中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

放課後、担任に呼び止められた。

「青柳、白石、ちょっとだけ残れる?市から届いた苗、明日植える分の札だけ先に作っておいてほしい。あと配布用の注意メモも一枚」

多目的室には、届いたばかりの苗トレーと培養土の袋が積まれていた。湿った土の匂いに、絵の具とガムテープの匂いが混ざる。開けた窓から春風が入って、机の上の白い札をふわりと揺らした。

「俺、札書くから、青柳はメモのほう頼む」

凛央がそう言って、油性ペンを一本差し出す。

「ああ」

受け取りながら答えると、凛央の指がほんの少しだけ止まった。

「今日、それ多い」

「なにが」

「そっけないやつ」

「作業進めたいだけ」

短い会話なのに、空気が引っかかる。

俺は机に向かって、配布用のメモを書きはじめた。

『花は根元に水をあげてください』

『葉っぱにかけすぎないでください』

『土が乾いたら朝か夕方に』

書きながら、字が少しだけ固いな、と思う。気持ちがそのまま出る。

隣では凛央が苗の札を書いていた。
ビオラ。マリーゴールド。ネモフィラ。
やっぱり字がきれいだ。線がまっすぐで、読みやすい。そういうところまで腹が立つのは、もう完全に八つ当たりだと思う。

「青柳」

名前を呼ばれても、すぐには顔を上げられなかった。

「今日、俺なんかした?」

ペン先が、紙の上で止まる。

凛央の声は低かった。廊下で誰かに呼ばれたときの明るい返事じゃない。学校の真ん中で浮かべる完璧な笑顔とも違う。今のこれは、俺にだけ向けられた、少しだけ作ってない顔だった。

「してない」

「じゃあ、なんで避けるの」

「避けてない」

「避けてる」

言い切られて、胸の奥が変に跳ねる。

俺はようやく顔を上げた。凛央は札を書く手を止めて、まっすぐこっちを見ていた。きれいなのに、今はちゃんと困っている顔だ。

「……気のせい」

「気のせいじゃないと思う」

「白石が気にしすぎなんだろ」

言ってしまってから、たぶん今のはよくないと思った。でも、遅い。

凛央は一瞬だけ目を細めた。

「気にするよ」

「なんで」

「青柳にされてるから」

その返しが、ずるい。
まっすぐすぎて、逃げる場所がなくなる。

俺は視線を紙へ落とした。落としたまま、少しだけきつく言う。

「白石は、誰にでもそうやってちゃんとしてるだろ」

言った瞬間、空気がしんとした。

外で風が鳴る。窓際の葉っぱが揺れる。どこかの運動部のかけ声が遠くから聞こえて、それがやけに別の世界みたいだった。

凛央はすぐには何も言わなかった。
沈黙が長くなるほど、言いすぎた気がしてくる。

やっと返ってきた声は、静かだった。

「……誰にでも同じじゃないつもりだけど」

その一言のほうが、さっきの俺の言い方よりずっと刺さった。

俺は慌ててペンを置く。

「ごめん。今の、言い方悪かった」

「俺も、詰めた」

凛央はそれだけ言って、持っていた札を机に並べた。怒ってるわけじゃない。でも、さっきまでみたいには笑っていない。その顔がかえって、胸の奥に重く残る。

「……別に、白石が悪いわけじゃない」

小さく言うと、凛央は少しだけ困ったように笑った。

「それはわかった。でも、俺にはわかんないままだ」

それで会話は切れた。