中の人は秘密なのに、クラスのアイドルが近すぎる

「みどまるの中の人って、もっと若い人だと思っていたんだけどな」

玄関の外は、春の夕方の匂いがした。昼のあたたかさが少しだけ薄まって、うちの前の植木鉢の土が、ひやっとした匂いを返している。

俺はドアの縁に手をかけたまま、うまく息ができなくなる。

「……父さんが担当だって言ってただろ」

「うん」

凛央はあっさり頷いた。

「秘密なんだろうし、詮索する気はないよ」

言い方はやわらかいのに、妙にまっすぐだった。変に疑うとか、探るとか、そういう空気じゃない。ただ、本当にそのまま言っているだけの声。

「ただ」

そこでほんの少しだけ視線を落として、それからまた俺を見る。

「助けられたから。お礼、言いたいなって思っただけ」

その一言が、夕方の風よりずっと軽く、ずっと深く胸に入った。

「……そう」

それしか返せない。

凛央は小さく笑った。学校でみんなに見せる完成された笑顔じゃない。考えごとを胸の奥へしまうみたいな、薄くて静かな笑い方だった。

「ごめん。変なこと言った」

「いや」

「また学校で」

ローファーの踵が、石畳を軽く鳴らす。門を出ていく背中を見送りながら、俺はずっと、最後の一言だけを反芻していた。

お礼、言いたい。

誰にだよ。
いや、わかってる。
わかってるのに、言葉にできない。