――ということで、僕は冬也と二人、自室で遅めのランチを食べることにした。
「…………」
「…………」
会話をしなければ何も始まらないというのに、かれこれ十分経つが、気まずくて無言が続いている。
そして、昨日からほぼ何も食べていなかったこともあり、食が進まない。
鮭雑炊をスプーンで掬っては、それを口に運ぶことなく土鍋に戻す。それを繰り返していると、冬也は両手を合わせて、小さく呟いた。
「ごちそうさまでした」
僕の中で、きちんと『いただきます』と『ごちそうさまでした』を言う冬也の好感度が上がる。
それはさて置き、会話をしなければ。
何故ならば、モリーさん(冬也の生霊)を祓うには、実態である冬也の『精神の安定』これに限るらしい。これが安定すれば、満たされたモリーさんは、自ずと冬也の身体に帰っていくのだとか。
その為には、何故か僕に執着している冬也に、『僕の大切な人は、冬也である』ということを実感させる必要がある。しかも、ただ大切な存在だけではなく、”誰よりも”特別”な存在であると思わせなければ、執着心の強い冬也は納得しないだろう。と、中村に助言を受けた。
ちなみに、このことは冬也には伝えていない。伝えてしまえば、モリーさんを祓いたいが為に嘘を吐いていると、疑心暗鬼にさせてしまうから。心の底から、信じてもらわなければならない。
ただ、何も聞かされていない冬也は、苛々が全面に出ている。
「徹、さっき、なんて言ってた?」
「あー、うん……」
煮え切らない返事をしていると、更に苛々し始めたのが見て取れる。
「食わねぇの?」
「食べる……けど」
「俺、自分のだけでも先に食器片づけてくる」
「食べるの遅くて……ごめん」
冬也は、うんざりしたように溜め息を吐いてから、一人分の空になったお膳を持って部屋を出た――。
ダメだ。
夢の中では、あんなにもスムーズに、にこやかに会話が出来るというのに、現実は厳しい。
じっくりゆっくりと関係を深めていけば良いのかもしれないが、それでは僕の体がもたないらしい。
ここ最近、僕は井草と仲良くなって、しかも冬也の誕生日を差し置いて、そっちの誕生日会を開くことになってしまった。何も言わない冬也だが、随分と嫉妬に狂っているようだ。それ故に、モリーさんが暴走して、今に至っている。
(てか、冬也君の誕生日が五月二十八日なんて知らないし。先に教えてくれてたら、そもそも誘ってないし……)
いや、誘わなければ、それはそれで嫉妬に狂って……結局同じ結末か。
雑炊をツンツンと突いていると、扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
一応返事をすれば、冬也が入って来た。
「律儀にノックしなくて良いのに」
「礼儀、知らねぇの?」
これまでならムッとして言い返しているところだが、冬也の僕に対する気持ちを知ってしまった今、この刺々しい態度は全て愛情の裏返しなのだと、寛容な態度でいられる。
「冬也君って、ちゃんと育てられてるよね」
「馬鹿にしてんのか?」
「してるわけないじゃん。素敵だなって思って」
ニコッと笑いかければ、冬也は机を挟んだ向かい側に座りながら、照れを隠すように咳払いした。そして、僕の前の雑炊を少し横にずらしてから、空いたそこに、カップのバニラアイスをポンッと置いた。
「僕に……?」
「体調悪い時は、そういうものの方が食べやすいだろ?」
食べるのが遅い僕を待ちきれず、片づけを先に済ませたのかと思っていたら、冬也は、これを取りに行っていたようだ。胸がジーンと温かくなる。
「ありがとう」
ほんわかした気持ちでバニラアイスの蓋を剥がし、スプーンを入れる。パクリと食べれば、甘くて優しい味がした。
「ありがとう」
もう一度礼を述べれば、冬也はプイッと視線を逸らした。
「それ食ったら、一旦休め」
「うん」
今なら、冬也の誤解も解けるかもしれない。この雰囲気に任せて、僕は言った。
「冬也君。あのさ、中村君から聞いたんだけど……」
「徹から? 何を!? 除霊の仕方か!?」
前のめり気味に聞いてくる冬也の圧が凄い。
それに押されながら、僕は首を横に振った。
「そうじゃなくって……」
「チッ、あんな格好して、ただの詐欺師だったとはな」
「いや、中村君は本物だと思うよ」
「あんな奴の肩を持つのか?」
友人をあんな奴呼ばわりとは……。
けれど、執着している存在に対して、『このままでは死ぬ』などと脅しておいて、何もせずに帰ってしまった中村を責めたい気持ちも分かる。モリーさんが冬也の体に戻ったら、きちんと二人の仲を取り持とう。そう心に誓う。
「えっと、肩を持つとかじゃなくって、僕と冬也君の話」
「俺と陽向?」
前のめり気味だった冬也は、一旦元の位置で胡坐をかいて座った。
僕は、やや緊張気味に、一拍置いてから口を開いた。
「そう。僕ら、お互いに誤解してたみたいで……」
「誤解?」
「僕、冬也君が戻ってきてくれて、すっごく嬉しかったよ」
