幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

 呑気な声を上げて部屋に入ってきた浅田と井草は、僕を見て、あっと息を呑んだ。
 そんな二人に、僕は無理やり笑顔を作る。

「二人とも、来てくれてありがとう」
「間宮氏!? どうしたでありますか!?」
「病院、行ったのか!?」
「うん。どこも異常ないんだって」
「そんな訳……」

 似たようなやり取りは、散々両親とやった。もうお腹いっぱいだ。
 それより、二人には帰ってもらうのが一番だろう。特に井草は……。

 そう思った時だった。井草が身震いした。

「ん……なんか、この部屋、寒いな。陽向、お前大丈夫か?」
「え、あ、うん」

 母は、壁にかかったエアコンのリモコンを手に取って、首を傾げた。

「寒いかしら? エアコン付いてないんだけどね。私はちょっと暑いくらいだけど、更年期かしら。嫌だわ」
「お母様、大丈夫であります。自分も暑いですから」
「あら、優しいのね。ね、お父さん」
「そうだね。けど、この子、大丈夫かな。唇が紫になってきたよ」

 父が、ガクガクブルブルと震える井草に毛布をかけてやる。顔色も相当悪くなってきた。このままでは、僕よりも先に、井草の方がモリーさんに呪い殺されそうだ。

「冬也君」

 名前を呼んでみるが、冬也は無表情で返事をしない。心ここにあらずとは、こういう時に使うのだろうか。

 僕は、隣に座る冬也の手の上に自身の手を乗せた。すると、やっと我に返った冬也は、僕を見た。

「冬也君。あのさ、外、行かない?」
「外? そんなんで行けるわけねぇだろ。ちゃんと休んでろ」
「大丈夫。近くの公園。昔、良く行ったとこ、行きたい」
「でも……」

 冬也が、僕の手を握り返してきた。その手は、モリーさんのものとは違って温かい。
 渋る冬也に気付かれぬよう、僕は母に視線を送った。すると、母は僕の思いを汲み取ってくれたよう。わざとらしく言った。

「あー、そうだ。そろそろシーツも新しいのにしたいし、お母さんとしては、少しだけ外に出てくれてると有難いんだけどなぁ」
「ですが、おばさん。陽向は……」
「陽向も気分転換になるだろうし。ね、陽向」

 ちなみに、両親は、モリーさんの正体が冬也の生霊だと、中村から聞かされている。
 ただ、浅田と井草を部屋にあげた所からして、細かいことまでは説明していないのだろう。それでも、冬也の精神が僕の死に直結することは伝えているので、今の状況から色々と察してくれていると思う。主に、怖がりで感の良い父が。

「冬也君、少しだけでも、陽向を外に連れ出してやってくれないかな?」
「おじさん……」

 僕と母、そして父を順番に見る冬也は、頷いた。

「分かりました。陽向、辛くなったら、すぐに言うんだぞ」
「うん。ありがとう」

 僕は、ゆっくりと立ち上がってから、モリーさんを手に持った。
 
「それ、持ってくのか?」
「あー、うん。幽霊って、日光に弱いらしいよ」
「そうか」

 嘘ばかり吐いて申し訳ない気持ちになりながらも、震える井草を放ってはおけない。モリーさんは、一定の距離の者しか呪えないらしいので、遠ざけるのが一番だ。

「そうだ、浅田君」

 井草に寄り添う浅田に、僕は声をかけた。

「なんでありますか?」
「ケーキって、二つ用意すること、出来る?」
「出来ると思いますが……いつでしょう?」
「二十八日。冬也君も誕生日なんだって」
「冬也君とは……森本氏でありますか? それは、なんという偶然!」

 皆の視線が、冬也に集まった。
 よろけた僕を支える冬也は、怪訝な顔を僕に向けてきた。

「陽向、何考えてんだ?」
「何って、誕生日は、みんなで祝った方が楽しいから。中村君も呼んでさ、みんなでしようよ」
「俺は……」

 きっと、僕にだけ祝われたいのだろう。
 しかし、このままでは、冬也が生きづらいと思うのだ。僕と二人きりの世界なんて存在しないのだから。そして何より、大勢で祝われる誕生日を味わってもらいたい。僕は、いつもそうだったから……。

「冬也君。とりあえず、外、行こう」
「お、おう」
「母さん、“シーツ”、宜しくね」

 僕はベッドではなく、井草を見て言った。

「どうしようもなかったら、専門の人、呼んだ方が良いと思うから……」
「そうね。分かったわ」

 何度も中村を呼ぶハメになりそうだが『そういう仕事だから、大丈夫』と言われている。それに、中村は、こうなることは想定内だ。遅かれ早かれ、井草は一番危ないから注意するように言われていた。

 見舞いにきた友人二人を置いて、僕は冬也と共に、外に向かった――。

◇◇◇◇

 雲一つない空は真っ青で、気分も晴れる。
 室内より外の方が暑いが、それでも汗をかくほどではなく、過ごしやすい。

 家から徒歩三分の公園に、十分かけてきた僕ら。
 日曜だからだろうか。公園内は閑散として、人はいない。
 鳥のさえずりや虫の鳴く音が聞こえるのどかな公園のベンチ。そこに冬也は座り、僕もその横に座った。

