中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

途中で先生が顔を出した。

「白石、悪いけど職員室までこれ運んでもらえる?写真のデータ、今日中に欲しいって」

「わかりました」

凛央は素直に頷いて、立ち上がる前にこっちを見た。

「すぐ戻る」

その言い方まで、優しい。
さっきあんなこと言ったあとで、それを向けられるのがつらい。

「……ん」

それしか返せなかった。

一人になった多目的室は、急に広く感じた。

机の上には乾きかけの札が並んでいて、窓から入る風に紙の端がかすかに鳴る。

なんであんな言い方したんだろう、と思う。
わかってるくせに。
凛央は何も悪くない。ただ俺が、自分で自分に振り回されてるだけだ。

みどまるになら聞かせてもらえる声がある。
みどまるに向けてほどける顔がある。
それが自分のはずなのに、青柳樹として立っているときの俺は、そのどこにも入っていけない。

そこへ勝手に苦しくなって、八つ当たりみたいに凛央へぶつけた。

最悪だ。

机の上にあった、緑化委員の記録ノートを開く。

『先生に配布メモ、渡しておく』

一行書いて、少し止まる。

俺は筆箱から付箋を一枚取った。

字にするしかない気がした。
面と向かって言うのは、まだ無理だった。

『さっきは悪い 青柳』

付箋に書いたその一言だけ、やけにぶっきらぼうだ。
でも消すほどでもなくて、そのままにした。

余った白い端っこがさみしく見えた。
たぶん、ただの癖だ。

俺はなんとなく、丸い花びらを五枚描いた。細い茎。真ん中の顔は、まっすぐ笑わせるつもりだったのに、口だけが少しへにゃっと曲がる。

みどまるのフリップに、昨日描いたのとほとんど同じだった。

描いた瞬間、あ、と思った。

付箋を急いで捨てようところで、廊下の向こうから足音が聞こえた。

凛央だった。

「青柳――」

呼びかける声に、俺は反射で振り向く。
でも凛央のほうは、俺じゃなくて、机の上のノートへ目を向けていた。

記録ノートに貼ってあった付箋を手に取る。

短い文を読む。
そのあと、視線が横に滑る。

メモの端に描いた、小さな花。
丸い花びらの真ん中で、口だけが少しへにゃっと曲がっている。

凛央の指先が、そこでぴたりと止まった。

窓から吹きこんだ春の風が、紙の端をかすかに揺らす。
凛央はもう一度、その花を見た。

それから、ゆっくり顔を上げた。

その視線が、メモの端の花から俺へ届くまでの一秒が、やけに長かった。