そこまで普通に言えたのに、時間差で恥ずかしくなってきた。火照る顔を冷やそうと、アイスを一口掬って口に入れる。
そして、肝心の冬也は、何も喋らない。無表情で感情も読み取れない。
「えっと、モリーさんを捨てようとしたのは事実だけど、それは、冬也君が嫌いとかじゃなくってさ、大きくなるにつれて、男の子がクマのぬいぐるみを持ってるなんて恥ずかしくって……」
言い訳にしか聞こえないだろうが、事実は事実。大切な人がくれた物を捨てようとしたことは謝罪しなければ。
「だから、モリーさんを捨てようとしたことは、ごめん。だけど、戻ってきて欲しくないなんて思ったことは、一度もないから」
「でも、陽向。あの時……」
「戻ってきてほしくなかったのは、モリーさんの方。普通に怖いじゃん? 捨てたのに戻って来る人形なんて。冬也君に見られてたのが何回目か知らないけど、この度、十五回目だよ」
もはや、震えを通り越して、苦笑ものだ。
「じゃあ、俺……」
どうやら、三年越しに誤解は解かれたようだ。
全身の重だるさが、更に引いたのが分かった。
この調子なら、冬也の精神の安定もすぐだろう。そう身をもって実感している時だった――。
――ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
「また、中村君かな?」
「アイツだったら、SNSでアンチ書いてやる」
「はは……」
本気で仲を取り持たないと、命の恩人が詐欺師のレッテルを貼られる予感しかしない。
「まぁ、ただのセールスかも。よく来るから。それより、僕は冬也君の引っ越してた時の話聞きたいんだけど」
「俺の?」
「うん。本当は、ずっとそういう話、したかったから」
「陽向……」
僕らの周りに、ふわふわとした空気が流れた。
テーブルが無かったら、感極まって抱き着かれていそうだ。否、冬也が雑炊が乗ったテーブルを軽々と持ち上げて、横に避けた。抱き着かれそうになったその時、部屋の扉が三回ノックされた。
「陽向、お友達来たわよ」
母の声で、冬也が舌打ちしてから、僕の横に並んで座った。
「やっぱ、徹か」
「はは、良いじゃん。友達なんでしょ?」
むくれる冬也を宥めるように言えば、扉から二人の見知った顔が現れた。浅田と井草だ。
「間宮氏、体調は大丈夫でありますか?」
「お見舞い、来てやったぞー」
最悪だ……。
これまた、身をもって実感した。
急に体が重だるくなってきた。
横を見れば、冬也は冷徹な顔つきで、二人……特に井草を睨んでいた。
「…………」
「…………」
会話をしなければ何も始まらないというのに、かれこれ十分経つが、気まずくて無言が続いている。
そして、昨日からほぼ何も食べていなかったこともあり、食が進まない。
鮭雑炊をスプーンで掬っては、それを口に運ぶことなく土鍋に戻す。それを繰り返していると、冬也は両手を合わせて、小さく呟いた。
「ごちそうさまでした」
僕の中で、きちんと『いただきます』と『ごちそうさまでした』を言う冬也の好感度が上がる。
それはさて置き、会話をしなければ。
何故ならば、モリーさん(冬也の生霊)を祓うには、実態である冬也の『精神の安定』これに限るらしい。これが安定すれば、満たされたモリーさんは、自ずと冬也の身体に帰っていくのだとか。
その為には、何故か僕に執着している冬也に、『僕の大切な人は、冬也である』ということを実感させる必要がある。しかも、ただ大切な存在だけではなく、”誰よりも”特別”な存在であると思わせなければ、執着心の強い冬也は納得しないだろう。と、中村に助言を受けた。
ちなみに、このことは冬也には伝えていない。伝えてしまえば、モリーさんを祓いたいが為に嘘を吐いていると、疑心暗鬼にさせてしまうから。心の底から、信じてもらわなければならない。
ただ、何も聞かされていない冬也は、苛々が全面に出ている。
「徹、さっき、なんて言ってた?」
「あー、うん……」
煮え切らない返事をしていると、更に苛々し始めたのが見て取れる。
「食わねぇの?」
「食べる……けど」
「俺、自分のだけでも先に食器片づけてくる」
「食べるの遅くて……ごめん」
冬也は、うんざりしたように溜め息を吐いてから、一人分の空になったお膳を持って部屋を出た――。
ダメだ。
夢の中では、あんなにもスムーズに、にこやかに会話が出来るというのに、現実は厳しい。
じっくりゆっくりと関係を深めていけば良いのかもしれないが、それでは僕の体がもたないらしい。
ここ最近、僕は井草と仲良くなって、しかも冬也の誕生日を差し置いて、そっちの誕生日会を開くことになってしまった。何も言わない冬也だが、随分と嫉妬に狂っているようだ。それ故に、モリーさんが暴走して、今に至っている。
(てか、冬也君の誕生日が五月二十八日なんて知らないし。先に教えてくれてたら、そもそも誘ってないし……)
いや、誘わなければ、それはそれで嫉妬に狂って……結局同じ結末か。
