも、お姫抱っこだ。
 突然の浮遊感と、何が起こっているのか分からない戸惑いで呆気に取られていると、森本が体育担当の先生に向かって言った。

「先生。間宮君の頭にボールが当たったので、念のため保健室に連れてってきます」
「悪いな。森本、頼んで良いか?」
「はい」
「え、いや、僕は……」

 ボールは森本がキャッチしたので当たっていないことを伝えようとしたが、森本はクルリと先生に背を向けて歩き出した。

「ちょ、森本?」
「黙ってろ。脳震盪でも起こしてたら大変だ」
「いや、当たって」
「当たった。俺の手の甲、陽向に当たった。衝撃が脳に来てんだろ」
「あんなの触れた……だけだし」

 僕はピンピンしているのに、下から見る森本の顔は、本気で心配しているように見える。
 いつも嫌味ばっかり言ってくる森本が、僕の心配などするはずがないのに……調子が狂う。
 
 これ以上は何も言い返せず、僕は黙って抱っこされた——。

◇◇◇◇

 保健室に着くなりベッドに寝かされた僕は、とりあえず目を瞑ることにした。何故って、ベッドサイドの椅子に座っている森本が、めっちゃ見てくるから。穴があくほど見てくるから。

「どう? 吐き気とか、する?」

 森本の後ろから、保健室の先生が心配そうに声をかけてきた。

「とりあえず、保冷剤で冷やしましょうか」

 ハンカチで包まれた保冷剤を先生から奪うようにして取った森本は、僕の額にそれを当ててきた。

「先生。間宮君、今朝から調子悪いようなので、六時限目も休ませて良いですか?」
「あら、そうなの? 確かに、顔色が悪いような気もしなくもないわね。親御さん呼んだ方が良いかしら」

 目を瞑っていた僕だが、勝手に体調不良にされていくこの状況に、口を挟まずにはいられない。目をパッと開いて、起き上がろうとした——が、頭が上がらない。

「ちょ、森本」
「なに?」
「なに? じゃないよ。おでこの、どけて」

 保冷剤を思い切り額に押し付けられており、ベッドに縫い付けられたように頭が動かない。

「ちゃんと冷やした方が良いだろ」
「だから、僕は、どこも……」

 まただ。
 無表情の森本だが、その顔が曇っている。本気で僕を心配しているように見えて、何も言えなくなった。しかし、これだけは伝えなければ、大ごとになりそうだ。

「先生。親は、大丈夫です。寝てたら治りますから」
「けど、帰りに倒れられでもしたら……」

 困った顔の先生に、森本が言った。

「俺が送って帰るんで、大丈夫です。家、近いですし」

 普段なら言い返すところだが、仕事中の親を呼び出されるのは困る。僕は、森本と話を合わせることにした。

「先生、そういうことなんで、親は大丈夫です」
「そう? じゃあ、宜しく頼むわね。念のため、親御さんには電話だけ入れておくから」

 電話も不要だが、おそらく責任の所在云々があるのだろう。

「宜しくお願いします」
「じゃ、森本君は、教室戻ってなさい。もうすぐ五時限目も終わるだろうから」
「はい」

 ——休まなくても良い六時間目の日本史の授業を休むハメになってしまったが、森本も教室に戻り、一件落着。
 僕は、真っ白いカーテンの中で、重くない瞼を閉じた。