中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

昼休みの正門前は、日なただけ少し暑かった。

朝にやった水はもう土の表面から引いていて、花壇の端は白っぽく乾きはじめている。パンジーの葉の裏に残ったしずくが、風のたびにきらっと光って落ちた。ホースをひねると、水が銀色の線になって、根元の黒い土へ細く吸いこまれていく。

葉っぱにかけすぎるな。
根元を狙え。

最初に凛央に教わったことを、そのまま思い出すのが癪だった。

しゃがんだまま土を見ていると、頭の上から影がさした。

「やっぱり来てた」

凛央だった。
片手に紙パックの野菜ジュース、もう片方に緑化委員の記録ノート。息を切らしてはいないけど、たぶん急いできたんだろうなと思うくらいには、前髪が少しだけ乱れている。

「昼くらい休めば」

言ってから、また少し冷たかったかもしれないと思う。

凛央は気づいたみたいに目を細めたけど、怒った顔はしなかった。

「青柳も」

「俺は今これ」

「俺も委員」

そう返して、凛央は俺の隣にしゃがみこむ。制服の膝が土に近づいて、春の匂いが少しだけ濃くなった。

「ホース、貸して」

「いい」

「葉っぱ、濡らしすぎ」

「……見えてる」

「見えてないから言ってる」

その言い方は、教室で誰に向けるのとも違っていた。笑ってないけど、強くもない。ただ、俺にだけ少し素に近い声。

それが余計にだめだった。

みどまるには、もっと近い声で、もっと柔らかく言うくせに。
そんな考えが一瞬でも浮かぶ自分が、いちばん嫌だった。

廊下のほうから、女子の声が飛んだ。

「白石くーん、写真これでいい?」

凛央が振り向く。ほんの一秒で、さっきの顔が学校の凛央に戻る。

「あとで見る。ごめん、ちょっと待ってて」

感じがいい。きれいで、やわらかい。誰も傷つけない返し方だ。

「……呼ばれてる」

俺が言うと、凛央は花壇のほうへ向き直った。

「あとで行く」

「待たせんなよ」

「青柳こそ待ってくれないじゃん」

ぽつっと返されて、俺の手が止まる。

それ以上は続かなかった。風が吹いて、ビオラの花びらが細かく揺れる。俺はホースの先を少ししぼって、水の筋を細くした。

凛央は隣でノートを開き、今日の散水欄に丸をつける。
静かな時間だったはずなのに、胸の奥だけがずっと落ち着かなかった。

チャイムが鳴る少し前、凛央は立ち上がった。

「それ、終わったら飲んで」

持っていた野菜ジュースを、俺の足元にそっと置く。

「いらない」

「じゃあ、いらなくなったら返して」

軽く言って、凛央は記録ノートを閉じた。さっき呼んでいた女子たちのほうへ歩いていく背中は、もうちゃんと学校の凛央に戻っている。

結局、五時間目の前にストローを刺して飲んだ。少しぬるくなっていたのに、喉を通ると変に甘かった。
余計に最悪だ、と思った。