幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

※森本視点です※

 真面目に写生する気にもなれず、項垂れて中庭の方を歩いていると、先程俺に井草の誕生日会に誘ってきた陽向の姿を見つけた。

 元々陽向の近くで写生しようとしていたので、ここで写生するのが数十分前までの俺の予定ではあったが、今はその姿を見るのが辛い。

「はぁ……」

 溜め息を吐きながら踵を返して違う場所に移動しようとすれば、横から徹が声をかけてきた。

「冬也」
「……」

 徹とは、高校一年生からの仲で、俺の数少ない友人。そして、俺が陽向に抱いているこの執着心を唯一知っている人物だ。
 故に、この俺の気持ちを知っていながら、屋上前の密かな空間で二人きり、楽しそうに陽向と密会していた徹とは、口を利きたくない。

 俺は徹を無視して校庭の方に抜けようとすれば、彼もまた付いてきた。
 何も言わず半歩後ろを静かに付いて歩く徹に罵声を浴びせたい気分ではあるが、周囲にチラホラと生徒がいるのに、そんなことをしたら注目の的だ。自分勝手な俺だが、そこら辺の良識は十二分にある。
 
 授業が終わるまで残り三十分。陽向からも徹からも逃げるのは容易いが、授業の課題からは逃れられない。後から居残りになるのも面倒なので、俺は人気(ひとけ)のない校庭の大きな木の下に座って、小さなシロツメクサの花を描くことにした。

「冬也。隣、良い?」
「…………」

 返事をせずにスケッチブックを開いて鉛筆を持てば、徹が一・五メートルほど離れた場所に座ってスケッチブックを広げた。

「…………」
「…………」

 二人して無言で写生をする。
 気まずくはない。元々、徹とは、これくらいの距離感だ。
 近すぎず遠すぎず。フラッと猫のように現れて、猫のように去っていく。そんな付かず離れずな関係。それがまた、心地が良い。

 木漏れ日の中、鉛筆と紙が擦れる音の間に、小鳥のさえずりが聞こえる。
 絶対に徹とは口を利かないと決めていたのに、俺の口は、自然と開いていた。

「俺の誕生日に、誕生日会、誘われた」
「へぇ」

 それから、暫しの沈黙が流れ、鉛筆の音だけが響く。
 今度は、徹がおもむろに口を開く。
 
「随分と急展開だね」
「うん。絶望まっしぐら」
「なにそれ」

 互いの視線は別のところにあるが、徹が小さく笑ったのが分かった。

「チビから誘ってくれるなんて、本当は両想いだったってことでしょ? 良かったじゃん」
「ううん。俺の片想い続行中」
「なんで? 誕生日、祝ってもらえるんでしょ?」

 三つ葉のクローバーを描く力が強くなりすぎて、鉛筆の芯がパキリと折れた。

「井草の誕生日会、するんだって」
「は?」

 俺こそ「は?」と聞き返したい。
 陽向が誘って来た時、陽向が俺の誕生日を覚えていてくれたのだと心の底から歓喜した。しかも、祝ってくれるのだと勘違いまでした。

「やっぱ、俺、チャリ蹴りたいほど嫌われてる……」
「チビは、そんなことしないでしょ」
「言ってたもん」

 徹の言う通り、陽向はそんなことしない。しかし、現にこの耳で聞いたのだ。

『このチャリ、一回蹴飛ばしとくかな……』

 連日、掃除中に、つっけんどんな物言いで急かしたのがまずかったのだろうか。しかし、あれは浅田と井草が悪い。
 陽向は真面目に掃除をしているのに、浅田と井草の私語があまりにも多くて、掃除が中々終わりそうになかったから、俺は合いの手を入れただけだ。やはり、あの二人は、俺と陽向の仲を切り裂く疫病神でしかない。

 とはいえ、百歩譲って、浅田は許せる。
 陽向とは一年生の時からの仲で、共通の趣味に没頭している様は、見ていて微笑ましいものがある。しかし、井草、アイツは何なんだ。陽向にボールを当てておいて(俺が阻止したが)、性懲りもなく陽向に近付き、ちゃっかりその隣のポジションを奪い取って行ったではないか。あそこは、俺の居場所だったんだ。そこの位置には、俺がつく予定だったのに……。

 怒りのあまり、鉛筆が真っ二つに折れてしまった。

「冬也、頭に血がのぼってる」

 徹に言われずとも分かっているが、言葉に出されることで、一旦冷静さを取り戻す。

「てか、徹は良いよな。陽向から誕生日プレゼント、貰うんだろ?」

 本心は、そんなことさせないと、意地でも阻止しようと思っていた。しかし、これは陽向に近付くチャンスなのではないかと思い、先程陽向に接触したのだ。

『徹の好きな物、教えてやろうか?』

 そう言うつもりだった。あわよくば、一緒に買いに行こうと思っていたのだ。
 そこで自ずと距離が近付き、良好な関係を築こうと思い描いていたのに…………。

 またもや、沸点が上昇してきた。そこへ、やれやれと徹がスケッチブックに乗った消しゴムのかすを払いながら、肩をすくめた。

「今朝のあれは、チビが咄嗟についた嘘だから」
「嘘……?」
「本当は、冬也の誕生日がいつか聞かれてただけ」
「は? なんで?」

 意表をつかれ、思わず徹の方に顔を向けた。
 徹もチラリと横目で俺を見てから、視線をスケッチブックに戻した。

「俺が知るわけないじゃん」
「でも、徹。お前、中学から陽向と……」
「同じクラスに二回なっただけ。グループが違うし、ほとんど喋ったこともないよ。前にも言ったじゃん」

 それを聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。
 しかし、そこで疑問が生じる。
 それなら何故、俺の誕生日を知ったはずの陽向は、井草の誕生日会に俺を誘ってきたのか。普通の神経の持ち主なら、気まずさから、まず誘わないだろう。俺の誕生日も一緒に祝うならともかく、あの時の陽向は、そういう風でもなかった。

 その答えは、すぐに分かった。

「けど、チビも酷なことするよね。冬也の誕生日を知って尚、でしょ?」
「そうなんだよ。酷いだろ?」
「さすがに同情するかな。で、冬也と井草のそれって、いつなの?」
「なにが?」
「誕生日」
「…………」

 徹は、俺の誕生日を知らなかった――。
 そして、感の良い徹は、俺の反応と陽向の性格から、今の状況を瞬時に理解した。

「なるほどねぇ。拗れてんね」
「なぁ、徹。俺は、どうしたら良いと思う?」
「自分の誕生日、伝えてくれば?」
「今更言えねぇ」
「だろうね」

 俺は、今年もまた、独りぼっちの誕生日を過ごすことになりそうだ。
 描いている途中の三つ葉のクローバーに、そこにはない葉を一つ付け足した。
 四葉のクローバーになったそれに、俺は願いを込める。

(どうか、陽向と笑いあえる日が来ますように……)