幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

 僕は、絨毯の上で狩衣衣装を纏った中村と膝を付き合わせて座った。中村の隣には、モリーさんが置かれている。
 普段から仲が良いわけでもないクラスメイトと密室で二人きりというのは、気まずさマックスだ。しかも、相手はコスプレをしている。

 そして、先程まで体が軽かったのに、二人きりになった途端、再び体のだるさが出てきた。
 横になりたい気分になっていると、中村が静かに一人の名を呼んだ。

「冬也。大事なら、ちゃんと考えなよ」
「え?」

 冬也が覗きに来たのだろうかと思い、扉の方に目をやる。しかし、それはきっちりと鍵まで閉まっている。

(あれ? また、急に体が軽くなった)

 手を前に出して、開いたり閉じたりしながら首を傾げる。

「単刀直入に聞くけど、チビは、冬也のこと好き? 嫌い?」
「えっと……」
「冬也には言わないから、正直に答えて」

 冗談のない真剣な口調で聞かれ、僕は照れながらも、伏し目がちに、正直な気持ちを伝えることにした。

「いつも喧嘩みたいになるけど……好き。本当は、昔みたいに仲良くしたい」
「そう」

 口にすることで、不思議と誤魔化していた自分の気持ちが形になった気がした。
 とはいえ、これがモリーさんの除霊と何の役に立つのか。
 
「だ、そうだよ。良かったね」

 隣に座るモリーさんに声をかけた中村は、暫くすると相槌を打つように頷いた。まるで、意思疎通を取っているかのようだ。

「えっと……中村君は、モリーさんと、普通に会話が出来るの?」
「まぁ、霊力高いから。てか、森本だからモリーさん?」

 中村が、クスリと笑った。
 僕は、ムキになるように顔を赤くしながら言い返す。

「ち、違うから! 名前の由来は他にあって、何度も帰って来る人形で、森のくまさんで、と、とにかく、冬也君は、一切関係ないから!」
「まぁ、何でも良いけど」

 自分から聞いてきたくせに、その興味の無さそうな白けた言い方にムッとしてしまう。しかし、言い返す前に、淡々と話が再開された。

「率直に言うと、チビが冬也を好きなら、自分から出て行ってもらうことが可能だよ」
「え、なんで?」
「だってこれ、冬也だもん」

 …………は?

 至極当然といった顔をして何を言っているのか。
 冬也は、先程出て行った。今は、リビングで両親と共に……。

 僕は、閉まっている扉とモリーさんを交互に見た。

「は?」

 もう「は?」しか出てこない。
 冬也は死んでしまったのだろうか。さっきいたのが幽霊で、ここにもいて……?
 混乱していると、中村はそこに置いてある水のペットボトルを手に取り、キャップをひねった。

「あ、それ。僕が飲んだやつだよ」
「違うよ。水かけたら、普通の人にも見えることがあるから」
「あ、モリーさんに? そういえば、この前、お風呂で喋り出してビックリだったんだよ」

 中村は、ペットボトルの三分の一ほど、モリーさんに水をかけた。
 これまでは、クマのぬいぐるみだけが喋っただけだった。それに対し、今回はモリーさんと重なって、半透明の足のない冬也が現れた。

「わ、な、なんで!? 冬也君がいるよ」
「姿かたちがハッキリ見えるってことは、おそらく、チビがあっちの住人に近付いてるってことかな」
「え、うそ。僕、やっぱ死ぬの? 死にたくないんだけど。てか、これは、冬也君も死んでるってこと?」

 軽くパニックを起こしていると、中村がやっと答えを教えてくれた。

「これ、生霊(いきりょう)だから」
『これって言うなよ』
「生霊になってまで、執着しすぎだから。まさか、ここまでとは思わなかったよ」

 冬也……実物と分かりにくいので、今後もモリーさんと呼ぶことにしよう。モリーさんを冷めた目で見る中村に、僕は自分を抱きしめるようにして恐怖を前面に出しながら聞いた。

「生霊ってさ、憎しみだったり恨みで人に憑りつくんだよね? 僕って、殺したいほど冬也君に嫌われてんの?」
「逆」
「逆……?」
「冬也は、チビに好感しか抱いてないよ。冬也は、チビと一緒にいたくて、他の誰かと話してるだけで嫉妬して、チビを独占したいと思ってる」
「そんなはずは……」

 だって、それなら再開した瞬間に『ちっさ』なんて酷いこと言わない。それからも、一切仲良くしようとする素振りは見せてこなかった。それは、勘違いでは決してないと思う。

『だから、俺、前に言ったじゃん。”俺は”嘘は吐かないって』
「”俺は”って……」

 つまり、実体の方は、嘘を吐きまくりだということだろうか。

「そういうこと」
「けど、どうして……」

 震えは止まったけれど、またもや疑問ばかりが浮上する。
 正座していた中村は、かったるそうに足を崩して片膝を立てて座った。

「これは、冬也本人から聞いたんだけどさ。チビ、ゴミ置き場で、そのぬいぐるみ持って『絶対に戻って来ませんように』って言ってたんでしょ?」
「え? いつの話?」
「中二……だったかな。冬也が、こっちに越して来たとき」

 僕がモリーさんを初めて捨てたのは、確か小学校六年生の冬。それから何度もトライしたので、その現場を目撃される可能性は、大いにある。
 
「え、もしかして、それ……」
「状況から踏まえると、そうだろうね」
「いやいやいやいや……普通、勘違いしないでしょ」

 ニコリと微笑む中村と顔を見合わせ、笑った。否、笑うしかなかった。

「ハハハハハ……マジか」

 どうやら、モリーさんに戻って来ないでとお願いした現場を見て、冬也本人のことだと勘違いしたようだ。
 それは、捻くれた性格になるのも分かる気がする。

「けど、冬也君が戻って来たのが中二で、その前からモリーさんは捨てても帰って来てたから……モリーさんって、いつから僕のところにいたの?」
『さぁ、気付いたらいたな』
「そ、そっか」

 まぁ、それが分かったところで、今の現状は変わらない。
 ここにいるモリーさんを除霊するのは忍びないが、しなければ呪い殺されるなら、どうにかせねば……。

「で、どうすれば、モリーさんは、冬也君のところに帰るの? その誤解さえ解ければ大丈夫なの?」
『無理だな。俺は、もう陽向を誰にも渡したくない』
「中村君……」

 助けを求めれば、中村は再び姿勢を正した。霊媒師モードの中村は、少し格好良いかもしれない。
 
 そんな感想を抱きつつ、僕は次の言葉を待った。

「冬也の生霊を冬也本人に戻すには……」
「戻すには……?」