幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

 家に帰るなり、僕はモリーさんに早口で言った。

「モリーさん、聞いてよ! どうしよ、とんでもない発言したところに森本が来てさ。今日は逃げるようにして帰って来たけど、明日から、それで脅されたりなんてするかな? チャリなんて一度も蹴ったことないけど、そんなの証拠もないしさ。そう思われてもしょうがないよね。うわぁ、最悪。今までは、あっちが嫌味ばっかり言ってくるから、完全にあっちが悪いみたいな感じで堂々としてたけど、今日のは、明らかに僕が悪いよね。なんで、タイミング悪くあそこにいるかな、マジで」

 とはいえ、濡れていないモリーさんは喋らない。
 水をかけて相談に乗ってもらいたいが、毛のことを考えると、安易に水はかけられないし、モリーさんの誕生日まで我慢だ。

 シンと静まり返った部屋のベッドに、制服のままゴロンと横になる。

「はぁ、マジでやらかした」

 憂鬱な気分で、僕は目を瞑った。

 ◇◇◇◇

 学校の教室。
 席に座っていると、ツンツンと背中を突かれた。後ろを振り返り、井草に返事をしようとして、口を閉じた。そこには、森本がいたからだ。よく見ると、席も窓際の方で、進級してから過ごした席だ。

「陽向。今日の放課後、ゲーセンでも寄って帰らねぇ?」
「え、僕と?」
「それか、駅前のファミレスで、ドリンクバーでも頼むか」
「えっと……」

 森本から誘われたことに戸惑いが隠せないが、一番分からないのは、森本が僕に対して優しく微笑んでいるということだ。

「あー、ゲーセンよりは、ファミレスの方が……。僕、そういうとこは、あんま行かないし」
「じゃ、ドリンクバーで三時間居座るか」

 過去に見ない極上スマイルを浮かべられた。僕も引き攣った笑みを浮かべる。

 その瞬間、目の前の景色が、教室からファミレスに変わった。
 テーブルの中央には、食べかけのフライドポテトが置かれ、その周りには、既に飲み干した後のグラスが六つ。そして、僕はメロンソーダが半分ほど入ったグラスを手に持っている。森本も手元にコーヒーだろうか。黒い液体の入ったティーカップを持っている。

「――――でさ、それがマジおかしくってさ。陽向、聞いてる?」
「あ、う、うん」
「あ、そうだ。明日も休みだしさ、映画でも観に行かね?」
「えっと、森本……と?」
「当たり前じゃん。てか、なんで苗字呼び? 距離感じるんだけど。いつも見たいに呼んで」
「いつも……?」

 いつもの呼び方だが、この状況がいつもと違う。
 森本は、一体全体どうしてしまったのだろうか。表情も豊かで、よく喋るし、よく笑う。

 これではまるで――――友達同士のようだ。

 この状況に付いて行けないが、僕は森本をこう呼んだ。

「冬也……君?」

 すると、ムッとしていた森本の顔が一変、破顔した。

「ははは、なんで疑問形?」
「へへ、なんでだろう」

 ――よく分からないが、ここには、僕が森本と再会する前に望んでいた光景が映し出されている。

「冬也君はさ、何が好きなの?」
「え、陽向だけど?」

 当たり前のように即答され、嬉しい反面、戸惑いが隠せない。

「そ、そうじゃなくて、趣味とか」
「趣味かぁ。釣りは良くする」
「へぇ、以外」
「今度、一緒にするか?」
「え、良いの?」

 森本の生活に踏み込めたことで、僕も自然と表情が明るくなる。
 ――刹那、またもや景色が変わった。
 
 カウンターキッチンの向こう側には、ダークブラウンの床に、四人が座れるベージュの机と椅子。木や土などの自然を感じさせ、安心感や温もりのあるそのリビングは、見覚えがある。

(ここ、森本の家だ)

 何故、森本のマンションに来ているのかは分からないが、ベージュの机の上には、ポツンとホールのケーキが置かれている。
『HAPPYBIRTHDAY 冬也』と描かれているので、おそらく誕生日ケーキだろう。火のついていないロウソクも十本ほど飾られている。そして、その前には、置き手紙が一通。

