中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

「樹、次で最後の出番だ!」

父さんの声が、テントの向こうから飛んだ。

同時に、学校側から担任の声も重なる。

「青柳!寄せ植え体験、追加の子どもたち来た!説明入れる?」

俺は白いテントの中で立ち尽くした。

片腕には、緑化委員の腕章。
もう片方の手には、みどまるの丸い手袋。

着替えの途中だった。シャツは汗で背中に貼りついて、制服のズボンの下に着ぐるみ用のインナーが中途半端に巻きこんでいる。喉が乾いているのに、飲みかけの水はどこかへ置いてきた。頭の上では白布がぱたぱた鳴って、そのたびに熱い空気が少しだけ揺れる。

外では、子どもたちの声がする。
花壇の前で笑う声。
ステージを待つざわめき。
土をいじる小さなスコップの音。
マイクのハウリング。
全部が一度に耳へ入ってくるのに、頭の中ではうまくまとまらない。

「樹、二分で出たい!」

「青柳、すぐお願い!」

市側と学校側。
父さんと先生。

そのあいだに立っている俺の足が、どっちへもすぐに出ない。
重い。重すぎる。
膝の裏に汗がたまって、しゃがみたいのにしゃがんだら立てない気がした。

布のすきまから外を見ると、花壇の向こうに凛央がいた。
ステージ袖へ向かう途中なのか、マイクを持ったまま、こっちを見ている。

呼ばない。
問い詰めない。
ただ、まっすぐ見ている。

その目が、いちばんきつい。

わかってるのに、言わない。
俺が隠したいままの形を、壊さないでいてくれる。
その優しさに甘えたまま、俺はまだ、どっちかを選ぶことすらできない。

「樹!」

「青柳!」

また二つの声が重なった。

腕章がかさっと鳴る。
もう片方にある丸い手袋は、汗ばんだ指にうまくはまらない。

次に足を出した瞬間、たぶんもう、どっちかの俺は間に合わない。