幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

 ――呪いの人形は、やはり呪いの人形だった。

 車外に投げ捨てたモリーさんは、運が良いのか悪いのか、崖の向こうへと落ちて行った。
 金縛りの事実を知らなかった両親……主に母は、僕と同様にモリーさんをマスコットキャラのように可愛がり始めていたところだったので、僕の体の心配をしつつも、モリーさんの行方を気にしていた。

 しかし、十三度あることは十四度目もあった。
 帰宅すれば、僕の勉強机の上に何事も無かったように、それは、ちょこんと座っていた。
 その姿を見るだけでも、恐怖を感じて震える僕は、自分の部屋に入れなくなった。今夜は、両親の寝室で、子供の頃のように一緒に寝ることにした。

 母と父に挟まれ、やや照れるが、背に腹は代えられない。

「陽向。明日お祓いに行こう」
「そうね。全身検査してもらっても異常なかったし、やっぱり、憑りつかれてるのよ」

 総合病院で、ありとあらゆる検査をしたが、体に異常は一切なかった。

『日ごろの疲れが出たのでしょう。この時期には、よくありますよ』

 そう言って、家に帰された。
 
 昨日、無駄に誕生日について悩んでいたし、疲れていたのだろう。僕も医者の言う通り休んでいれば治る。そう思って帰宅した。
 しかし、帰って自分の顔を鏡で見て驚いた。その顔は、まるで幽霊かゾンビの如く青白く、一日やそこらでは到底そうはならないだろうと思う程に、やつれていたからだ。

「でも、モリーさん。僕を殺そうとなんてしてないって言ったのに……」

 恐怖で震える反面、裏切られた感が半端なく、人間不信……いや、人形不信? とにかく、誰も信じられなくなりそうだ。

 母は、「そうね」と同調してくれたが、父は得意げに鼻を高くした。

「言葉では、どうとでも言えるからね。だから、お父さんが言っただろう? むやみに会話をするものじゃないと」
「そうだね」

 頷く僕の左隣で、母は呆れた様子で僕に小声で言った。

「お父さん、ただ怖かっただけなのにね」
「はは、だね」

 とはいえ、今回は父が正しかった。何も言い返せない。
 
「二人とも、電気消すよ」

 父がベッドサイドに置いてある間接照明を消そうと手を伸ばした時、僕はふと思い出した。

「そういえば……」
「ん? 陽向、どうかした?」
「いや、もしも、明日お祓いが上手くいったとしたら、モリーさんって、いなくなるんだよね?」
「その為のお祓いだからね。供養してもらって、焼いてもらうのが一番だ」
「まぁ、戻って来る可能性の方が高いけどね」

 冗談交じりに笑う母だが、これまでが冗談に終わらなかったので、三人で溜め息を吐いた。

「けど、陽向。モリーさんに戻ってきてもらいたくないんじゃなかったの? 崖の下にまで落としちゃって」
「そうなんだけど……あれって、対なんだって」
「対?」

 照明を一旦消すのをやめた父は、布団の中に手を引っ込めた。

「森本……冬也君のおばあさんが、モリーさんを作ったらしいんだけど、同時に白のクマのぬいぐるみも作ってたみたいで、二つで一つなんだって」
「へぇ、そうだったの」

 平然と相槌を打つ母とは反対に、父は顔を青ざめる。

「もしかして、その白いのも呪われてるんじゃ……?」
「はは、それは分かんないけど、でも……」

 僕は、揺れるオレンジ色の灯りをぼんやりと眺め、伏し目がちに言った。

「離れ離れになったままは、可哀想かなって」
「陽向……」
「今、その白いクマのぬいぐるみは、どこにあるの?」
「冬也君の家に置いてあったよ。大事にしてるみたい」

 母と父は、目を見合わせて頷いた。

「陽向、供養する前に、冬也君の家に行きましょう」
「え?」
「そうだね。その白いぬいぐるみと」
「会いたいのよ」
「え?」

 最初の「え?」は僕だが、最後のは父だ。
 同意見だと思っていた父は、母の予想外の発言に意表を突かれた顔をしている。
 
「お母さん? 白いぬいぐるみと一緒に供養してあげるんじゃないの?」
「何言ってるのよ。生き別れた兄弟を無理心中させる気?」
「無理心中って……」
「おそらく、モリーさんは、その対のぬいぐるみに会いたいだけなのよ。だから、きっと、会えない寂しさを陽向に訴えてるのね」

 自信満々の母の推理は、あながち間違いでもないような気がしたのか、はたまた諦めたのか、父はそれ以上反論しなかった。

「とにかく、対のぬいぐるみに会わせてから、その後のことは考えよう。さ、消すよ」
「うん」

 今度こそ消えた照明。
 僕は、久々に両親と腕を組んで、瞼を閉じた――。

 ◇◇◇◇

 一方、誰もいない、しんと静まり返った陽向の部屋に置いてある一体のクマのぬいぐるみ。その中から、ふわふわと白い霊体が現れた。

『陽向、大丈夫かな……』

 部屋からすり抜けようとしては、思いとどまったようにベッドの上で胡坐を組む。それを五回ほど繰り返し、結局それはベッドの上に留まった。

『けど、陽向も陽向だよな。心配して一緒に病院に付いて行こうとしただけなのに、投げることないよな……って、全部俺のせいか』

 それは罪悪感に苛まれたように項垂れた。
 そうしているのも束の間、それは壁をすり抜け、床をすり抜け、陽向の両親の寝室へと入っていく。
 天井から眠っている陽向を見下ろしたそれは、頭元にふわりと降りた。

『やっぱ俺、陽向いないと無理だから』

 陽向の頭を優しく撫で、今日もまた陽向の夢の中に入って行った――――。