(あー、しんど……)

 普段なら絶対にしないが、冬也が僕に執着していることは知っているため、きっと怒らないだろう。そう思った僕は、冬也の膝の上にゴロンと頭を乗せて横になった。

「陽向……?」
「ごめん、少し膝貸して」

 冬也は返事をすることなく、僕の頭を梳くように優しく撫でてきた。

「あー、猫ってこんな感じなのかな?」
「不快?」
「ううん。気持ち良い。もっとして」

 僕も心地良いが、冬也の精神も少し落ち着いたのかもしれない。気分が、ほんの少し楽になった。

「冬也君。あれ、覚えてる?」

 僕は、風でキーキー揺れるブランコを指差した。
 昔話をしようとしただけなのに、冬也は申し訳なさそうに頷いた。

「あの時は、悪かった」
「もう、なんで謝るの? 僕は、謝らせたい訳じゃないよ。楽しかったなぁって思って」
「頭打ったのに、楽しかったのか?」
「楽しかったよ。冬也君は、楽しくなかったの?」

 冬也は、首を横に振った。

「ううん。超楽しかった」 
「ふふ、だよね」

 ぼんやりとそこを眺めていると、幼い頃の僕と冬也がブランコを漕いでいる光景が目に浮かんだ。実際には誰もいないはずなのに、笑い声まで聞こえてきた。それに耳を澄ませながら、穏やかな表情で冬也を見上げる。

「知ってる? あの時はさ、僕の方が背が高かったんだよ」
「そうだったか?」
「そうだよ。多分、五センチは高かった」
「それはないだろ」
「それはないかも」

 ハハハと二人で笑いあう。
 この時間が心地良くて、何故、僕はもっと早くから素直になっていなかったのかと後悔する。
 一瞬の静寂に包まれ、僕らは見つめ合った。

「冬也君。君はさ……」

 どうしたら、安心するの?
 どうしたら、この不安から解消されるの?
 どうしたら…………。

 考えても分からない。僕は、そこまで出来た人間じゃない。
 冬也君と仲良くしたいと思う反面、僕は、ただ自分が助かりたいことだけを考えている。僕は、ただ、自分が助かりたいがために、冬也を騙している。ずるい人間だ。

「陽向?」

 僕の目からは、一筋の涙が伝った。

「……死にたくないよ」

 力の入らない体を無理やり起こし、僕は冬也に泣きついた。冬也は、包み込むように抱きしめてくれた。大きなその手が、僕の背を優しく撫でた。

「陽向、俺が助けてやるから。俺が……」
「冬也君。ぅう……」

 その胸に縋りつくように、僕は泣いた。ひたすら泣いた。わんわん泣いた。

 ――どのくらい泣いたのか、気がつけば、僕よりも冬也の方が泣いていた。声は出していないながらも、その両の瞳からは、ボロボロと涙が零れていた。

「どうして……ヒックッ……冬也君が……うう……泣いてるの?」
「だって……」
「冬也君……僕……」

 嗚咽を我慢しながら、言葉を紡ぐ。

「冬也君が、大事だよ。すっごく、大事だよ……」
「陽向、俺も……」
「けど、僕は他の人も大事」
「…………」
「お母さんやお父さんだけじゃなく、浅田君や井草君、中村君だって大事」

 彼らとの関係は、まだまだ浅いかもしれない。それでも――。

「僕の一生に関わった、かけがえのない人たち。彼らを置いて、冬也君を置いて、一人で死ぬなんて嫌だよ……」
「陽向。だから、それはさせない。俺が守るから」

 冬也が肩を掴んできた。
 僕だって守られたい。死にたくない。だけど、僕を殺そうとしているのは、紛れもなく――――。

「冬也君は、僕と生きたくないの? 僕と……死にたいの?」
「そんなの」
「僕は、生きたい! 冬也君と、生きたい!」

 力強く言えば、何かがパンッと弾けた気がした。

「モリー……さん?」

 クマのぬいぐるみから、すぅっと霊体が出てきた。

『悪かったな。俺だって、生きたいよ。陽向と』

 そして、霊体の冬也と実体の冬也が重なった。

『「俺は、陽向と過ごせなかった空白の十年間。それを埋め尽くすほどに、色んな思い出を作りたい。喜びや悲しみを分かち合いたい。俺は、陽向と生きていきたい」』
「冬也君……」

 僕は、フッと笑った。

「何言ってんの?」
「陽向?」

 きょとんと不安げな色を見せる冬也に向かって、僕はクマのぬいぐるみのモリーさんを得意げに見せた。

「冬也君、ずっと一緒だったじゃん。空白の十年間なんて、ないんでしょ?」

 呆気に取られるようにして固まる冬也。次の瞬間、ふわりと抱きしめてきた。そして、頭をクシャクシャと撫でてきた。

「陽向のくせに、生意気」
「へへ」
「褒めてないんだけど」

 ――僕は、体の隅々まで、血色が戻っていくのが分かった。