雑炊をツンツンと突いていると、扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
一応返事をすれば、冬也が入って来た。
「律儀にノックしなくて良いのに」
「礼儀、知らねぇの?」
これまでならムッとして言い返しているところだが、冬也の僕に対する気持ちを知ってしまった今、この刺々しい態度は全て愛情の裏返しなのだと、寛容な態度でいられる。
「冬也君って、ちゃんと育てられてるよね」
「馬鹿にしてんのか?」
「してるわけないじゃん。素敵だなって思って」
ニコッと笑いかければ、冬也は机を挟んだ向かい側に座りながら、照れを隠すように咳払いした。そして、僕の前の雑炊を少し横にずらしてから、空いたそこに、カップのバニラアイスをポンッと置いた。
「僕に……?」
「体調悪い時は、そういうものの方が食べやすいだろ?」
食べるのが遅い僕を待ちきれず、片づけを先に済ませたのかと思っていたら、冬也は、これを取りに行っていたようだ。胸がジーンと温かくなる。
「ありがとう」
ほんわかした気持ちでバニラアイスの蓋を剥がし、スプーンを入れる。パクリと食べれば、甘くて優しい味がした。
「ありがとう」
もう一度礼を述べれば、冬也はプイッと視線を逸らした。
「それ食ったら、一旦休め」
「うん」
今なら、冬也の誤解も解けるかもしれない。この雰囲気に任せて、僕は言った。
「冬也君。あのさ、中村君から聞いたんだけど……」
「徹から? 何を!? 除霊の仕方か!?」
前のめり気味に聞いてくる冬也の圧が凄い。
それに押されながら、僕は首を横に振った。
「そうじゃなくって……」
「チッ、あんな格好して、ただの詐欺師だったとはな」
「いや、中村君は本物だと思うよ」
「あんな奴の肩を持つのか?」
友人をあんな奴呼ばわりとは……。
けれど、執着している存在に対して、『このままでは死ぬ』などと脅しておいて、何もせずに帰ってしまった中村を責めたい気持ちも分かる。モリーさんが冬也の体に戻ったら、きちんと二人の仲を取り持とう。そう心に誓う。
「えっと、肩を持つとかじゃなくって、僕と冬也君の話」
「俺と陽向?」
前のめり気味だった冬也は、一旦元の位置で胡坐をかいて座った。
僕は、やや緊張気味に、一拍置いてから口を開いた。
「そう。僕ら、お互いに誤解してたみたいで……」
「誤解?」
「僕、冬也君が戻ってきてくれて、すっごく嬉しかったよ」
そこまで普通に言えたのに、時間差で恥ずかしくなってきた。火照る顔を冷やそうと、アイスを一口掬って口に入れる。
そして、肝心の冬也は、何も喋らない。無表情で感情も読み取れない。
「えっと、モリーさんを捨てようとしたのは事実だけど、それは、冬也君が嫌いとかじゃなくってさ、大きくなるにつれて、男の子がクマのぬいぐるみを持ってるなんて恥ずかしくって……」
言い訳にしか聞こえないだろうが、事実は事実。大切な人がくれた物を捨てようとしたことは謝罪しなければ。
「だから、モリーさんを捨てようとしたことは、ごめん。だけど、戻ってきて欲しくないなんて思ったことは、一度もないから」
「でも、陽向。あの時……」
「戻ってきてほしくなかったのは、モリーさんの方。普通に怖いじゃん? 捨てたのに戻って来る人形なんて。冬也君に見られてたのが何回目か知らないけど、この度、十五回目だよ」
もはや、震えを通り越して、苦笑ものだ。
「じゃあ、俺……」
どうやら、三年越しに誤解は解かれたようだ。
全身の重だるさが、更に引いたのが分かった。
この調子なら、冬也の精神の安定もすぐだろう。そう身をもって実感している時だった――。
――ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
「また、中村君かな?」
「アイツだったら、SNSでアンチ書いてやる」
「はは……」
本気で仲を取り持たないと、命の恩人が詐欺師のレッテルを貼られる予感しかしない。
「まぁ、ただのセールスかも。よく来るから。それより、僕は冬也君の引っ越してた時の話聞きたいんだけど」
「俺の?」
「うん。本当は、ずっとそういう話、したかったから」
「陽向……」
僕らの周りに、ふわふわとした空気が流れた。
テーブルが無かったら、感極まって抱き着かれていそうだ。否、冬也が雑炊が乗ったテーブルを軽々と持ち上げて、横に避けた。抱き着かれそうになったその時、部屋の扉が三回ノックされた。
「陽向、お友達来たわよ」
母の声で、冬也が舌打ちしてから、僕の横に並んで座った。
「やっぱ、徹か」
「はは、良いじゃん。友達なんでしょ?」
むくれる冬也を宥めるように言えば、扉から二人の見知った顔が現れた。浅田と井草だ。
「間宮氏、体調は大丈夫でありますか?」
「お見舞い、来てやったぞー」
最悪だ……。
これまた、身をもって実感した。
急に体が重だるくなってきた。
横を見れば、冬也は冷徹な顔つきで、二人……特に井草を睨んでいた。



