幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

 森本の名前を呼んだ瞬間、重かった体が少しだけ軽くなった。
 苗字ではなく名前を呼ばれたことで、呆気に取られている森本――改め、冬也に聞いてみた。

「冬也君。釣り、好きじゃなかった?」
「好き……」
「一人でいても、孤独を感じないから?」
「なんで、そのこと。俺、誰にも……」

 夢の冬也が言っていた――。
 
『釣りって、一人で出来るだろ? 一人でいても、それが当たり前だから、孤独を感じないんだよ』
『へぇ、そっか』

 僕は、現実の冬也にニッと笑って見せた。

「けど、釣れた時の喜びを誰かと分かち合いたいんでしょ? 一緒に、しよ」

 冬也は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で頷いた。
 何故だか、更に体が軽くなった。血の気も戻っているのではないかと思う。部屋に鏡がないので確認できないけれど。
 軽くなった体を起こせば、冬也が慌てて背に手を回してきた。

「起きて大丈夫なのか?」
「うん。さっきより随分と楽。食欲も出てきた」
「さっきまで、死ぬ間際のジジイみたいだったのに、あれ、まさか演技か?」

 疑いの目で見られるが、右手に感じるモリーさんの気配は、しっかりと感じる。
 一時的に楽にしてくれたのだろうか。油断をしたら、すぐに連れていかれそうな気がする。
 そのことは伝えず、僕は苦笑で返す。
  
「はは、僕がそんな演技出来ると思ってんの?」
「思わねぇ」
「即答って、酷くない? 冬也君、ごめん。そこの水取って」

 丸テーブルの上に置かれたペットボトルの水を取るようお願いすれば、やれやれと言った様子でそれを取ってくれた。しかも、蓋まで開けてくれた。

「飲ませてやる」
「そこまでしてもらわなくても」
「病人は黙ってろ」

 どさっと、ベッドの端に座ってきた冬也。乱暴な口調とは反対に、ペットボトルを口元に持って来る手つきは何とも丁寧で、それは丁度いい角度で傾けられた。
 ぬるくなった水が口の中に入り、ごくりとそれを飲み込んだ。

「ありがとう」
「どういたしまして」

 それから、暫しの沈黙が流れた。
 時計は十三時をさしており、もしかしたら、冬也は昼食を食べていないのでないだろうかと思った。ひとまず、その話題を振ろうかと口を開きかけた時、先に冬也が沈黙を破った。

「てか、なんで今更、名前呼び?」
「嫌だった?」
「良い……けど」
「良いなら良いじゃん」

 僕だって少し照れるが、ここでまた苗字で呼べば、一生名前で呼べないんじゃないかと思ってしまうから。タイミングというのは、大事なのだ。

 ――ピンポーン♪

 来客者が来たようだ。
 両親もいるし、僕が対応する必要はないと、冬也をチラリと見上げる。

「お昼ご飯、食べたの?」
「いや」
「母さんに言ったら、多分作ってくれるけど」
「陽向も食べるなら……御馳走になる」

 遠慮がちに冬也が言った時、トントントンと、部屋の扉がノックされた。返事をする前にそれは小さく開き、母が中を覗いてきた。

「陽向、今大丈夫?」
「うん」
「あら? 少し、顔色戻ってる? やっぱ、生き別れた兄弟が出会えたことで……」

 母が固まった。
 どうやら、僕の後ろにいるモリーさんを見つけてしまったようだ。

「白いのは……?」

 対でやってきたのなら、母も納得できたのだろう。しかし、僕は首を横に振る。

「はぁ……解決策は、それじゃなかったのね」
 
 溜め息を吐く母を見て、冬也は立ち上がった。そして、申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません。俺が妙なものをプレゼントしたばかりに」
「本当よー。陽向が死んだら、冬也君のせいよ」

 母よ。そこは『そんなことないわよー。大丈夫、大丈夫』と、笑って流すところではないのだろうか。珍しく、冬也が落ち込んでいるではないか。
 そんなことを気にした素振りも見せない母は、扉を大きく開いた。

「まぁ、丁度良かったのかしら」
「丁度良いって?」
「霊媒師さんに来てもらったの。今度は、胡散臭いおじさんはやめて、若くてイケメンにしてみたから大丈夫よ」

 何が大丈夫なのか分からないが、個人的には若くてイケメンの方が信用できない。笑顔だけ振りまき、高額な請求だけして帰りそうな気がする。

「さぁ、霊媒師さん。こちらです」
「失礼します」

 疑念の眼差しで、陰陽師のような狩衣衣装を身に纏った、凛とした佇まいの美青年を見た。

「「……は?」」

 僕と冬也は、目を疑った。いや、僕らだけではない。

「えっと……間宮って、もしかして……チビ?」

 そう、胡散臭い衣装を着た彼は、我が校の生徒。しかも、僕らの良く知る人物だ。

「「どうして、中村君(徹)が!?」」
「はは、なんでだろうね」

 気まずそうに笑う中村の後ろで、父が訝し気に聞いた。

「君、陽向の知り合いなの?」
「あー、高校の……クラスメイトです」
「お母さん、帰ってもらおう。高校生なんて聞いてないよ。僕らは、お遊びで雇ったわけじゃないんだ」
「写真では、大学生くらいかなって思ったんだけどね。思ったより、大人っぽく見えるのね」
 
 呑気な母の向こうで、不快感を示す父が中村に帰るよう道を開けている。
 しかし、中村は何かに気付いたのか、僕の後ろを真剣な顔つきで見つめた。その姿は、狩衣衣装を着ているからか、様になっている。

(これ、写真撮って良いかな。浅田君に見せたら、喜びそう。記念写真として、三人で撮る? それなら、自然かな?)

 どうにか中村のコスプレ……仕事着を写真に収めたくて言い訳を考えていると、中村が数珠を持って、手を合わせた。

「チビ……陽向君は、厄介な霊に憑りつかれています」
「そんなテキトーなことを言って」

 言い返そうとした父を中村は、冷淡な目つきで見据えた。

「このままじゃ、死ぬけど……良いの?」

 部屋の中に緊張が走る。
 僕も、写真のことは後回しにしようと、聞き返す。

「ねぇ、中村君なら、どうにか出来るの?」

 冬也も縋るように中村に頭を下げた。

「頼む。何でもするから、陽向を……陽向を助けてくれ!」
「冬也君……」

 いつも嫌味ばかりの冬也が、ここまで責任を感じてくれるなんて……僕のことを考えてくれているなんて……。

 ……何故?

 やはり、死が関わって来るからだろうか。自分のせいで死んだなんて、後味が悪いから。そこだけは解決させておきたいのだろうか。

 疑問を抱いていると、中村は学校で見せる面倒臭そうな顔を見せた。

「方法は、二つ。強制的に除霊するか、自分から出て行ってもらう様にするか」
「そんなの強制的に……」
「しても良いけど、それだと根本解決にならないから、また来るかも。まぁ、どっちにするか確認するから、一旦チビと二人にさせてくれる?」
「は? 嫌だ」

 不機嫌そうに即答したのは、冬也だ。
 またもや、頭の上にクエスチョンマークが浮上する。何故、両親ではなく冬也が断るのだろうか。

「ったく、そんなこと言ってたら、死ぬよ」

 『死』その言葉は重く、冬也は渋々頷いた。

「分かった」
 
 両親も同様だ。
 
「除霊出来なかったら、お金は払わないよ!」
「良いじゃない、お父さん。イケメンなんだから」
「お母さん、そういう問題じゃないよ」

 ――こうして、部屋の中には僕と中村、そして、右隣にいるであろうモリーさんの三人になった。