中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

午後に入るころには、集中力が目に見えて切れていた。

学校側のテントへ戻って腕章をつける。
五分後にはまた外して、着ぐるみの手袋をつける。
そのたびに汗のにおいと花のにおいが混ざって、鼻の奥が少し麻痺したみたいになる。さっきまでいい匂いだと思っていたマーガレットも、今はただ甘すぎた。マリーゴールドの濃い匂いなんて、近くを通るだけで頭がぼんやりする。

「青柳、名札が逆」

「あ」

自分でつけた名札が逆さまだった。
直そうとしても、指先に力が入らない。手袋をしていないのに、不器用な丸い手のままみたいだ。

凛央が何も言わずに名札を取り、向きを直した。

「悪い」

「うん」

それだけ。
責めない。
大丈夫とも言わない。

ただ、直したあと、凛央の指が手首の内側に少しだけ触れた。汗で冷えた皮膚に、その体温だけがやけに近い。

「青柳、次の三十分、学校いる?」

「……たぶん」

「たぶん、ね」

困ったみたいに笑ってから、凛央は声を落とした。

「じゃあ、無理になったら目で合図して」

「何それ」

「見ればわかるから」

冗談みたいな言い方だった。
でも、たぶん本気だ。

見ればわかる。
問い詰めないで、そう言う。
その優しさに、また喉の奥が熱くなる。

「白石くん、後半ステージの打ち合わせお願いします!」

市のスタッフが呼ぶ声がして、凛央はそっちを振り向く。すぐに完璧な顔へ戻る。その切り替えのきれいさが、今日は少しだけつらい。

「行きます」

それから、こっちへもう一度視線を戻す。

「青柳、水飲んで」

短く言い置いて、凛央はステージ側へ走った。
その背中を見送ったあとで、俺はやっと、自分の脇に抱えたペットボトルがからっぽだと気づいた。

そこから先は、記憶が少し飛び飛びだ。

土を足した。
子どもの鉢を受け取った。
名前を書いた。
フリップを受け取った。
みどまるの頭をかぶった。
写真を撮った。
また脱いだ。

そんなふうに、場面だけがぶつ切りで残っている。

足はずっと重かった。
ローファーの中で汗を吸った靴下が張りついて、歩くたびじわっと気持ち悪い。ふくらはぎが張って力が入らなくて、段差ひとつでも神経を使う。喉は水を飲んでもすぐ乾く。胸の奥だけ熱いのに、指先は冷える。

花の匂いが、午後の空気でさらに濃くなっていた。
テントの中に並んだ鉢から、甘い匂いと青い匂いと土の湿った匂いがむわっと立ちのぼる。それがきれいだと思える余裕は、もうほとんどなかった。

業務連絡ノートの最後のページだけ、何度も見た。

『どっちも がんばりすぎ きんし』

その字だけは、熱でぼやけた頭にも不思議なくらいはっきり入ってくる。

でも、がんばりすぎをやめたら、どっちかが足りなくなる。
青柳が足りないか、みどまるが足りないか。そのどっちかが。