中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

制服に着替えて学校側のテントへ戻るころには、シャツが背中へ貼りついていた。

外の風はちゃんと涼しいのに、一度着ぐるみの中で熱くなった身体は、なかなか元に戻らない。ローファーの中まで汗っぽくて、足の裏が妙に重かった。土の上を歩くたび、靴底に湿った黒さがくっつく気がする。

「青柳、こっち!」

担任に呼ばれて寄せ植え体験の机へ行く。
子どもたちがもう何人も並んでいて、小さなポットを抱えたままこっちを見上げていた。

「まず、根っこをあんまり強く押さえないで……」

言いながら、自分の声が少し掠れているのがわかった。喉が乾いて、舌がうまく回らない。目の前の苗の名前も、一瞬だけ飛ぶ。

えっと、これ。
これ、なんだっけ。

青い花を見下ろして、空白ができた。
ほんの一秒のはずなのに、やけに長い。

「ロベリア」

横から、凛央が自然に続けた。

「こっちは乾きすぎるの苦手だから、根元の土、少し残してあげて」

子どもたちが「はーい」と返事をする。
俺はようやく息をついた。

助かった。
でもそれが三回目か四回目か、もう数える余裕もない。

凛央は子どもに笑いかけてから、机の陰で俺の手にペットボトルを押しこんだ。

「飲んで」

「今?」

「今」

反論させない言い方だった。
教室の完璧な白石じゃなくて、もっと近い声。

俺はキャップをひねって一口だけ飲んだ。ぬるくなりかけているのに、それでも喉は痛いくらい水を欲しがっていた。

「ありがと」

「三つだけ言えばいいから」

「え」

「水、日当たり、触りすぎない。それだけでだいたい伝わる」

言いながら、凛央は俺の肩越しに子どもたちの鉢を覗きこんだ。近い。春の風と土の匂いの中に、洗いたてみたいなシャツの匂いが少し混じる。

「青柳は、細かいの言いすぎ」

「悪かったな」

「悪くない。今日は減らしていいって話」

その言い方がやさしくて、逆に困る。

だって、もうたぶん気づいてる。
業務連絡ノートの字も。
風呂場の着ぐるみも。
俺の妙な動き方も。

それでも問い詰めないで、今必要なことだけ渡してくる。
そういう優しさは、助かるのに、どうしてこんなに困るんだろう。

「青柳、次の苗補充して!」

担任の声で、また身体が動く。
土袋を持ち上げた瞬間、腰じゃなくて膝にきた。重い。朝より明らかに重い。足の中に砂袋でも入れられたみたいだ。

そのまま三往復したところで、スマホが震えた。

父さんだ。

『樹、11:15 もう入って』

短いメッセージの下に、業務連絡ノートの写真。
緑の丸で時間だけ囲まれている。

俺は無意識に、自分の腕章を見た。
その横で、みどまるの手袋が頭に浮かぶ。

学校の青柳も、みどまるも、どっちも俺なのに。
どっちにもちゃんと間に合う自分が、今日はどこにもいない。