幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

 またもや森本との夢を見た僕は、朝起きたら更にやつれていた。

「陽向、歩ける?」
「なんとか……」

 父に支えられ、壁に手を付きながら歩いて、どうにかこうにかリビングに辿り着いた。

「昨日より酷くなってるわね。これは、冬也君に来てもらった方が早いんじゃないかしら?」
「だけど、僕、連絡先知らないし……」
「それなら、まず、お父さんだけで行ってくるから。住所は分かるんだろ?」
「うん。確か、エンゼルハイムってマンションの三〇四号室」
「了解」

 父は、数珠を手に持ち、一度拝んでから、恐る恐るモリーさんを手に取った。

「じゃ、行ってくるから」
「お願いね」
「行ってらっしゃい」

 不安げだが頼もしい父を見送り、僕は階段を一段上がった。もう一段上がろうとした時、母が心配そうに聞いてきた。

「陽向。部屋戻るの?」
「うん。今は、モリーさんもいないし。大丈夫」
「じゃ、上まで一緒に行くから」
「ありがとう」

 僕は、母の手を借りながら、二階の自室に向かった――。
 
 自分の部屋に戻るのに、普段なら一分もかからないところを五分もかかってしまった。

「じゃ、何かあったらすぐに言うのよ。電話してくれても良いし」
「分かった」

 パタンと扉が閉まり、静まり返った自室のベッドの上を見た。そして、枕もとに放置されたままのスマホを手に取った。

「やっぱ、切れてるや」

 一昨日の夜から充電器のコードもささずに放置されていたスマホの充電は、切れていた。
 僕は、ゴロンとベッドに寝転びながら、ベッドサイドのコンセントから伸びている充電コードに、それを差し込んだ。

 数十秒時間を置いて電源を入れれば、すぐに電源が切れていた間の通知が届いた。

 とはいえ、僕の交友関係は少ない。
 通知が来るのは、浅田と井草からだけだ。残りは、漫画アプリの中のフォロー作品が更新された通知くらいだ。

 浅田と井草は、昨日も他愛無い挨拶とスタンプを送り合ったようだが、僕が既読すら付けないことで、途中から『おーい。生きてるか?』のようなスタンプが連投されていた。

 僕は、そこに文字を打ち込んでいく。

【ごめん。体調崩して、昨日一日寝てた】

 まずはそれだけ送信すれば、すぐさま既読が二つついた。そして、ポッと二回音がし、返信が届いた。

【間宮氏! 心配したであります! もう大丈夫なのでありますか?】
【チビ、大丈夫か!? お見舞い行くから、家教えろ】

 想定内のメッセージだが、返信に困る。
 今の体調不良は、安易に『大丈夫』と言って良いものなのだろうか。明日明後日で全快してくれれば良いが、悪化している今、暫く学校なんて行けたものではない。

 悩んだ末に、こう送った。

【お見舞いは、大丈夫。でも、明日も学校休むかも】
【なんと! お大事になさってくださいませであります】
 
 井草からは、【!!】のスタンプが送られてくる。

【それで、申し訳ないんだけど、井草君の誕生日パーティー、我が家で出来ないかも】
【そんなの全然気にすんな!】
【間宮氏の体調が万全になることが一番であります!】
【ありがとう】

 短い返事をしてから、僕はスマホの画面を閉じて、枕元にそれを置いた。それからも、何通か来たが、力尽きた僕は掛け布団をしっかりと掛けてから、真っ青の空が見える窓の外をぼんやりと眺めた――。

 ◇◇◇◇

 それから三時間後。
 父が帰宅した。同時に、血相を変えた森本もやってきた。

「え、森本!?」

 誰よりも先に部屋に入ってきた森本に、驚きを隠せない。しかも、いつもの余裕そうな顔が一変、不安げな表情だから、尚のこと。
 困惑しながら起きあがろうとすれば、それよりも先に、顔をペタペタと触られた。

