幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

 そして、いよいよモリーさんの生存確認の時間がやってきた。いや、元々生きてないか。

 誰もいない家の玄関のカギを回し、ドアノブに手をかける。

「浅田隊員、準備は宜しいですね」
「はい、であります!」

 玄関に足を踏み入れれば、薄暗い廊下の電気が、自動的にパッと付いた。これは、センサーによるもので、当たり前の現象。しかし、脳が錯覚しているようで、まるで怪奇現象が起こったように感じる。

 扉を閉めて靴を脱げば、鼓動が早く鳴るのを感じる。浅田と目を合わせて頷くと、インターフォンが鳴った。

 ――ピンポーン。

「……え?」
「まさか、玄関から堂々とでありますか!? 足が生えてやってきたでありますか!?」
「足は小さいのがあるけど……って、いやいやいや、そんなことはないって。今までだって……」

 どうやって入って来たかは知らない。いつも、気が付いたら僕の机の上にチョコンと座っているから。

 手が震えて扉を開けられないでいると、インターフォンが連打された。

 ――ピンポン、ピンポン、ピンポン。

「ひーなーたーくーん」

 扉の向こうから低音ボイスが聞こえてきた。

「モリーさんは、男の子だったのですね」
「あー、そこまでは知らないけど、この声、どこかで……?」

 どこだったろうか。考えながらも、人間の可能性が出てきたため、僕は恐る恐る扉を少しだけ開けた。

「……はい」

 顔だけ出して確認した僕は、ゆっくりと扉を閉めた。

「間宮氏、誰だったでありますか?」
「モリーさんより、恐ろしい人」
「それは……」

 ガチャッと、勝手に扉が開いた。

「おい、来客者に失礼だろ」
「わッ、森本氏でありましたか!」

 そう、来客者は、森本だった。
 彼がここに訪れるのも約十年ぶり。

「な、何しに来たの?」
「これ、お前んだろ? 塀のところに置いてあった」
「…………」

 十二度あることは、十三度ある。
 森本が片手に持っていたのは、モリーさんだった。

「それ、あげる。いや、返す」
「は?」
「とにかく、それ持って帰ってよ!」

 僕が声を荒げる横で、浅田が「まぁまぁまぁ」と宥めてくるが、どうにも怒りが収まらない。

「僕に恨みでもあるの!? だから、こんなもの……」
「恨みなんてあるわけねぇだろ。むしろ」

 森本が言葉を詰まらせた。

「むしろ、何?」
「むしろ……むしろ、恨まれるくらい、背、伸ばせよ」

 カチンときた。僕に身長の話は厳禁だ。
 プイッと視線を外し、足先を室内の方へと向ける。

「浅田君、せっかくだから、漫画読んで帰ってよ」
「で、ですが……森本氏は」

 浅田は、動揺した様子で僕と森本を交互に見た。しかし、僕は有無を言わさず、浅田の手を取って二階に続く階段を上る。

「チッ、浅田!」

 舌打ちをしながら、森本はモリーさんを放り投げた。反射的に、浅田はそれをキャッチする。

「それ、届けたかんな」

 不機嫌そうに森本は出て行った。
 それを尻目に、僕は浅田と共に六畳一間の自室に入る。

「良かったでありますか? 森本氏は、幼馴染でもありますよね?」
「家が近くて、小さい時よく遊んだだけの仲だよ。今は、僕を見下してる嫌な奴。しかも……」

 僕は、浅田の手からモリーさんを取って、その頭を撫でた。

「家の外にいたんなら、森本が持ってこなきゃ、誰かが拾ってくれたかもしれないのに」
「塀の上にあったなら、誰も持って行きませんよ。雨風で汚れる前で、ある意味良かったのかもですよ」
「確かに……」

 ただでさえ薄汚れているのに、更に汚れて帰って来られた日には……それに、後何年、何十年と一緒に過ごすかもしれないと思うと、浅田の言う通りかもしれない。
 僕はモリーさんを定位置の勉強机の上に、ちょこんと乗せた。

「さ、浅田君、テキトーにしてて。僕は飲み物とか持ってくるから」
「おかまいなくであります」

 浅田が隅の方に荷物を置いて、本棚を物色し始めた。それを横目に、部屋を出ようと扉を開ける。そして、閉めようとした時だった。僕は、ある違和感を覚えた。

「……ん?」
「どうかしたでありますか。間宮氏?」
「いやぁ……」

 首を傾げて、部屋の中を見渡した。
 ベッドの上には、コンセントからスマホの充電コードが伸びているくらいで、変わりなし。テレビも付いていないし、ゲーム機もそのまま。時計は十六時を指している。本棚だろうか……いや、違う。

「モリーさんだ」
「モリーさん、でありますか?」

 浅田もモリーさんの方を見た。

「さっき、モリーさんの顔を真正面のベッド側に向けて置いたんだよ」
「確かに、そうでありましたな。ですが、今は……」

 浅田のいる本棚の方を向いている。心なしか、その真っ黒い瞳が、睨んでいるようにも見える。

「な、何やら、寒気がし始めました」
「え、大丈夫? 風邪?」
「かもしれません」

 顔色も悪そうで、唇が紫色になっている。

「今日のところは、一旦帰るであります」
「そう。お大事にね」

 僕は浅田が通りやすいように、扉を開けた。
 下に降りて、玄関まで見送る。

「浅田君、今日はありがとう」
「いえ、なんのお役にも立てず、申し訳なかったであります」

 ぺこぺこ頭を下げる浅田は、門扉を開けて敷地外に出た。すると、先程までの青白い顔に、血の気が戻った。

「間宮氏、変であります!」
「変?」
「悪寒がなくなったであります」
「それなら良かった。けど、用心した方がいいし、また今度遊ぼう」
「はい。次は、自分の家に招待するであります」

 敬礼する浅田の真似をして、僕も敬礼をして見せると、浅田は手を振って帰って行った。

「はぁ、結局一人かぁ……」

 パタンと玄関の扉を閉め、静まり返った廊下を見た。

「さっきのは、勘違い……だよね」

 捨てたはずのモリーさんが勝手に部屋に戻ってくることはあっても、向きを変えたのは初めてだ。

 僕は、震える手を握りながら、再び自室に戻った。そして、自室に戻るなり、背筋が凍った。
 モリーさんは、本棚の方ではなく、ベッド側を向いていた——。