中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

日曜の朝、業務連絡ノートの今日のページには、見覚えのあるきれいな字があった。

『気温高め。無理ならすぐ下がること』

『取材あり。写真多め』

最後の一行だけ、止めが少し強い。

『今日もよろしく』

凛央の字だ。

胸の奥が、勝手に熱くなる。
まだ着ぐるみの中に入っていないのに、息が少し浅くなるのが自分でもわかった。

俺はペンを持って、短く返す。

『りょうかい』

それだけ書いて閉じようとして、でも白い余白が妙にさみしく見えた。
迷ってから、ページの端に小さな双葉を二枚だけ描き足す。

やめとけ、と思うのに、手が勝つ。

テントの外では、朝の光の中で並んだ花鉢が水を弾いていた。ビオラ、マーガレット、マリーゴールド。撒いたばかりの水の匂いと、湿った土の匂いが風に混じって流れてくる。

外はきれいだ。
でも、みどまるの中に入った瞬間、そのきれいさは全部遠くなる。

頭をかぶる。
視界が狭くなる。
自分の息が内側へ返ってくる。
首筋に、すぐ汗がにじむ。

春の風が吹いているはずなのに、中だけ別の季節みたいに重い。

「みどまる、準備いいですかー?」

スタッフの声に頷く。
ぶ厚い手袋の中でフリップの紐を握りなおしたところで、テントの隙間から凛央が見えた。

白いシャツに、淡いグリーンのジャケット。
今日もちゃんと春の景色に似合う。似合いすぎていて、ずるいと思う。

「おはよう、みどまる」

俺は大きく手を振る。

「今日、人多いね」

言いながら凛央はノートを受け取り、さっきのページをぱらりと見た。端の双葉まで視線が行った気がして、着ぐるみの中で一瞬だけ固まる。

でも凛央は何も言わなかった。
ただ、ごく小さく口元をゆるめて、ノートを閉じる。

そのままスタッフに呼ばれて前へ出る背中は、もう仕事の顔だった。