幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

 それから三日が経った放課後の教室。
 怪我を負わせたことを負い目に感じていた井草も、その件については触れなくなり、一クラスメイト……ではなく、友人に昇格した。

「なぁなぁ、浅田。おすすめの小説の主人公、頭お花畑すぎないか?」
「そこが魅力的であり、読者が減る要因と言っても過言ではありません」
「そうなんだよ。続きは気になるんだけど、主人公にイラついて、読むのやめようかと思ってて」
「やめるのは自由ですが、もう少し読み進めると、井草氏が好きそうな展開に……」
「マジ!? じゃあ、頑張ろうかな」

 何故か、井草が浅田と仲良くなった。自ずと、僕も仲間入り。いや、少し置いてかれているような気がする。

 僕らの班が今週は教室の掃除当番で、箒片手に二人は話が盛り上がっている。
 ただ、二人の会話に混ざっていたら、掃除がいつまで経っても終わらず帰れなさそうなので、僕は残り二人のクラスメイトと共に、せっせと床を掃き掃除している。
 
 前半分の掃除が終わったので、机と椅子を前の方に移動させていると、話し込んでいた浅田と井草も机を運びながら話の続きをしている。こうやってたまに手を動かすから、誰からも文句は出ない。ある人物以外からは――。

「教室の掃除、まだ終わんねぇの?」

 不機嫌そうに腕を組み、教室の前の扉の枠に寄りかかるのは、森本だ。
 ちょっかいをかけてこないと思っていたのは、あの日だけで、翌日からは、事あるごとに嫌味を言われている。幸い、席が前後でなくなったので、言われる回数は以前よりは減っているが……。

 ただ、掃除に関しての苦情は真っ当なので、言い返せない。

「ごめん。残り後ろだけだから、待ってて」
「チッ、遅っせぇな」

 舌打ちをする森本に皆萎縮して、掃除をする手が早くなる。
 後ろ半分も早々に終わらせ、席を整頓するなり、森本は教室の中に入って自身の席にドカッと座った。そして、何をするでもなく、肘を付いて窓の外を眺めている。

 掃除用具入れに箒を片付け、各々自分の荷物を持って廊下に出た。井草も廊下に出て、森本を一瞥してから、僕に耳打ちしてきた。

「知ってるか? アイツ、この後すぐに帰るんだぜ」
「え、そうなの?」
 
 掃除当番以外の生徒は、掃除前に荷物を持って帰宅するか部活に行くのが常。それなのに、荷物を置いたまま教室を離れる森本。この後すぐに帰るのであれば、途中で荷物だけ回収して帰れば良いのに、森本は一体何がしたいのだろうか。

 浅田、僕、井草の順で横に並んで廊下を歩きながら、小声で話す。

「もしかして、ただの嫌がらせ?」
「だろうな。最近、なにかと俺、アイツに睨まれてるし、嫌われてるんだと思う」
「井草君が?」

 嫌われているのは、僕だけだと思っていた。故に、嫌がらせも僕に対するものだと思っていたのだが、今回は違うのかもしれない。

「でも、掃除が遅いって苦情を言うのは、いっつも僕に向かってだよ」
「それは、間宮氏が窓側を担当して、その近くにいるからだけでは? 自分は、森本氏が間宮氏を見ている姿を時折目にしますが、それはもう優しくて、そして、寂しそうな眼差しですよ」
「優しい? まさか。しかも、寂しそうって……なんで?」
「さぁ、そこまでは知りませんが。間宮氏と仲良くしたいのではありませんか?」

 靴箱に着いた僕は、ローファーを取り出して、上履きをその中に入れる。その下の森本の靴箱に目をやり、首を傾げる。

「仲良くしたいなら、あんなに皮肉ばっかり言わないと思うけど……」
「好きな奴に意地悪したくなるアレだったりしてな」

 クククと笑う井草だが、自分のことは棚にあげている。

「それを言うなら、睨まれてる井草君の方が、好かれてるってことじゃないの?」
「しかも、LIKEではなく、LOVEの方であります」

 時折、浅田はこういう冗談を言うことがある。真面目そうな見た目でそれを言うものだから、言われた方も冗談だと気付かない。

「マジ……?」

 井草は真に受けたようだ。
 何とも言えない表情で歩き出した。

「どうしよう。俺、そういう趣味ないんだけど」
「男子校あるあるですから。いずれ、そういう道を歩むことになるのです」

 もちろん、これも冗談だ。
 浅田とは、高校一年生からの友人なので、僕には分かる。 
 しかし、井草と浅田はまだ三日。沼にハマっている。

「なぁ、どうしたら良いと思う? 先に誰でも良いから、女の子と付き合っとくべきか? そしたら、告白もされないだろ?」
「テキトーに好きでもない女子と付き合うことで、やっぱり違う……などと思うことになり、もしかしたら……と、意識しだすのが、BLの醍醐味でもありますよね」
「マジで? 浅田、お前、BLも熟知してんのか?」
「それはもう、ファンタジーから現代、恋愛ものも、TLからBLまで多岐に渡って読んでおります故」

 それは、僕も関心しているところだ。
 流石の僕も、少女漫画やBLまでは読んでいない。
 そして、井草は本気で悩んでいる。

「マジでどうしよ。俺、体育祭の実行委員、アイツと一緒なんだけど」
「それは、急接近の予感ですね」

 そんな話をしていると、校門前まで辿り着いた。

「じゃ、また明日ね」

 僕は、徒歩で帰る二人に挨拶して、駐輪場の方に足を向けた。
 二人はまだ何か話し込んでいるようだが、僕はさっきの浅田の発言が気になってしょうがない。

『自分は、森本氏が間宮氏を見ている姿を時折目にしますが、それはもう優しくて、そして、寂しそうな眼差しですよ』

 僕は、そんな目を一度も向けられたことはない。強いて言うなら、森本の家で、保冷剤を額に当てられたあの時くらいだ。
 これも、浅田の冗談だろうか。
 これが冗談ではないとするなら、森本は僕に何を求めているのか。僕とどうしたいのか。どうなりたいのか……。

(ダメだ。僕がドツボにハマってる)

 冗談だと思わないと、僕はこれから、どう森本と接して良いのか分からなくなる。
 隣に置いてある森本の自転車を見て、僕は、無理やり浅田の冗談だと思い込むことにした。

「このチャリ、一回蹴飛ばしとくかな……」
「器物破損」
「うわ、森本!?」

 呟いた矢先に、森本がいた。
 慌てて、僕は自転車の鍵を開けて、駐輪スペースから自転車を後ろに下げる。

「じゃ、じゃあ、またね」
「もしかして、いっつも蹴ってんの?」
「え?」
「俺のチャリ」
「ま、まさか」

 僕は、笑って誤魔化しながら、その場を後にした――。