「話は、おじさんから聞いた。どうして言わないんだよ!」
「え、いや、連絡先知らないし」
「学校で、いくらでも言えるだろ!?」
「体調悪くなったの、昨日だし……」
「違う!」

 森本の声が大きく、ピクリと肩が震える。

「クマのぬいぐるみのこと!」
「そ、それは……」

 僕は、森本から目を逸らした。
 その時、両親が少し開いた扉から、入ろうか入るまいか悩んでいるのが見えた。

 早く入ってくれば良いのに……という僕の思いとは裏腹に、両親は目を互いに見合わせてから、そっと扉を閉めた。

(いや、一人にしないでよ……)

 昔は仲の良い友人だったかもしれないが、今はそうでもないのだ。しかも、こんなに責め立てられて、僕はどうしたら良いのか。

 森本は苛々したように舌打ちしたので、またもや肩が強張る。
 逸らした目をチラリと森本の方に向け、おずおずと聞いてみる。

「あ、あのさ、モリーさん……僕のクマのぬいぐるみと、森本の白いクマちゃん……あの二人は、ちゃんと会えたの?」
「ああ、今は俺の部屋で……」

 森本が言いかけて、口をポカンと開けた。その視線は僕ではなく、その向こうにある。

「森本……?」

 どうしたのだろうかと、頭だけ動かした。

「ひッ」

 小さな悲鳴を漏らしたのは、他でもない。モリーさんが、僕の頭元に座っていたからだ。
 驚いたのも一瞬のこと。体がしんどいのも勿論あるが、十五度も同じことが起これば、驚きよりも諦めが強く出る。

「はぁ……」
 
 僕は息を一つ吐いてから、森本を見た。

「今日は、用事とか無かったの?」
「今は、それどころじゃないだろ」
「モリーさんのことなら、もう良いよ」

 対のクマのぬいぐるみに会わせても戻って来るのなら、もう方法はないような気がする。
 お祓いなんて、何度もした。供養だってした。新たに、今日違う寺や神社を訪れたところで、気休めにしかならない気がする。

「僕は、多分このまま死ぬんだよ」
「そんなこと」
「あるよ。さっきも夢を見る前に言われたんだ。『俺は、陽向とずっと一緒にいたい。永遠に……このまま二人で生きていこう』って。もう、僕は目覚めないんだって思った」
「でも、陽向は、こうやって目覚めてんだろ!?」
「はは、森本が凄い剣幕で入って来たから」

 もう、喋るのも疲れてきた。瞼が重い。
 
「だったら、何度も凄い勢いで起こしてやるから。死ぬな!」
「はは、僕だって……死にたくないよ」

 涙が出てきた。
 僕だって、死にたくない……死にたくないよ……けど、僕の右手をモリーさんが握っているのが分かる。
 この間まで全く感じなかったのに、一昨日の金縛りから、時を刻むごとにモリーさんの実態が透けて見えるような気がする。

 それは――僕の死が近付いてる証拠。

(そう、だよね。モリーさん)
『正解』

 正解しても嬉しくない答え。
 ただ、目の前にいる森本と同じ声で言うものだから、笑いが出てくる。

「はは、顔も一緒だったりして」
「なに訳分かんねーこと言ってんだよ。呪いなんて、あるわけないだろ? 馬鹿じゃねぇの?」

 森本はいつもの調子で僕を小馬鹿にしてくる。
 気を落とすなということだろうが、最後くらい、喧嘩したくない。喧嘩せず、夢の中のように仲良く話をしたい。
 僕は、夢の中でされたように、手を伸ばして森本の頭をクシャッと撫でた。

「今度、釣り……連れてってよ」
「……え?」
「好き、なんでしょ? 僕、行ったことないからさ。連れてってよ」

 そして、僕は昔のように、夢の中のように、森本の名前を呼んだ。

「冬也君」