幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

 登校してすぐ、僕はすぐには教室に入らず、扉の向こうから中の様子を窺った。

(確か、中村君の席は、教室の真ん中の方だったような……)

 森本と仲の良い中村(なかむら)(とおる)の姿を探せば、すぐに見つかった。そして、森本の席に当の本人はいない。
 つまり、今がチャンス!

 教室に入るなり、浅田と井草がこちらを見たのが分かったが、僕は自分の席には着かず、真っすぐに中村の席に向かった。

「お、おはよ」
「おはよ。珍しいじゃん。チビから声かけてくるなんて。冬也ならまだ……」
「いや、森本には用事ないから。中村君、ちょっと良い?」
「なに?」
「ここじゃ、ちょっと……」

 周りを気にするようにして言えば、中村は驚いた様子で聞いてきた。

「もしかして、チビと一対一?」
「そう、だけど……?」

 僕と二人で話すのは嫌なのだろうかと首を傾げれば、中村は複雑そうな顔で廊下の方を見た。

「怒られそうだなぁ」
「怒られる……? まだチャイム鳴らないから大丈夫だよ」
「その心配はしてないけど、森本が来てからじゃダメなの?」
「ダメ」

 即答すれば、中村は辟易とした様子で廊下を指さした。

「んじゃ、屋上前の階段で良い?」
「うん。僕もその方が都合良いかも」

 こんなこと、誰にも聞かれたくない。
 今や犬猿の仲である森本の誕生日を聞いているなんて知られたら、学校中の噂になりそうだ。
 とうとう猿が犬に従ったと馬鹿にされること間違いなし。いや、犬が猿に従った……か?
 
 ええい、どちらでも良い。とにかく、森本に従っていると誤解されるのだけは御免なのだ。ここは、内密に事を進めなければ――。

 ◇◇◇◇

 そして、屋上に続く階段で、僕は中村を見下ろすように三段上に立った。
 線が細く中世的な顔立ちをした中村は、やる気の無さそうな目を向けてくる。

「なんか、チビに見下ろされんの癪なんだけど」

 中村が一段上に上がってきた。

(う……対等になってしまった)

 それはさて置き、本題に入ろう。

「それで、呼び出したのは他でもなくて……」
「俺は無理だよ」
「いや、まだ何も言ってないんだけど」
「二人きりなんて、告白しかないでしょ?」
「……は? こ、こ、こ……」

 僕の顔は、みるみる真っ赤になっていく。

「ち、ち、違うから! 僕は、誕生日が知りたかっただけで」
「誕生日?」
「そう、誕生日。だから、決して告白とかでは……」

 片手をブンブンと顔の前で振って全否定し、一歩後退しようとした。が、後退するには一歩上に上がらなければならず、ノールックで上手く上がれなかった僕は、カニ歩きで横に移動する。

「八月四日だけど?」
「あー、中村君のじゃなくて、森本の誕生日が知りたいなぁ……なんて」
「冬也の誕生日聞いて、どうすんの?」

 怪訝な顔をする中村から、ほんの少し目を逸らす。

「べ、別に、どうってことは……」
「プレゼントでもあげる気?」
「あげない……けど」
「じゃあ、なに?」

 何かと問われれば、言葉に詰まる。
 森本の誕生日を聞いたからといって、何かをしようとしていた訳ではない。もしも、夢のように一人ぼっちで誕生日を過ごすのなら寂しいだろうから……寂しいから、一緒に?
 僕は、森本の誕生日を聞いて、一緒に過ごそうとしていたのだろうか。

「チビ……?」

 自分が何がしたいのか分からなくなって、怪訝な顔で見てくる中村に愛想笑いを浮かべた。

「はは、なんでもない。気にしないで」
「気にするなって言われても」

 そのまま下に降りようとした時、下から足音が聞こえてきた。それは、すぐそこまで来ており、踊り場まで来て立ち止まった。そして、見上げてきた人物を見て、冷や汗を流す。
 だって、そこにいるのは、不機嫌を前面に出した森本の姿だったから。

「二人でコソコソ、なにしてんの?」
「えっと……」

 僕の目は泳ぎまくりだ。
 対して、中村は動揺した素振りは見せないものの、深く溜め息を吐いてから、その場に座った。
 
「ったく、冬也って、チビセンサーだけは物凄いよね。その執念があるなら、素直になれば良いのに」
「徹」

 森本が静かに名前を呼べば、やれやれと言った様子で、中村は言った。

「別に、チビに聞かれてただけだよ。誕生日が」
「わ、中村君! それは、内緒!」

 中村が誕生日を聞いていた件をそのまま言いそうになったので、慌ててその口を塞ぐ。
 
「誕生日って?」

 訝し気に見てくる森本に、僕は嘘を吐いた。

「中村君の誕生日、聞いてただけだよ。この前お世話になったから、何か御礼がしたくて」
「お世話って、陽向と徹って、仲良かったの?」
「そんな訳、んん」

 中村が僕の手を払いながら否定しようとしたので、もう一度口を塞いで、へらへらと笑って見せる。

「だって、僕らって中学一緒だし。ね、中村君」

 実は、そうなのだ。
 何なら、浅田よりも長い付き合いかもしれない。クラスも中一と中三で一緒になった。修学旅行なんて、同じ班だった。だから、ここに呼び出した時、余計に告白と勘違いされたのかもしれない。

 とはいえ、接点があるというだけで、仲が言い訳では決してない。近寄り難い中村とは、必要最低限の会話しかしたことがない。

「へぇ」

 納得したのかしていないのか、森本は僕らを静かに見据えた後、階段をおりて行った――。

 中村は、僕の手を鬱陶しそうに払いのけた。

「いい加減離して」
「あ、ご、ごめん」

 我に返った僕は、中村から距離を取る。

「あのさ、森本には、誕生日の件……」
「言わないよ。ってか、言えないよ。あの調子じゃ、一ヵ月は口きいてくれないだろうから」
「え、なんで!?」
「なんでって、そんなの」

 ――キーンコーンカーンコーン・キーンコーンカーンコーン。

 予鈴が鳴った。
 中村は立ち上がって階段を下り始めたので、僕も後を追う。

「とにかく、チビは俺に関わんないで。迷惑」
「迷惑って……」

 ここまでズバッと言われたのは初めてだ。
 胸が痛むが、最後に一つだけ……。

「じゃ、じゃあ、森本の誕生日だけ教えて。それだけ聞いたら、もう関わらないから」
「自分で聞けば良いじゃん」
「それが出来たら、中村君に聞いてないから」
「まぁ、そうだよね」

 納得してくれたようで、中村は立ち止まって僕を見た。
 一瞬の静寂が流れ、その口が開かれた。

「知らない」
「……へ?」
「誕生日とか、お互いに祝ったりとかなかったから」
「そうなの?」
「じゃあ、チビは、浅田の誕生日知ってんの?」

 そういえば、知らない。
 話の流れで聞いたこともあるかもしれないが、僕のように何か特別な日が誕生日ならまだしも、そうでなかったからか、覚えていない。
 
「そんなもんだよ。親しくても、知らないことはあるんだから」
「そう、だよね。ごめん」
「だから、自分で聞いて」

 怒りを孕んだ笑いに、ピクリと背筋が伸びる。

「えっと、なんだか、二人の仲を拗らせちゃったみたいで……ご、ごめんなさい……」

 謝罪はしておくが、それに対する返事はないまま、僕らは教室に戻った。