幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

 一限目が終わるなり、僕は浅田と井草に興味津々に聞かれた。

「間宮氏、中村氏と何を話していたでありますか?」
「まさか、告白か? リアルBLか?」

 二人には、僕と中村が二人で教室から出て行ったのを見られていたので、そう思うのも無理はない。しかも、昨日二人はBLの話で盛り上がりながら帰ったので、尚のこと。

「はは、そんなわけないじゃん。ちょっと聞きたいことがあってさ」
「聞きたいことって、なんだ?」
「大したことではないんだけどね……」

 そこで僕は閃いた。
 森本にだけ誕生日を聞くから、おかしいことになるのだ。ここで、クラスメイト全員とまではいかなくとも、数人に聞けば、何も不審ではない。
 我ながら良い案だと思った僕は、早速二人に聞いた。

「ねぇ、浅田君と井草君の誕生日っていつ?」
「自分は、十一月二十三日であります」
「俺は、五月二十八日」
「え、井草君、もうすぐじゃん」
「皆でお祝いするでありますか?」
「祝ってくれんの? 普通に嬉しいんだけど」

 ――思い出した。
 クラス替えの後、四月後半から五月くらいにかけて、少しだけ仲良くなった者らと、こうやって誕生日を聞きあう。そして、誕生日の近い者らは、小さな祝いの会が開かれることもあり、浅田のように誕生日が遅めだと、その存在を忘れてしまうことがしばしば。四月に誕生日だった者なんて一番悲惨で、『来年はお誕生日会しよっか』なんて会話をしても、来年はまたもやクラス替え。新しい友人を作ることでいっぱいいっぱいの彼らは、皆それどころではなくなるのだ。

 そうなると……だ。

 僕は、森本の誕生日を祝った記憶がある。
 それは、つまり、忘れ去られてしまう一月や二月、過ぎ去ってしまった四月ではないということだろうか。いや、幼稚園の時は、幼稚園で誕生日が管理されているし、その延長で一年生になったし、一概には言えないか。

(それより、五月二十八日って……モリーさんの誕生日だ)

「――――、間宮氏、間宮氏、聞いているでありますか?」
「あ、ご、ごめん。なんだっけ?」
「だから、チビの誕生日はいつだって聞いてんだよ」
「僕は、七月七日」
「わ、七夕じゃん。ロマンティック」
「あー、そうでありましたな。自分としたことが、こんな覚えやすい日を忘れてしまうとは、一生の不覚」

 浅田が冗談交じりに反省した素振りをして見せ、すぐに切り替えたように言った。

「ところで、井草氏の誕生日会、どうしましょうか? 木曜日でしたら、学校が終わってからになりますな」
「あー、ごめん。その日って、家族でモリーさんの誕生日会することになってるんだよね。ちょっと、母さんに聞いてからで良い?」
「モリーさんって?」

 首を傾げながら聞いた井草は、すぐに気付いた様子でチラリと目線を後ろに向けた。

「まさか……」
「ち、違うよ。森本のことじゃないからね。クマの……」
「クマ?」

 まずい。油断していた。
 浅田はモリーさんの存在を知っているが、井草にはまだ話していなかった。

 ここ数日関わってみて、井草になら話しても良いような気もするが、どこからどう説明すれば良いのだろうか。モリーさんが喋ることについては内密にしたとして、「呪いの人形の誕生日会を祝おうと思ってる」なんて言っても良いものだろうか。最悪、僕がヤバいやつ認定されること間違いなしだ。

 言葉を詰まらせていると、浅田が助け舟を出してきた。

「間宮氏の家に、昔から可愛がられているクマのぬいぐるみがあるのですよ。母上がそれはもう気に入っているようでして」
「へぇ、大事にされてるんだな」

(浅田君、ありがとう!!!!)

