幼馴染からもらったのは、呪いの人形でした。

 いつもは憂鬱な月曜日。しかし、今日はさほど憂鬱でもない。
 何故って、それは言うまでもない。僕に普段とは違う日常が舞い降りてきたから。
 これまでは、恐怖でしかなかったモリーさんも、今や、ペットのような存在だ。

 濡れた時にしか会話が出来ないのは少々寂しいものがあるが、それでも、話かければ全て聞いていることが分かったので、これからも話しかけようと思う。

 いつもの通学路を自転車で漕いでいると、ふと思った。

(だけど、全部聞いてたってことは、僕が部屋で独り言言ってる時も、必殺技が出せないか試していたアレも、全部見られてたのかな……)

 そう思うと、羞恥でいっぱいになる。
 火照る顔を押さえながら信号待ちをしていると、斜め後ろから声がした。

「よお、陽向。おでこ、大丈夫か?」
「え、モリー……」

 モリーさんの声がしたので、もしや付いてきたのだろうかと後ろを振り返れば、そこには、自転車に跨った森本がいた。

「なんだ、森本か」

 クマのぬいぐるみが付いてきていないことに落胆するのもおかしいが、今、僕の頭の中はモリーさんが半分以上を占めている。森本のことなんて、すっかり忘れていた。

「『なんだ』って、なんだよ。失礼だな。しかも、今、俺の声で絶対分かってただろ。途中まで名前呼んでたじゃねぇか」
「それは、違う人と勘違いしたの」
「違う人?」

 怪訝な顔をする森本だが、モリーさんの話はしたくない。したら、絶対に馬鹿にされる。
 それに、家族内で話し合った結果、今回の件は他言しないことに決定したのだ。

 情報が漏れれば、モリーさんに興味を持った者らが、絶対に奪いにくる。面白半分に動画サイトにアップしたり、研究材料にされたり、最悪我が家が心霊スポットとなり得る。
 
 森本は、モリーさんをくれた張本人ではあるものの、既に所有者は僕だ。教える必要は全く持ってない。

「森本には、関係ないから」

 そう言って、青信号になった横断歩道を渡るため、ペダルを踏んだ。
 
「関係ない……か」

 森本が複雑そうな顔で僕の後ろ姿を見つめていたことには、気付かなかった――。

 ◇◇◇◇

 学校に着いてからは、いつもはちょっかいをかけてくる森本が、何も言ってこなかった。
 そして、朝のホームルームが終わった。

「さぁ、みんな。ささっと移動して」

 担任の先生の合図で、クラスメイトら全員が、だるそうに立ち上がる。

「はぁい」
「うわぁ、一番前だし。そのままで良かったのに」
「ラッキー、俺、一番後ろ」
「マジで? 交換しようぜ」
「べー、嫌だよ」

 そう、朝から席替えが執り行われた。
 僕も荷物を持ってから、クジで引いた三番の席に移動する。
 
「間宮氏、隣ですね!」
「やったね!」

 隣が浅田だったので、二人で顔を見合わせて微笑みあう。
 席に着いてから教室を一望すれば、廊下側にいる僕とは正反対の窓際の後ろから二番目、そこにいる森本と目が合った。

 フィッと目を逸らされ、僕も黒板の方に向き直る。同時に、後ろからツンツンと背中を突かれた。

「宜しくな。チビ」

 後ろの席は、体育の時に僕にバスケットボールをぶつけかけた井草だった。

「あ、うん。宜しくね」
「この間は、大丈夫だったか? ごめんな」
「ううん。全然」

 森本のおかげで当たっていないし、気に病む必要は全くない。それを伝えようとしたが、それなら、何故その後の六時限目も休んだのかと咎められそうで、何も言わなかった。

 ◇◇◇◇
 
 ――何も言わなかったのが悪かった。
 移動教室で浅田と移動しようとしたところ、責任を感じた井草が荷物を持ってくれたり、今も昼休憩に弁当のおかずを分け与えてくれようとしている。

「ほら、この間のおわび」
「いや、おわびとか、もう本当に大丈夫だから」
「けど、相当重症だったって、森本が言ってたし」
「井草君のお弁当が無くなるから、大丈夫。自分のあるし」

