中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

「青柳でいるより、こっちのほうがまだ楽かも」

テントの中でぽろっとこぼしたら、父さんがファスナーを上げる手を止めた。

「何が」

「顔、見えないし」

自分でも、言ってから嫌な感じがした。
仕事のことだけじゃないって、自分でわかってるからだ。

父さんはしばらく黙って、それから低く言った。

「樹。着ぐるみの中に隠れてるだけじゃだめだぞ」

胸の真ん中が、どくんと鳴る。

父さんは怒ってるわけじゃなかった。ただ、腰の痛みをこらえるみたいな顔で、まっすぐ俺を見ていた。

「しんどいなら、しんどいって言え。助けてもらえる相手がいるなら、なおさら」

返事ができなかった。
できないまま、みどまるの頭がまた俺を飲みこむ。

衝立の下から、今度は小さいフリップが差しこまれた。
白い面に、太いペンで短く書いてある。

『どっちも がんばりすぎ きんし』

その横に、小さい葉っぱが一枚。
双葉じゃない、細長いミントの葉だ。

息が、変に止まる。

どっちも。

学校と、市。
青柳と、みどまる。

それをわざわざ分けて書いたみたいな文字だった。
気づいてる、とも言わないくせに。
何も知らないふりも、もうしないくせに。
たぶん、ほとんど確信してる。それでも口にしないのは、俺が隠したいのを知ってるからだ。

俺は丸い手でそのフリップを握りしめて、それからそっと胸に当てた。
着ぐるみの中は熱い。
なのに、その文字が触れてるところだけ、変なふうに痛かった。

「みどまる、お願いします!」

後半のイベントが始まる。
日差しはもう昼に近くて、白いテントが照り返しまで暑い。歩くたび足が重い。中でかいた汗が乾く前にまた増えて、首の下がずっとぬるい。呼吸が浅くなって、視界の端が少しだけ暗い。

それでも、凛央の声はちゃんと聞こえた。

「みどまる、こっちの日陰」

人前では笑ってるのに、その一言だけが少し低い。

子どもたちと花壇をまわるあいだも、凛央はさりげなく俺を直射日光の外へ寄せた。しゃがむのが危ないときは自分が先にしゃがんで子どもを引きつける。写真の列が乱れそうになれば、自分のほうへ視線を集めて時間をつくる。

何回目だろう。
助けられてばっかりで、情けない。

でも、助けられるたび、胸の奥がちょっとだけあたたかくなる。
そのあと、同じだけ苦しくもなる。

だって俺は、青柳としても、みどまるとしても、こいつの隣に立つには足りない気がした。