 目で感謝を伝えれば、ニコリと微笑まれた。

「ですが、誕生日があったのは初耳ですな」
「あ、うん。この間、モリーさんが言っ……母さんが、言ってたんだよ。今、僕らと同じ十六歳なんだって」
「年齢も決まってるなんて、凝ってんな」
「だ、だよね。とりあえず、今日帰ったら、井草君の誕生日会も一緒にして良いか聞いてみるよ」

 モリーさんとお喋りするのは、それが終わってからでも良いだろう。

「あ、ダメなら、全然良いからな。おめでとうの言葉だけで、普通に嬉しいし」
「分かるであります。自分は忘れられてしまうことが多いので、それを言われると、泣くほど嬉しく思いますです」
「浅田君、ごめんね……僕、去年忘れてた」
「はは、良いでありますよ。いつものことでありますから」

 今年こそは、忘れずに誕生日を祝おうと誓った。
 そして、この調子で、さりげなく森本にも聞いてみよう。誕生日を聞くくらいなんてことない。なんてこと……。

 ◇◇◇◇

 席が離れてしまったからか、森本がちょっかいをかけてくることもなく、僕から行くことも出来ず、あっという間に六時限目になってしまった。

 ただ、六時限目は美術で、外で自由に写生をすることになっている。もしかすると、今がチャンスかもしれない。いや、むしろ、今しかチャンスは訪れないかもしれない。

「はい。では、各々好きな物を描いてきて下さい」

 美術担当の先生の合図で、スケッチブック片手に、皆が校舎から出て行った。
 出遅れた僕も、校舎を出て辺りを見渡し、高身長の森本を探す。

(……あれ?)

 グラウンドやら中庭方面、校門側と、三方向に目をやるが、見当たらない。
 一人だけ飛びぬけて背が高いので、いつもならすぐに分かるのだが――。

「行かねぇの?」
「……え?」

 森本も僕と一緒で出遅れたメンバーだったようだ。振り返れば、僕の後ろにいた。
 誕生日を聞くなら、今が大チャンスだ。けれど、ふいを突かれたら言葉が出ないのは、何故だろう。

「い、行くけど、何描こうか悩んでただけ。森本は、行かないの?」
「俺は、監視」
「監視?」
「チャリ、蹴られないか」
「う、それって……」

 誕生日に気を取られて、昨日の失態を忘れていた。
 僕は、森本に自転車を蹴る最低な男だと勘違いされているのだった。
 ここは、ひとまず謝ろう。悪いことをし……てはいないが、言ったのだから同じだ。非は認めなければ。

「ごめん……」
「謝るってことは、認めるってこと?」
「蹴ってはないけど、そんなことを言ったのは事実だから。ごめん」

 頭を深く下げ、自分の靴を見つめた。
 暫しの沈黙が流れ、そろそろ頭を上げようとすれば、森本が口を開いた。

「あのさ、陽向」

 頭を上げれば、無表情の森本がいるのだが、夢で見た笑顔の森本が重なって見えた。

「なに?」
「いや……」

 森本は口ごもりながら、いつになく小さな声で聞いてきた。

「徹に、何かあげんの?」
「徹……って、中村君? なんで?」

 キョトンとしながら森本を見上げる。

「…………」
「…………」
 
 十秒くらい見つめ合って、今朝の出来事を思い出した僕は、動揺したように頷いた。

「そ、そうなんだよね。けど、中村君の誕生日って、八月なんだって」
「そっか」
「ちなみに、森本は……」

 今がチャンスだ。この調子で話せば、聞ける。この調子で、自然と……。

「五月二十八日、空いてない?」
「え?」

 ダメだ。本番に弱い僕が出た。
 ただ、森本の顔が、光がさしたように明るくなった。

「もしかして、陽向……」
「井草君の誕生日会するんだけど、一緒に……どう?」
「井草……」

 明るかった森本の顔が、曇った。

「あー、そういうの、興味なかった?」
「…………」
「ごめん。なんでもない」

 僕は、気まずさから、真面目に写生しようと足を外に向けた――。