 丁寧にお断りしているのだが、井草は僕のお弁当の中に唐揚げを入れてきた。

「てか、井草君って、いっつもあっちのグループと食べてるよね? いかなくて良いの?」
「皆さん、寂しがっているかもしれませんよ」
「良いの良いの、いっつも一緒に食べてるから」
「はは、そっか……」

 井草は、僕や浅田と一緒に食べるような陰キャ男子ではない。何故、僕らと一緒に机を挟んで食べているのか。
 何を話して良いかも分からないので、気まずくてしょうがない。
 
 そして、森本がこちらを睨んでいるような気がするのは、気のせいだろうか。
 窓際の森本の席で一緒に昼ごはんを食べている中村と、ただ話しているようにも見えるが、視線がこちらを向いているようで、これまた落ち着かない。

「浅田君、食べたら、いつものとこ行こう」
「そうでありますな」
「いつものとこって?」
「図書室であります。井草氏は、興味なさそうでありますよね」

 僕と浅田は、遠回しに付いて来ないでと言っているのだが、井草は爽やかな笑顔で応えた。

「興味はないけど、チビは小さいから上の方の本、取れないだろ? 取ってやるよ」

 さすがに身長の話をされるとイラっとする。
 確かに、高いところにある本に手は届かない。しかし、そのために足台があるのだ。人の手は借りなくて良い。
 僕はムッとしながら応えた。

「手助けは結構。足台使えば、一人で取れるから」
「ごめん。もしかして、俺、怒らせた?」
「あー、うん……」
「マジ、ごめん! 俺、なにやってんだろ。反省……」

 しょぼんと肩を落とす井草。調子が狂う。
 だって、普段身長のことでその他大勢から揶揄われる時は、ムッとして言い返しても『ははは、そっかそっか』と笑われて話が終了。あの森本は、追い揶揄いをしてくるか、僕の発言を無視。更に苛々が増すばかり。それなのに、井草ときたら……こんなに謝罪や反省の色を見せられるとは思いもしなかった。

 僕は、井草のことを勘違いしていたのかもしれない。その他大勢の揶揄ってくる人としか認識していなかったが、怪我を負わせた責任を感じたり、本当は至極良いやつで、今の『チビ』発言も、揶揄いなんかではなく、良かれと思って手伝おうとしただけなのかもしれない。人間、関わってみないと分からないものだ。

 そして、この悪くなってしまった空気をどうしたら良いものか。
 落ち込んでいる井草を横目に、僕は浅田と視線を交わした。すると、浅田が空気を読んで井草に話しかけた。

「えっと……井草氏は、漫画などは読まないでありますか?」
「漫画?」

 井草の顔が上がった。

「はい。実は、漫画は、漫画家さんだけが書いている訳ではないのであります」
「……?」
「作家さんが原作を書いて、それを漫画化している作品が多数あるのです。自分と間宮氏は、こういった小説も漫画になったら面白そうだというものを図書室で探し、意見交換をしているであります」
「へぇ」

 相槌を打つ井草に、僕は補足した。

「ちなみに、浅田君は絵がめっちゃ上手で、そんな小説にアレンジを加えながら、勝手に漫画化して楽しんでるんだよ」
「恥ずかしながら、自分には発想力がなく、手助けがないと描けないだけなのですが……」
「だけど、いつかは、自分で考えた漫画を描くのが夢なんだよね」

 ニコッと笑いかければ、浅田が照れたように頭を掻いた。

「へへへ。話は逸れましたが、良かったら井草氏も図書室行ってみるでありますか? 無理強いはしませんが、小説も中々面白いでありますよ」
「俺が行っても、迷惑だったり……」
「しないよ。図書室は、誰でも入って良いんだから」
「あ、ですが、私語は厳禁ですので、意見交換は後ほど教室でになりますが。それでも宜しければ」

 その誘いに、井草は首を縦に振った。

「じゃ、俺も行ってみる。すぐ眠くなるかもだけど、ちょっと面白そうだし」
「では、早々に昼食を食べてしまいましょう」
「だな」

 僕らは、止めていた手と口を動かして、無言で弁当の中身を食べ進めた――。

 浅田のおかげで、一旦場の空気は戻った。しかし、井草は元々活字を読むタイプでは無さそうだし、陽キャの彼は、僕らオタクの会話についていけないだろう。そもそも、本日行動を共にしているのも、怪我を負わせた責任から。きっと、明日からは別行動をするはず。別行動を――――。