『冬也へ。すまない。急遽仕事になった。一人で食べててくれ』

 それを読んだ次の瞬間、――パッと目を開けた僕の視界には、真っ白い天井が移った。

 この天井には見覚えがあった。
 窓の外はオレンジ色のグラデーションに染まっており、鳥がチュンチュンと鳴いている。

「今は、朝? 夕方?」

 時間の感覚がなくなっているが、自室にいることは確かだ。

「てか、今の……夢?」

 スマホを手に取れば、ロック画には十八時半と表示されていた。
 どうやら僕は、いつの間にやら眠りに落ちていたようだ。そして、机の上にいたはずのモリーさんが、僕の枕もとにチョコンと座っていた。

「僕、持ってきたっけ? それとも、モリーさんが自分で来たの?」

 モリーさんの頭を撫で、先程の鮮明に覚えている夢を思い返す。

「あれは、僕の願望……なのかな? 森本が笑ってたんだ。僕に笑いかけて、すっごく明るく喋ってた。目つきなんて優しくて……けど、あれが願望なら、最後のは?」

 最後の誕生日のケーキは、どういう意味だろうか。一人ぼっちの悲しい誕生日。
 ロウソクの数は十歳を過ぎた辺りからテキトーになることもあるので、あれが何歳の誕生日かは分からない。しかし、僕は、あんな寂しい誕生日は過ごしたことがない。いつも家族に囲まれ、温かい誕生日を迎えている。今年の七月七日の誕生日もその予定だ。
 
 七夕が誕生日なのは、嬉しいようでそうでなかったりするが、生まれてくる日は選べないので仕方ない。
 僕の誕生日はさて置き、はて、森本の誕生日はいつだっただろうか。

 モリーさんを所定の机の上に置いてから、リビングに向かった――。
 リビングには、既に夕飯が半分ほど並んでいた。エビフライをつまみ食いすれば、母に気付かれた。

「こら、陽向」
「へへ」
「それより、まだ制服なの?」
「あ、着替えるの忘れてた」
「もう出来るから、着替えてきなさい」
「はぁい」

 間の抜けた返事をして踵を返したが、用件を思い出してリビングの扉からヒョコッと顔を出す。

「ねぇ、母さん。もりも………冬也君の誕生日っていつだったか覚えてる?」
「冬也君って、小さい頃遊んでた、あの冬也君?」
「そう、その冬也君」
「いつだったかしらね……って、そんなの自分で聞けば良いじゃない。同じクラスなんでしょ?」
「そうだけど……」

 両親には、森本がこの町に戻ってきていることは伝えたが、容易く誕生日が聞けるような関係でないことは話していない。幼馴染の性格が悪くなって、且つ身長のことで揶揄われているなんて言えなかった。
 そして、夢でも思ったが、今更森本のことを名前で呼ぶのは、小っ恥ずかしいものがある。

「母さん、冬也君のお母さんと交流ないの?」
「んー、ないわね。元々子供同士が仲が良かっただけで、親同士はそうでもないから」
「母さん、ママ友作るの嫌だったもんね」
「そうなのよ。色々と面倒でね……ん?」
「どうかした?」

 母が、味噌汁をお椀によそいながら、首を傾げた。

「そういえば、冬也君のとこ、お母さんいなかったはずよ」
「え、でも、僕がブランコから落ちた時」
「あれは、シッターさんよ。確か、父子家庭で、たまにおばあちゃんが手伝いに来てるって言ってたような気がするわ」
「そうなんだ」

 今更知った森本の家庭事情に、同情してしまう自分がいる。

「まぁでも、無事大きく育ったみたいで安心ね」
「そうだね。誰よりも大きく育ってるよ」

 そこだけは羨ましい。

「ほら、早く着替えてきなさい。ご飯、もう出来るから」
「はぁい」

 この時の僕は、自転車を蹴飛ばす発言をしたことなどすっかり忘れ、森本の誕生日ばかりが気になるのであった。